第10話 追撃っ!?

 オレの隣を歩く男がいる。無口で不愛想で、昨日までは紳士だとオレが勝手に思い込んでいた男だ。


 昨夜のオレは愚かだった。男だぞ、アルトは。オレは処女だからだとか、そんなもんが関係あるか。あんな風に、責任請求権を自分から放棄してしまったら無茶苦茶されるのは目に見えていただろう。


 別に初体験がどうとかは気にしない。……オレの性別は、この世界で産まれた瞬間から既に中途半端すぎたのだ。今さら、まともな恋愛が出来るなんて思ってはいない。


 ただ、ただ疲れていた。


 ただでさえ、奇襲を受けたり死にかけたりと昨日は散々だったっていうのに、一晩中アルトの欲望に付き合わされてロクに眠れていないのだ。疲労はピークに達している。


 この世界の回復魔法では、傷は癒せても疲労までは回復しない。むしろ魔法使うたびに疲れていく。


 だから、黙ってアルトの後を付き従って安全地帯まで早々に移動したかった。一刻も早く、寝床に付きたかった。


 だが、オレは多大な心労を背負い込む羽目になる。主に道中に話しかけてきた、アルトのせいで。


「フィオ、君は素晴らしい腰つきをしているな」


 舐めまわすような、奴の目線。純粋に、嫌な気分になった。まだ何かされるのだろうか。


 だが奴の顔を見ると、困ったような表情をしていた。どうやら、いやらしい目でオレを眺めていた訳ではないらしい。そして、


「フィオ、お前は俺を愛しているか?」

「ブッフォォォォォオオオオオ!!?」


 その、突然浴びせかけられた意味の分からない言葉にガラにもなく、オレは動揺してしまったのだった。












「機嫌を直せ、フィオ」

「……いいから。オレに話しかけるな」


 コイツが超絶鈍感なのは「知って」いた。だが、オレはコイツが超絶鈍感だという事を「理解」していなかった。


 普通、人に「自分を愛しているか?」等とシラフで聞けるか? 頭のネジが何本外れているんだコイツ。


「ほら、フィオ。街が見えたぞ」

「そうだな。オレにも見えてる」




 確かにコイツには、何度も命を助けてもらったりと恩はあるが、昨晩で大体返した。と言うか差し引きでもオレの過払いだろ、あんなに酷い目に遭わされたんだぞ? 


 あん……なに……。


「うわあああ!?」

「どっどうしたフィオ!!」


 ……はっ!! あまりの凄まじい体験だったせいか、昨夜のアレがトラウマになってやがる。自分よりずっと強い男に組み伏せられる屈辱。恐怖。激痛。その挙句、失神。


 オレはプライドが高い方だとは思わないけれど、流石に傷ついた。


 街に入ると、そこら中に宿の看板が出ていた。ここは、旅人の一晩の宿り木のような集落なのだろう。だから、ここに沢山の人の気配が有ったのか。


 ……と言うかアルトの奴、遠距離から人の気配を読むって、それナビゲーターのルートの仕事をかなり食ってないか? 


