第8話 暴走っ!!
ベトベトとした魔族の血で汚れたオレの白魔道服を脱ぎ、水で洗い、乾かす。この行程は、オレにとってまさに命懸けだった。
人類最強の男が、股間を膨らましてオレの地味な下着を凝視している。こうも注視されると、流石に恥ずかしい。さっきまで目を逸らしていたのに、今はなんか開き直って凝視してやがる。くそう、顔が赤くなってきたじゃねぇか。
時刻は既に深夜。半裸の女と、理性が溶けかけている男。隙間風の吹くあばら屋で、一組の男女が無言で向かい合う。
今のこの状況は、女としてもう詰んでいるのでは無いか? このままハーレム野郎の攻略棒で、子宮に好感度をドクドク注入されて、オレもあの四人のようにハーレムメンバー入りさせられてしまうのでは無いか?
流石ハーレム主人公だ、ヒロインの一人が靡いていないなら強引に仕留めにいく。あれ、と言うことはまさかオレってばヒロイン枠だったのか。イロモノ枠だと思っていたぜ。
……さて、現実逃避もこの辺までにしよう。足で体のラインが隠れるよう、体育座りで奴の正面に陣取っているけれど。奴の理性がプッツンした時、オレは終わる。色々な意味で。
座して死を待つ趣味は無い。死中に活を求め、やれることは何でもやる。それが、オレだ。
よし、生き残るために幾つか脳内でシミュレーションしてみよう。冷静に、最善の手段を取り続けれたならその結果がどうであろうと悔いは無い。
まず、発情した
真面目なアルトは、間違いなくオレを娶るなりヤッた事の責任を取ろうとするだろう。その場合、抜け駆けをされたも同然な立場の四人娘に、オレは惨殺される事は間違いない。
結末:ミンチよりひでぇや。
つまり、流れに身を任せるのは論外だな。これでは、ゴブリンに殺された方が肉片が残る分幾分かマシだろう。となると、他の手段を考えねばならない。
ならば先手必勝、いっそのことヤられる前に不意打ちでアルトを殺ってしまうのはどうか。アルトは残念な事に魔王軍にでもやられた事にすれば良い。突然のオレの裏切りなど、アルトに察知できる訳が無い。オレは足を忍ばせ奴の頸を締めれば────その後、奴の魔法剣で消し飛ばされるだろう。
結末:ミンチよりひでぇや。
どうやら強硬手段もやめた方が良さそうだ。そもそも人類最強に喧嘩を売るという発想自体が間違っているだろう。だいたいオレは戦闘要員では無い。不意を突けたとして、勝てる訳が無い。
ならアルトを、オレの補助魔法で眠らせるのはどうだろう。
……アホみたいな魔力量を持つアルトに、オレが専門外の補助魔法を使ったところで効くだろうか? よしんば効くとして、魔法をかけようと奴に近付いても無事で済むだろうか? ラッキースケベの化身だぞ、奴は。うっかり倒れ込んで乳でも鷲掴みにされて、そのまま本番が始まるのがオチだ。無事子宝を授かり、四人娘に殺される未来が見える。
結末:ミンチよりひでぇや。
おかしい。さっきからミンチよりひでぇ結末以外に何も思いつかない。折角、アルトの活躍で九死に一生を得たと言うのに、結局オレはミンチよりひでぇ事になるのか。いや、何か上手い手が有るはずだ。
オレ一人だけ、アルトを置いてこの小屋から逃亡するのはどうだろう。
魔王軍が彷徨い歩いてるかも知れない外に、一人で逃げ出してどうなる。殺されるのがオチだろう。
結末:ミンチになる。
以上の結果を纏めると、現在のオレの取るべき最善の手は、今すぐ外を彷徨い歩いて魔王軍にミンチにされることか。おかしいな、なんで魔王軍に捕まった方がマシなんだろう。
「……そう、警戒するな。何もせん」
アルトに声をかけられ、オレは思わずビクッと肩を揺らした。何もしない、とアルトは言うものの。目の前のアルトの様子は既に一触即発で襲ってきそうである。
全然信用出来ないぞ、そんな血走った目で言われても。
「お前は色々と問題児だが、大事な仲間だ。決して傷付けたりしない。だからそう怯えた目で見ないでくれ」
「オ、オレは別にビビってねぇし!」
ギリリ……。
奴の手が自らの腹を摘まんでいるのが、マントの上から見て取れる。大した理性だ、バーディの野郎とは大違いだ。
これ、ひょっとしたら朝まで奴の鋼鉄の理性が持つんじゃないか? バーディと違い、アルトは何だかんだ約束は守る男だ、信用してみても良いかもしれない。
「……分かったよ、お前を信じて寝るわ。明日から、また頼むぜリーダー」
「おう、おやすみ」
うん、いつも皆を護ってくれる、オレ達の頼れるリーダーを信じよう。瞼を閉じて、思い切って疲れ切った体に意識を投げ出す。
目を閉じるとすぐに、強烈な眠気に襲われた。やっぱり今日は、疲労がかなり溜まっていたみたいだ。自分を回復する分には人にかけるより魔力を食うし、そもそも回復魔法を受けるだけでも相応に体力を失う。傷を治すというのは、身体にとってやはり負担になるのだ。
うつら、うつら。全身から筋肉の緊張が抜け落ちて、オレは意識を手放し───
ガツン!! ゴンゴンゴン!!
