第11話 りぷれい?
目が、開く。
金色のよれよれになった髪が、オレの視界を封じる。バサ、と手で髪を後ろに薙いで、視界を開きパチパチと目をしばたたかせた。ふむ、どうやら良く寝れたらしいな。
欠伸をかまして、背筋を張って伸びをする。コキ、と腰骨が快音を鳴らした。
首を曲げつつオレが辺りを見渡すと、部屋には誰も居ない。おや、アルトの奴はどこかに出掛けているらしい。
寝ボケ眼をこすりながら、ボサボサの髪を手櫛で簡単に整える。見た目に気を遣わない方では有るが、身嗜みには気を遣う女なのだ、オレは。あまりにも見苦しいと、相手に失礼だしな。
窓から外を見ると、赤みがかった空が今は夕方で有ることを教えてくれた。どうやらかなりの時間、寝てしまった事が分かった。躰が、軽い。心なしか、頭もスッキリとした。
やはり、朝のオレはイライラしていたのだろう。思い返す度に異様に腹が立った
散々な目に遭わされたせいか、アルトへの態度を刺々しくし過ぎしたかもしれない。よく考えたら、魔王軍討伐の旅の中で、何度も命を助けられている男だ。
1発や2発ヤられた程度で目くじらを立てることも無いよな。
ふぅ、と一息ついてオレは心の整理をした。うん、大丈夫。オレはもう、変に意識しない。オレとアルトは、ただのパーティーメンバーだ。今後、普通に接していけば問題は無い──
「帰ったぞ、フィオ。お、目が覚めていたか」
「わひゃう!」
……突如、部屋に帰ってきていたらしいアルトに声をかけられ、思わず変な声がでた。
なんだよ、わひゃうって。
「……フィオ、どうした」
「な、何でもねぇよ! 今まで、どこ行ってたんだ?」
「金策だ。この集落にはフリーマーケットが有った。この手甲あたりを売れば、今後は個室を借りる程度の金は稼げるかもしれない。明日、お前に交渉を頼んでいいか?」
「そ、そうか。了解だ、任せろ」
成る程、朝のオレは結構ごねたっけな、相部屋に。本当にイライラしていたらしい。常識的に考えて、薬も何も入っていないアルトが、わざわざオレなんかを相手に襲ってくる訳が無いだろう。その気になればより取り見取りの美女を抱ける男だぞ。
「……そう怯えないでくれ、フィオ。少しお前と話がしたい。夜に時間をくれないか」
「んあ? ああ、分かった。別に怯えてなんかいねぇけど?」
「……そうか」
アルトのオレへの態度が、固い。今朝、拒絶的になりすぎたか。
……オレも謝らないとな、アルトに。奴が薬であんな状態になったのも、元を辿ればオレを助けるためだ。そのオレが、処理してやるのは筋が通っている。
それにアルトは、オレが許可を出すまで自らの腕を抉ってまで自制していた。昨夜のアルトの行動に、何も反省すべきことは無い。
……強いて言えば、奴が加虐趣味のクソヤローだって事くらいだ。いやまぁ、性癖に関してはどうしようもねぇけど。
オレとアルトは、その後も無言で宿の中で食事を取った。今朝のオレの態度について謝罪を切りだそうにも、アルトは何やら思い詰めているように見えて中々切り出せない。
先程、アルトが夜に時間をくれと言っていた。恐らくだが、奴からもオレが切りだそうとしているのと同じ話があるのだろう。その時に、オレからも謝ってしまおう。
それで、互いに笑って水に流す。うん、これだ。
我らがリーダー、アルトさんと仲が悪くなるとパーティの空気が悪くなるからな。どうせ王都に戻ったら、四人娘につきまとわれるから話は出来ん。今夜のうちに、関係を清算しておこう。
無言で宿で出された芋粥を啜りながら、オレはそんな寝惚けたことを考えていた。
奴は、アルトはたはだ思い詰めていただけじゃなかった。それを夜、オレは思い知るハメになる。
……この身を以て。
「その、近いんだが。なぁ、アルトさん?」
「近くない。適切な距離だ」
「え、えぇ……?」
夜、アルトに言われたとおりオレは二人でアルトと話をする席を設けた。安い酒を買い、部屋でアルトの座る椅子の、正面のベッドに腰掛ける。オレとアルトが、向かい合う形だ。
……のだが、自然な動作で奴は席を立った。わざわざオレの隣まで移動して、当然の様に腰を落とす。
めっちゃ近い。肩とか当たりまくっている。距離感!! 距離感考えろ!!
……。
アルトは、オレの隣で何やら真剣に考え込んでいる。恐らく、今から話す言葉を選んでいるのだろう。ちょっと距離が近いからって、押しのけられる様な雰囲気では無い。
待って、この距離で今から話し合うの? コイツ、いくら何でも鈍感過ぎない? 何で気にならないの?
鍛えられた体幹のアルトの肩は、オレの丁度耳くらいの高さだった。今、力を抜けば、コテンと奴の肩を枕に体を預けられる。そんな身長差だった。
……なんか、オレの思考回路がヤバい。落ち着け。
その、無言で凍り付いた時間を砕き、アルトはやがて口を開いた。
「……今から、フィオと腹を割って話したい。昨日の件についてだ。忘れると約束したのに、蒸し返してすまない」
来た、ずばりオレの想定通り。アルトも、昨日の件でどうやら悩んでいたんだな。とっとと、こんなくだらない話は清算してしまおう。
「気にすんな、アルト。その、なんだ。昨日のアレは、仕方なかったんだろ?」
「……なぁ、フィオ。ひとつ聞いて良いか?」
「ん、何だ?」
────お前、昨日が初めてだったか?
