第7話 危機的っ!?

 オレは今、目前に迫り来る悪夢に怯えながら、小さなあばら屋の壁にチョコンと腰を掛けていた。今、オレが纏っているのは簡素な下着だけ。小屋の窓からは隙間風が吹きすさび、小屋の外からはカァカァと鳥の鳴き声が木霊する。


 時間は既に、深夜と呼べる頃合。オレが昼まで着ていた白い魔道服は魔族の血で真っ青に汚れきってしまっていた。仕方なく、オレは簡単な水魔法でこの服を洗浄し、壁の柱に引っかけて乾かしている。


 オレには火属性の適性が無いので、服は洗えても火を使って手早く乾かす様な真似は出来ない。全ての属性を操れると言うレイ黒魔道士が羨ましい。


 ミシリ、と小屋の床が軋む。思わずオレは目を瞑って足を抱き締めた。奴に向かい合って三角座りをする事で、一応は肌を隠せているのだが、相変わらず奴の鼻息は荒いまま。もうやだ。


 オレは元々、下着姿になることに大きな抵抗など感じるような性格では無かった。前世の男成分が強いまま育ったため、裸体を晒す事にそこまで大きな羞恥は無い。ただ、じぃっと異性にガン見されるとなると流石に嫌悪感が湧く。


 そう、ガン見されているのだ。オレは、男に。一つ屋根の下、2人きりと言うヤバイ状況で、異性に半裸姿を凝視されている。


 ……どうしたもんかなぁ。


 我らが頼れるリーダー、魔法剣士アルト。


 オレは今、奴に心底怯えている。血走った目でオレの体をずっと無遠慮に眺め続ける、この男に。









 この日の昼に、一体何があったのだろうか? 


 それは魔族の痕跡が掴めぬまま、2カ月を過ぎたある日。王都のお偉いさんは、何時まで経っても現れぬ敵の存在そのものを訝しみ始めた。元々魔王軍などいなかったのではないか? 仮に敵が居たとして、もうとっくに逃げだしたのではないか? 


 やがて王は、魔族の群れがオレ達を恐れこの街から撤退したと判断したらしい。つまり、ようやくオレ達に王都へ帰還命令がでたのだ。


 久々の王都だ、また王宮のメイドさんと遊べる。と、バーディやオレは大喜びだったのだが、アルトの顔は渋いままだった。何やら、妙に嫌な予感がするらしい。


 考えすぎだろう、魔族共はアルトの強さを恐れたのさ、やれやれこのザマじゃ魔王討伐も時間の問題だな、などとオレとバーディの2人でフラグを連発したのがいけなかったのだろうか。





 魔族はオレ達がこの街を離れた瞬間、奇襲をかけてきたのだった。





 街は阿鼻叫喚に包まれ、オレ達が愛した色街も炎に包まれる。黙って見過ごすわけにはいかない。


 慌てて、火の手が上がる街へと引き返そうとしたその時。次に魔族が奇襲を仕掛けたのは、オレ達勇者パーティ御一行だった。


 恐らく、街への奇襲は囮だったのだろう。オレ達への襲撃が、どう見ても敵の本隊で、本命だ。


 油断をした相手にこそ奇襲と言うのは効果を発揮する。連携が完全に取れていないオレ達のパーティには、まさに 効果覿面だった。


 不意を突かれたオレ達にいつもの陣形を取る暇も無く、それぞれ個別に迫り来る魔族共を対処するハメになった。


 いつも安穏と味方に守ってもらっていたオレに、迫り来る魔族の対処など、出来るはずも無い。


 バーディは、魔族の将軍格を何人も相手取っている。オレを護って闘う余裕など無いだろう。


 マーニャは上手くユリィを護って闘っているが、オレからの位置が遠い。戦場の反対側だ。ここから助けて貰える位置では無い。


 レイはルートを護りながら、必死で戦線を維持している。近接戦は得意でないレイがオレと言う荷物まで抱えるのは厳しいだろう。


 アルトとリンは、相手のボスであろう超デカいオークと激戦を繰り広げている。割って入れば、邪魔をするだけだ。


 ────オレは今、戦場で完全に孤立してしまっている。


「誰か!! フィオのカバーを!!」


 バーディが大声で叫ぶ。が、他のパーティメンバーにそんな余裕は無い。


 このパーティの連携は、まだ未熟だった。オレは、情け無く転げ回り、這いつくばり、なんとか近くの味方まで辿り着こうとして、


 ────背後からオークにガシリと、掴み上げられたのだった。背骨が、砕ける。ジーンと鈍い刺激がはしり、下半身の感覚が消え失せ、そのまま足はビクリともと動かなくなった。ああ、これでオレはもう逃げられない。


