第9話 転機っ!

【勇者アルト視点】


 俺は仲間を傷つけたくなかった。そんな男になりたくなかった。勇者と呼ばれるような人間は、人々の模範で無ければならない。それが、俺の1つの信念だった。


 だから、必死で耐えていたというのに。オレが傷付けまいとしていた目の前のこの女は、そんな俺の葛藤を全部無駄にしやがった。


 だからこれは、因果応報と言うヤツだ。


「悪い。そんなこと言われたら我慢はしない。覚悟は良いんだな?」

「忘れるからな。覚悟もクソもねぇよ」


 そう言って、彼女は笑った。その口元は、やや引きつってはいたけれど。


 こいつは、バーディとよく色街に出かけているらしい。ひょっとしたら、もう何度も経験していて、本当に気にしないような娘なのかもしれない。本人が良いと言っているんだ。何をためらう必要がある。


 俺は、そう自分に言い訳して、欲望の赴くまま彼女で楽しむ事に決めた。細い彼女の腰を掴み、やりたかった事、やってみたかった事を全てぶつけた。 


 彼女からは、嬌声の様なモノは上がらなかった。その口から零れたのは、苦痛に満ちた、悲痛な叫び声だった。薬の影響だろうか、普段なら有り得ないのだが、彼女のその悲痛な声を聞いて、俺はどこか気分が良かった。


 程なくして、彼女はとうとう泣き始めた。痛いから、もう止めてほしいと。血塗れだから、許してほしいと。


 だが、この惨状を明日になったら忘れると彼女は宣言しているのだ。何を今さら。俺の理性の楔はとっくに解き放たれている。オレはソレを聞いて、敢えて彼女を、更に激しく責め立てた。やがて彼女の泣き声は、すすり泣くようなか細いものとなった。


 俺の体も、何時しか血塗れになっていた。


 やがて、彼女は反応がなくなった。気を失ってしまったようだ。だが、俺はまだまだ物足りない。泣き叫ばないなら都合がいい。意識を失ったせいで緩くなってしまった彼女を、俺は夜が明けるまで貪った。


 ……とうとう、俺も満足して、意識のない彼女を尻目に、大きく伸びをして俺は眠りについた。長い夜が、終わった。


 これが、昨夜の記憶。忘れるべき、記憶なのだが……。


「……」

「……」


 朝から、フィオがほとんど口を利いてくれなくなった。普段は色々と騒がしい彼女が、無言のまま既に数時間。


 これは、鈍感と言われた俺でもわかる。間違いなく、彼女は怒っている。と言うか、怒らない訳が無い。昨夜の俺はあろう事か、彼女を完全に性具としてしか見ていなかった。


 昨日の記憶は、無かったことになった。他ならぬ、被害者の彼女からの提案だ。昨夜の俺は、自分でもどうしてああなったか分からないくらいに狂暴だった。あんな扱いを受けては、彼女が激怒するのも当然と言える。


 だが、忘れると約束したことを話題にする訳にはいかない。……謝れない。朝、勢いで謝っておくべきだった。気まずいなんてレベルではない。


 そして、最初の挿入の際に血が零れたあたりを鑑みるに、まさか彼女は昨夜が初夜なのではないか? 彼女の大事な初夜を、俺は無茶苦茶にしてしまったのではないか? と言う疑惑もある。


 普段がいくらキチ……エキセントリックな彼女とはいえ、女性には変わりない。俺は女性を、深く傷つけてしまった。これでは、最低野郎だ。


「……」


 口下手な自分が、憎い。何と話し掛ければ良いのか。普段から、俺は周りが話している内容に相槌を打つだけだ。自分から話し掛ける事はあまり得意では無い。ましてや、あんな事があった後に彼女にどう話し掛ければ良いかなんて、分かりっこない。


 だが、何とか機嫌を取らないと。フィオからの信頼を取り戻さないと。俺は、思い出す。バーディが自慢気に話していた、女性の機嫌の取り方を。



『まずは、容姿を褒めるんだ。お前さんなら、気にせずどう褒めても喜んでくれるだろうよ。俺みたいな厳つい奴だと褒め方に気を遣わんとセクハラだのなんだの言われちまうが。ああ、胸とか褒めるのは駄目だぞ。髪とか、アクセサリーとかを褒めるのが鉄板だ。香水付けてるなら、それを褒めても良い。』

『……成る程。』


 容姿を、褒める。フィオは香水やアクセサリー等は付けていない。髪型は……ボサボサになっている。俺がヘンな姿勢で夜通し動かしたせいだろう。困った、何処を褒めようか。


 無言で俺についてくるフィオ。俺は意を決して、彼女に話し掛ける。


「あー、フィオ?」

「……何だよ」


 褒める、褒める……。胸は駄目、胸は駄目……。


「フィオ、君は素晴らしい腰つきをしているな」





 彼女の顔が真っ青になり、距離を取られた。しまった、何か選択肢を間違えてしまったらしい。



「フィオ、そう距離を取らないで欲しい」

「あんな事言われたら警戒するなって方が無理だろ! オレに近付くな!」


 どうやら、俺は言葉選びを誤った様だ。


 そう言えばバーディは女心を理解できていないと、フィオがよく陰口を叩いていた。俺としたことが、頼るべき人間を完全に間違えてしまった様だ。


 だが、まだ挽回は不可能では無いだろう。今からバーディ以外の、他の仲間の言葉を思い出すんだ……。


 そうだ、そう言えばユリィはこんなことを言っていた。


『愛に勝る事はありません。例えば、貴方が誰かを怒らしてしまったとしても。その人との間に愛が有るならば、きっと心は通じます。貴方がその人を愛していれば、その人の為にすべきことが分かります。』