 もう魔王退治は全部アルト一人に押し付けてしまえないかな。そう、割と真面目に考えている間に、アルトがささっと宿を取ってきた。


 あまり豪華とは言えない、小さめなボロ宿であった。この際、寝られたら何でも良いので宿のデカさには文句は言わなかった。文句を言うべき場所は、他にある。


 ……なんと奴が借りてきた部屋には、同じサイズのベッドが二つ隣に並んでいたのだ。


「……なんで相部屋取ったお前。やだよ、お前の近くで寝るの」

「すまん、金がなかった。王都でみんなと合流するとして、数泊は必要だ。とっさの事でパーティ資金は持ってきていない。オレの手持ちだと、個室で数泊は厳しい」

「……。分かった、ただ絶対妙な真似すんなよ」

「当然だ」


 ……何が当然か。コイツに対する、オレの信用度は氷点下に下がっている。今からブービートラップでも仕掛けておいてやろうか。


 ……いや、それよりも睡眠だ。今は眠くて仕方が無い。昨日の今日だ、流石に奴の精力も尽きている筈だ。寝た瞬間に襲われるような事は無いだろう。


 よし、今日だけは、泥のように眠ろう。


 ふらふらと、オレはベッドまで歩み寄り、体をベッドに倒しながら意識を手放した。















【勇者アルト視点】


 フィオは借りた部屋のベッドに倒れるや、すぐに寝息を立て始めてしまった。


 結局、俺は今日フィオに謝罪を切り出せなかった。……上手く、会話の糸口がつかめなかったから。


 フィオと俺は、普段はあまり会話をする仲では無い。彼女はバーディやルートと仲が良く、一緒にいる姿をよく見かける。


 むしろ俺は、フィオに避けられていると感じる。


 話しかけても『お前といたら、なんかオレの危険が危ない』とかなんとか言って逃げられてしまうのだ。


 だが気まずくとも、俺はフィオに話しかけるべきだった。


 昨夜俺は、フィオを女性として深く傷つけた。その事実は、十字架は、直前にどんな会話が有ったとしても俺が背負うべきだと思った。



 ……悩み、考える。


『女性と仲直りしたいなら、僕はプレゼントを贈るのが良いと思うよ。何かを貰って、更に怒る人は滅多にいないからね。きっと皆、溜飲を下げてくれるんじゃないかな?』


 ふとこの前、酒の席でルートが語っていた話を思い出す事が出来た。


 そうか、プレゼントか。この集落は小さいけれど、ひょっとしたらフィオに似合う装飾品の類が売っているかもしれない。


 フィオが寝ている間に、この集落を少し探索してみよう。そして良いものが有れば、フィオに買ってきてやろう。


 今の俺の財布は心許ないけれど、何かを売れば小さなモノなら何か買える筈だ。


 もしかしたら、小銭を稼げる仕事もあるかもしれない。


 そう思い立った俺は、この集落をふらりと歩き始めた。




 この場所は、森の木々を切り開いた素朴なな村落だった。


 旅人達の立ち寄る休憩所のような村であり、自給自足はせず交易で外貨を得て暮らしているようだ。


 そんな背景があるからか、集落の建物の殆どは宿であった。


 その他の施設は宿を運営している人の住居か、立ち寄った旅人を相手にしている商店くらい。その商店も装飾品はあまり扱わず、携帯食料であったり衣類であったりと実用的なモノが多かった。


 人手は足りており、稼ぎになりそうな仕事はなさそうだ。となると、資金を得るには手持ちの何かを売る方が早いかもしれない。


 フィオの今の状態を考えると、やはり個室で休んでもらった方が良い。


 確か、俺が身に付けている手甲は割と高級品だった。傷はあるが、そこそこの額になるだろう。


 よし、まずは商人を探そう。俺はそう決めて、人通りの多い街の中央広場へと向かった。




 

 中央広場ではさまざまな商人が集まり、路上で交易をおこなっていた。


 屋台が4、5店舗ほど並んでおり、人々は各地の珍しい物産を交換し合っていた。ここなら、何かあるかも知れない。


 そう思い、手頃な贈呈品プレゼントを探し店を回ったが、どれもなかなか値段が張っていた。やはり、手甲は売らねばならないらしい。


 ……俺は、こういった交渉事は苦手だった。口が上手く回らないので、いつも商人にやり込められてしまうのだ。


「ん? お客さん、何か探してるかい」

「いや……」


 俺は商人に話しかけられ、思わず目を逸らしてその場を離れた。


 こういうのは普段バーディやフィオがやってくれていた。自分で売らずに、交渉はフィオに頼んでみた方がいいかもしれない。


 となると、困った。商人に資金を融通して貰うような交渉も、俺に出来るか分からない。下手をして、妙な契約を結ばされたらたまらない。


 ……フィオが眠りこけている原因は俺なのだから、起こすわけにもいかない。


「……」


 俺は、やはり一人じゃ何もできない存在なのか。


 昏い、過去の記憶が脳を蝕む。劣等感は、心を抉る。


 俺はまた誰にも必要とされないのか。

 

 そして《前世のように》独り、誰にも看取られず死にゆくことになるのだろうか。


 それが嫌で嫌でたまらないから、誰もを守れる力を身につける為にあんなに努力したって言うのに。


 仲間を傷つけ、嫌われて、また独りになってしまうのは絶対に嫌だ。




 俺は仕事の出来ないサラリーマンだった、この世界に生まれ変わる前の自分を思い出す。女性社員には見向きもされず、仕事の出来る同期がどんどん出世していく中、俺はいつまでたっても雑用をしていた。


 何をすればいいのか、一度聞いただけでは理解できない要領の悪さが原因だった。上司の命令を理解できず、余計なことをしたり重要なことをしなかったりと、俺は自分で自覚できるほどに会社の足を引っ張っていた。


 だから、せめて真面目であろうとした。どんなに夜遅くなっても、ずっと会社に残り続けて、やれることを探して、必死で働いた。自分の体調がどんどんと崩れていくのが分かったけれど、それでも働き続けた。皆に、見捨てられないように。


 ある日から腹痛が、止まらなくなった。だが、腹痛なんかで休めるわけがない。ただでさえ、足を引っ張っているんだ。もっともっと、働かないと。仕事は人手がいくらあっても足りない。無能な俺も、頑張らないと。


 腹痛が、鋭くなった。腹の一部が、刺すような痛みになった。体の危険信号だ。体が休め、休めと叫んでいる。これは精神的な痛みじゃない。物理的な、はっきりとした痛みだった。


 大丈夫、まだ俺は頑張れる。痛んでいるのは腹の右下だけだ。腹全体が痛いわけじゃない。つまり、まだ重症じゃない。そう自分に言い聞かせた。


 ある夜、今日も俺は一人だけ残って残業していた。誰にでもできるような事務仕事は、全て俺に振られるようになった。仕事は終わる気配がない。きっと、俺の要領が悪いからだ。