────凄まじい轟音に、叩き起こされた。
「ふぁっ!? な、何の音だ!」
「すまない、俺だ。少し、寝惚けて倒れてしまったんだ」
「何だ、アルトかよ。気を付けてくれよ……」
寝惚け眼を擦り、オレはアルトに向けて文句を言う。せっかく、気持ちよく眠れそうだったってのに。気を付けて欲しいもんだな、まったく。
────瞼を開き、目が合ったアルトの顔は、血塗れだった。
「ってうわあぁぁぁ!? アルト、何があった!?」
「倒れてしまったんだ」
「嘘だろ! それだけで顔面血塗れになる訳ねーだろ!」
ビックリした! マジでビックリした! 眠気が一気に吹き飛んだわ!
「あー、治してやるからちょっとこっちに来いよ」
「いや、遠慮しよう。何というか、コレが心地よい痛みと言うべきか……」
「何突然ヘンな性癖に目覚めてるんだお前。……ふぅん」
今のでオレは、何となく察した。コイツ、さては理性を保つ為に顔面を打ち付けやがったな。全然大丈夫じゃねーじゃねーか。風前の灯火じゃねーか、オレの貞操。
まぁ、オレは貞操とかは別にどうでも良いんだがな。コイツと関係を持つと、死ぬほど面倒な事になるからイヤなだけで。ユリィとは友人で居たいし、常にあの4人を相手取り続けると胃に穴が開くだろう。
……まったくアルトに苦労させっぱなしだな、今日のオレは。この無敵の勇者様は、体に鞭打ってオレを助けに入り、とんでもない距離を人1人背負って走り続け、今はドーピングの副作用で独り苦しんでいる。
オレは、アルトに守って貰って、ぐーすか寝るだけ。本当に良い身分だ。
「……。アルト、良いからこっちに来い。顔の傷だけ塞いでやるから」
「今の俺に近付くな……! どうなっても知らんぞ!」
「痛い妄想してる人みたいな事言うなよ。ほら、大丈夫だから」
せめて、傷は治してやろう。そう思い、立ち上がって奴へ一歩近付いた。そのせいで、オレは気付いてしまった。夜の暗闇で見えなかった、その血痕に。
────奴の腕は、肉がえぐれていた。オレを背負っているときにこんな傷は無かった。恐らく、自制の為に自分でやりやがったんだ。
「……腕も、診せろ。大した自制心だよ、お前は」
「……いや、来ないでくれ。正直、近付かれる方が、ずっと辛い」
「そうかい」
────なんでコイツは今、こんなにも苦しんでいるんだろうか。
今日のコイツは、まさにヒーローだった。
────何故、コイツは独りでもがいているんだ?
……そんなの、決まってる。全部オレのせいじゃねぇか。
「なぁ、今日は、色々有ったな、アルト」
「すまない。今は話し掛けないでくれ、女の声を聞くことすら辛いんだ」
「大して戦果を上げられていないオレですら、疲れ切ってヘトヘトだよ。お前は言わずもがなだよな」
「頼むから、今はオレに声を聞かせないでくれ。頼むから!」
「つまりさ、こんな夜は、何があっても疲れのせいで記憶に残らねぇと思うんだ」
そうだ。コレが、きっとオレの取るべき最良の方法だ。
「多分、今から何があってもオレは覚えてねぇだろうな。お前もそうだろ? 疲れてるからな、仕方ねぇ」
「フィ、フィオ? お前、何を言ってるんだ?」
「だからさ、コレから何があっても。お前も、オレも、何も覚えちゃいられない。そうだろ? アルト」
「いや、い、いいい意味が分からんぞ!? フィオ、お前は何を────」
「……だから、忘れてやるって言ってんだよ。好きにしろ」
一夜だけの、関係。きっと、コレは墓場に持っていく話になるだろう。オレにとっても、アルトにとっても黒歴史になること請け合いだ。だから、忘れちまえば良い。
何も無かった。お互いがそう認識するだけで、問題は無くなる。こんなに簡単な話だったんだ。
────ガタン。
オレは床に仰向けに倒れた。いや、倒された。アルトの目が、怪しく光る。ああ、こりゃ大分キてたんだな。オレを押さえる手が、ガクガクに震えてやがる。
「悪い、そんなこと言われたら我慢はしない。覚悟は良いんだな?」
「忘れるからな。覚悟もクソもねぇよ」
深夜のあばら屋で、女は男に身を預け、男は女に咆哮する。そしてコトが、始まった。
この時点ではなんとか、オレには作り笑いで強がる余裕は有った。だが、オレはとある事実を綺麗さっぱり忘れていた。
目の前でオレに跨がっているのは、人類最強の男だぞ。体力も、当たり前だが相応のモノだ。そんな奴が薬で暴走している今の状況を、ただの
蹂躙が、始まった。快感だとかそんなモノは微塵も無い。暴力と言って差し支えなかった。
情け無く泣き喚いたら、更に行為が激しくなった。声がかすれるまで叫び続けて、いつしか激痛でオレは気を失った。
「……あ、朝か。あれ、俺は一体何でこんな所にいるのだ? 確か、昨日は……っ!!」
虫のさざめく声が小屋のまわりに響き始め、朝日が天高く昇った頃。一人の男が、目を覚ました。すぐ隣で寝ている(気を失っている)少女が視界に入り、彼の顔から血の気が引く。
「……おい、生きてるか。大丈夫か、フィオ」
乾いた血でベタベタの、死んだように動かないその少女は。
「……朝が、やっと、来てくれたか」
かすれた声で、そう呻いた。
「フィオ、本当にスマン。その、夕べだが……」
「何も無かった」
「い、いやその、昨日は本当に悪いと……」
「何も、無かった。だろう?」
「……そうだったな」
昨夜の体勢のまま彼女は微動だにせず。
ばつの悪そうな男と、目が死んでいる少女が小屋を出たのは、それから数時間経った後だった。
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