そう問うてくる、奴の眼差しは真剣だった。この質問は予想していなかった、果たしてどう答えるべきか。
肯定して、変にアルトの責任感を刺激するのは良くない。かと言って、嘘を吐くのも真剣なアルトに悪い気がする。ならば、
「……黙秘する」
答えなければ良い。
「……分かった。すまん、フィオ」
「何で謝るんだよ、だからアレは仕方ない事だったって話だろ?」
「いや。薬の影響は有ったかもしれないが、途中からはオレは自分の意志で動いていた」
「自分の意志?」
「途中から、お前を抱くのが愉しくて仕方なくなっていた。あの薬も、深夜には大分抜けてきていた。だが、自身の欲望を抑えきれず一晩中お前を傷つけた」
まぁ、お前はヤってるとき凄い愉しそうにしてたもんな。いかん、なんか思い出して腹立ってきた。落ち着け、落ち着け。
「俺に責任を取らせてくれフィオ。本当に悪かった」
「うげっ。そ、そう言うのは止めてくれ、マジで。責任とか取らんでいいから」
やっぱり言いだしたよ、責任。
好きでも無いオレを娶る気か? そんなの、その日のうちにオレが四人に挽き肉にされてジ・エンドだよ? 誰も幸せにならねぇ。
「……頼む、お願いだ。どんな方法でもいい、俺に責任を取らせてくれ」
「んなこと言ったってさぁ。……ん? どんな方法でも?」
「ああ」
「……今、何でもするって言った?」
「ああ」
ふむ、何でもすると申したか。
コイツと付き合うのは論外として、他に責任を取る方法は……。
─────慰・謝・料!
「そうか。やはり慰謝料か……。幾ら出す? オレも同意する」
「……金?」
「さて、お前はオレの貞操に幾ら価値を付けるんだ? その金額によっちゃあ、謝罪は受けねぇぞ?」
「急に元気になったな」
何で今まで思い付かなかったんだ。オレがアルトに金を請求すればwin-winじゃねぇか。定期的にアルトを脅せば、何度も何度も金を引き出せるだろう。奴は罪悪感が薄れ、オレは色街に行く資金が貰える。
アルトの奴、オレのことがよく分かってるじゃねぇか。金で解決する問題は、金で片をつける。これは、中々いい額が貰えるんじゃ無いか?
そうと決まれば、交渉開始だ。
「実はオレ処女だったんだわー。マジ痛かったわー」
「そうか、処女だったのか」
「昨日のアレ、一生に一度の初夜だったんだけどなー。なぁ勇者様よ、一晩当たりの値段の相場っていくらくらいかご存じ? 初夜だと中々に跳ね上がるんだけど」
「知らん。そうか、初夜だったんだな」
「おう」
最高ランクの嬢が一晩当たり4000-5000Gと考えて、その初夜となると4倍。15000から20000G!?
待て、あんなに特殊なプレイされたんだし特別料金も入ってくるだろう。勇者アルトはあまり金を使わない性格だ。これは、たんまりと頂けるのでは?
「……フィオ」
「どうした? 計算は済んだのか? オレのお値段は、いかほど?」
「言い値で良い」
「ほ、ほほー!! 言い値で良いと来たか。分かってるじゃねぇか、アルト。そう言った方が、案外安く済む事が多いんだぜ? さてさて、ではお値段だが──」
「お前の言い値の、倍をだそう」
「────え、倍!? え、何で? アルト、お前そんな気前良かったの?」
目の前の男は、何故かオレの予想を遙かに超える金を出すと言っている。な、何を考えているんだコイツ?
────奴の手が、おもむろに、オレの肩を抱いた。
「……ん? アルト、どうした?」
「だからもう一度、チャンスがほしい」
「……んん!?」
オレの髪が、奴の手で優しく梳かれる。思わず奴と目を合わせると、奴はジッとオレを見つめたままだった。
「ま、待て。お前、何言ってんの? 何やってんの!」
「動くな、フィオ」
「いや、だから! お前は何をする気なのかと、聞いて──!!」
ぞくり。今度はアルトに、太股を撫でられた。
これは、非常にマズい。
慌てて逃げだそうとするも、既に肩をガッツリ抱きすくめられている。そして、奴の顔が近い。このままではいかんと、必死で腰をくねらせ、奴から逃れようとしたが。
オレがくねらせた方向に、あえなくもそのまま押し倒された。
「い、嫌だ!! あんな経験はもう嫌だ!! オレは二度とあんな事されたくない! 離せ、離せアルトォ!!」
「落ち着け!!」
アルトが、怒鳴った。恐怖とか、衝撃とかでオレはびくりと体を震わせ、動けなくなった。
近い。ヤられる。近い。嫌だ、助けて、もうあんな思いは──。
───そのまま、オレは抱き締められて、優しく頭を撫でられた。
「一度だけで良い。俺にチャンスをくれ、フィオ」
「は、はい? チャンス?」
「お前の初夜を、今日頂く。あんな、凄絶な体験のまま、お前の初夜を終わりにしたくない」
「いや、初夜はもう昨日で終わったって話で、その──」
「昨日の記憶、忘れるんだろ? 今日こそ、初夜だ」
「いや、それは屁理屈だろ? え、ちょっと、何処を触った今!?」
アルトは、昨夜とは違い優しくオレを包む。奴の息が、オレの頬を熱く濡らす。
押しのけるのは、無理だ。体格も筋力も違いすぎる。そして、見られている。アルトの眼に、逃がさないぞと釘付けにされている。
どうすれば良いのか、分からない。アルトが何をしたいのか、分からない。
頭を真っ白にしたまま、オレは目をつぶり、顔を背ける事しか出来なかった。
────オレの受難の夜は、続く。
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