 敬虔な修道女である彼女の言葉は、バーディの言葉よりきっと役に立つだろう。


 俺がフィオを愛していたら取るべき行動が分かる、か。……いや、仲間としてフィオは大事な存在だが、俺は彼女に何をすればいいか分からない。どうやら俺は、フィオを愛していないようだ。


 となれば、フィオが俺を愛している可能性に賭けるしかない。 フィオは、俺をどう思っているのだろうか。残念なことに、俺には分からない。


「なぁ、フィオ。聞きたい事が有るんだ」

「……なんだよ。後、それ以上近づくなよ」


 だったら本人に聞けばいいか。


「フィオ、お前は俺を愛しているか?」

「ブッフォォォォォオオオオオ!!?」





 俺の問いに対しフィオは顔を土気色に変化させ、光速で俺から遠ざかった。


「何、何なのお前!? さっきからどうしたんだよ気持ち悪いよ! 嘘、お前ってばオレの事好きなの?」

「いや。どうやら俺はフィオの事を愛してはいないようだ」

「お前本気でぶっ殺すぞ」


 俺の言葉を聞くがすぐに、俺の顔面目がけて目の座ったフィオがそこそこのサイズの石を全力投球してきた。筋力は常人と変わらないフィオの投げる石程度なら、躱すのは造作もないけれど。


「どうした。何を怒っている?」

「避けんなゴミ屑野郎! そうだった、コイツはこういう奴だった……。一瞬だけ真に受けたオレがアホみたいじゃねーか!」

「フィオは普段からアホみたいに見えるぞ。ところで、何故俺がゴミ屑野郎呼ばわりされるのだ」

「うるっせぇバーカ!」


 おかしいな。フィオはこんな理不尽な怒り方をするような奴じゃなかったのに。こういった怒り方は他の仲間の女性陣によく見るのだが。


 となるとやはり、フィオには昨日の事で激しい怒りが有るのだろう。それで俺に対する怒りが、理不尽なものとなって表出しているのだ。ならば彼女の怒りを黙って受け容れよう。それがせめてもの贖罪だ。


「……おい、アルト。なんか急にお前に対して更に腹が立ってきたんだが。何かよくわからない勘違いをされている気がして、無性に腹立たしくなってきたのだが」

「……そうか。ならば俺は黙って非を受け入れよう、すまなかったフィオ」

「あれ? 謝られたのに余計腹が立ってきたぞ!? なんだコレ!?」


 と彼女が理不尽な怒りを表出するのに付き合っている時、俺は遠くに何かの気配があるのを察知した。


「む、複数の人の気配が30㎞ほど先にあるな。町かもしれない。行くぞ。俺に乗れ、フィオ」

「こいつ……さっきのをまるで何もなかったかのように流しやがって……。あの4人の気持ちが初めて理解できたぜ畜生」

「早く乗れ」

「……覚えてろよアルト」


 そういって、彼女は昨日と同じく俺の肩に乗った。今日は、昨日と違いしっかりと彼女の両手両足がしっかりと俺に抱き着いているけれど。


 昨日の彼女は、虫の息だった。満足に俺の服を掴むこともできなかった。だが今日は、もう十分に元気だろうから昨日より多少スピードを上げても大丈夫だろう。


 俺は、自身に身体強化魔法をかけ、ほぼ本気の加速で一歩目を踏み出して……




「どわぁぁぁ!!」

「っ!! フィオっ!?」


 慣性の法則により空中に置いて行かれたフィオを、思いっきり落としかけた。間一髪、俺は空中に居る間に彼女の足を掴めたので、フィオは顔を地面に強打する程度で済んだ。


「おま、おま、お前ぇぇ!! 殺す気か!!」

「すまない。間に合ってよかった」

「間に合ってねぇよ!! めっちゃ地面に顔ぶつけたわバーカ!! なんだあの加速は!! いや、そもそもなんでオレをしっかり持ってないんだ!」

「いや……。ああ、すまなかった」


 俺は忘れていた。彼女の身体能力は一般人のソレと大差がない事を。「死神殺し」などと呼ばれた世界最高峰の癒し手である彼女も、素手で殴り合えばそこらに居るゴロツキ1人すら倒せない、か弱い女性である事を。


「今度はしっかりと掴む」

「頼むぜ全く……」


 彼女は自分の顔をサラリと癒した。傷跡一つ残らなかったのは、彼女が国一番の回復魔法の使い手だったからだ。フィオがもし普通の人であれば、また俺は女性に大きな傷をつけるところだった。


 フィオが再び、俺の背に乗った。今度はヘマをしないよう、しっかり両手で彼女の足を持ち、布で彼女の体躯を俺に縛りつけた。……あぁ。気付かなかった。


 俺の背で、昨夜たった一人で朝まで俺を受け止め続けた少女は、こんなにも柔らかく、か細く、軽い存在だったのか────────


 罪悪感が、胸を締め付けてきた。

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