 腹が、痛い。刺すような痛みで、俺の体が俺自身を責めたてる。許してくれ、そのうち休暇を貰うから。頑張って、認めてもらって、出世して、休みを取ったら、病院にいってやるから。


 ────そして何かが、破れる音がした。


 誰も居ない、深夜の会社のオフィスで。焼けるように痛む腹を押さえながら、電話で救急車を呼ぶことすらできず、俺は床に倒れ込んだ。









 前世の死に様が、フラッシュバックした。違う、落ち着け。俺はもう、無能なんかじゃない。


 必死で勉強したんだ、あの難解な魔法体系を。時間が有れば苛め抜いたんだ、この俺の肉体を。この世界の俺は、魔法剣士アルトは、きっと誰かに頼られる存在になれたはずだ。


 昨日の俺の仕出かした事は取り返しがつかない。せめて俺は、心の底から誠心誠意謝ろう。それ以外に、俺に出来る事はないだろう。


 大丈夫だ、フィオにきちんと誠意をこめて謝れば、許してくれる。以前のごとく、彼女がまた笑ってくれるかは分からないけれど。


 ならば何か、彼女を元気づける手段も考えないと。





「だから、お前はいつまでたっても女が出来ないんだよ。女の子を思い通りにするなんて、案外簡単だぜ?」

「でもよぉ、兄貴。オレは兄貴と違ってブサイクだし、口下手だし……」

「顔も口も関係ねぇよ。要は、女の悦ばせ方を知っているかどうかって話だ」


 考え込みながらフリーマーケットを歩いていると、自慢げに話す若いやせた男と、それにうんうんと頷く小太りな男の会話が耳に入った。どうやらこの村の人間らしく、宿の従業員の服を着ている。


「従業員が客に手を出したら当然オヤジに怒られるけどよ、向こうさんも後腐れがないから案外いいところまで行けるんだぜ」

「兄貴はやっぱすげぇな」

「簡単簡単。コツさえ掴めば女と仲良くなるなんて、ほんっとうに簡単よ。まぁ、じっくりお前にも教えてやるさ」

「あ、兄貴! オレ、一生兄貴について行きますぜ!!」


 その男の話を聞いて、俺は思った。


 女の、ばせ方だと? ひょっとして、俺が今必要なのは、この男の持つ情報ではないのか? 


 ならば、何としてでも聞き出さねばならない。


「なぁ、そこの村の若者。どうか、未熟な俺に教えてほしい」

「……うお、何だアンタ」


 覚悟を決め、俺はその若者に話しかけた。これはきっと、神様がくれたチャンスだ。


「女性のばせ方、と言うさっきのお前の話についてだ。どうか、俺に女性のばせ方を指導してほしい」

「な、なんだよ、変な兄ちゃんだな。いきなり話に入ってくるなよ」

「厚かましい事は理解している。だが、分からないのだ。女性をどう扱えばいいのか、俺はどうしたら許してもらえるのかが! 頼む、どうか教えてくれ!」


 地面に手をつき、俺はその若者に頼み込んだ。


 俺はあまりに無力で、ノロマで、常識なしだ。


 こんな俺でもフィオを元気にできるなら、何だってしよう。


「……ふぅん、よし良いだろ! お前、たぶん真面目過ぎて女で苦労してるんじゃねぇの? 特別に俺様が、女性の悦ばせ方って奴を完璧に伝授してやるよ!」

「お、おお本当か。今まさに、とても困っている。是非、俺の取るべき道筋を教えて欲しい」


 その男は、ぽんと俺の肩をたたき快諾してくれた。そして実にさわやかな笑顔で、色々と教えてくれた。


「つまりだな────」


 女性の機嫌の取り方や、女性を元気づける方法。そして女性を、悦ばせる方法を。女性経験など、昨夜まで皆無だった俺には非常に刺激的で、神の文言にも思えた。


 ……この男の話を鵜吞みにしてしまったのは、俺も追い詰められていたからだろう。


 この時の俺は、間違いなく前世のように無能だった。



「今帰った、フィオ」

「……おかえり」


 俺が男の話を聞いて宿に帰ると、既に空は赤味がかり、フィオは目を覚ましていた。


 相変わらずフィオは、言葉の上では普通に話してくれているが、節々の態度から俺に対して怯えているのが見て取れる。このままでは、今後ずっとフィオに避けられ続けるだろう。


 何としても今日のうちに、彼女との関係を修復せねばならない。彼女を笑顔にせねばならない。


「……」

「ど、どうした? アルト」


 昨日、彼女を襲った『やり口』は間違っていた。


 女性に恐怖を与えるだけの、劣悪で最低なやり方だった。


 ────違うのだ。


「……いや、何でもない」

「そ、そうか」


 行為を迫るのであれば俺は、フィオを『惚れさせ』るよう『口説か』なければならなかった。


 こうして俺は、今夜フィオを口説き落とすと誓ったのであった。

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