 オレを掴んだまま、オークはその豪腕を振りあげる。オークは器用に腰を捻り、魔族の強靭な全身のバネによりオレは投げ出され宙を舞った。バーディが、ルートが、仲間の皆が、どんどん遠くなる。オレの着地するだろう位置に目をやると、無数のゴブリン共がひしめいていた。


 オークの野郎、仲間がうじゃうじゃと居る方向にオレをぶん投げやがったな。後処理は手下に任せるぞって事かよ。


 ────無傷での着地は、無理だ。なにせ足が動かない。なんとか頭から落ちるのだけは避けないと。この高さからでは、頸がへし折れて即死だ。


 ────いや、即死を避けてどうする? もう既に半身不随なんだ、着地後も生き残ったってそのまはまゴブリンに嬲り殺されるだけだろう? だったらこのままグシャリと逝った方が、幸せじゃ無いか? 


 地面が、近付いてくる。やがて、ぐしゃりと嫌な音がして────




 アルトさんが着地点のゴブリンを蹴散らし、オレを間一髪受け止めたのだった。


 す、スゲエェェェェ!! これがハーレム勇者の実力か! 女の子のピンチ絶対救うマンは伊達じゃないぜ! 褒美にオレの胸をラッキータッチする権利をやろう! 受け止められた時点で既に鷲掴みにされてるけれど。


 ……アレ? でもアルトさんが相手してた敵のボスは? 



「アルトォォォ!! 敵さん全員そっちに行ってるぞ、早く逃げろぉ!」

「一時散開だ! ルート、そっちは任せた! 俺はフィオと共に潜伏した後合流する! 王都で待ってろ!」

「了解! アルト、どうか無事で!」


 うわぁ、結局オレってばアルトのボス戦を邪魔しちゃったみたいだ。さっきまでアルトと剣を打ち合ってた超デカいオークがこっちに突進してきている。アルトは、オレを抱えているので剣が振れない。完全にお荷物だな、今のオレ。


 オレを小脇に抱えたまま、疾風のような速度でアルトは駆け続けた。超デカいオークを始めとした奇襲部隊の魔族共は、ここぞとばかりにオレ達を追い縋る。何としてもここでオレ達を殺してやるぞという、恐ろしい気迫を感じた。


 だが、アルトは冷静だ。突進してくるオークの振るう斧に、かする気配も無い。そして奴等の放つ矢を、魔法を、石礫を後ろに目があるかの如くひょいひょいオレを抱えて躱していく。やっぱ凄いな、勇者様は。


 やがて辺りに敵影も見えなくなってもなおアルトは走り続け、空が暗くなってきた頃、小さな小屋の前でようやく彼は止まった。


「寝床を見つけた。取り敢えずお前はここで、体を治せ」

「おー、すまねぇ。助かったわ……」


 実際、アルトがボス戦投げ捨ててオレを受け止めに来てくれなかったら死んでいた。オレはまた、命を失っていた。


 普段はムカつく鈍感ハーレム野郎では有るが、今日はキッチリ感謝しておかないとな。


「ありがとうな、アルト。全く、今日は死ぬかと思ったぜ」

「ああ。だがもう大丈夫だ、敵はいない」


 ぽん、と頭に手を置かれた。コイツは、何というか、ホント主人公してやがるなぁ。助けた女の子を撫で撫でして身も心も攻略していくのは基本中の基本だが、ソレをオレにやってどうする。


 もう四人も美女を引っかけてるのに、まだ足りんのかコイツは。だが、助けられたし黙って撫でられておこう。コイツがやりたいようにすればいいさ。


「だからそろそろ泣き止め」

「……はい?」


 奴の言葉を聞き、思わず口から零したその疑問符と同時に、つうーっと頬に一筋の冷たい線が通った。


 ありゃあ? まさかオレは、泣いているのか? 


「あれ? オレ、泣いてなんか……」

「……そうか。なら、俺の見間違いの様だな。すまない、勘違いだった」

「そーだぜ、お前の勘違いだ」


 これは、恥ずかしい。死の恐怖で凍り付いた状態から、九死に一生で助かった安堵感で、改めて目頭が熱くなってきた。


「ちょっと、あっち見てろ」

「……分かった」


 自覚すれば真っ逆さまだ。目や鼻から汁が溢れ出て、気付けば顔面がズルズルになっていた。男の子的にも、女の子的にも、今の自分の顔を人に見せたくない。ピューっと、水魔法で顔を洗い流し終えるまで、アルトはずっとそっぽを向いていた。


 クソ、イケメンめ爆発しろ。









 自慢の回復魔法を用いて、自らの背骨の骨折を治療し再び歩行能力を得たオレだったが、ここに来て新たな問題に直面していた。


 アルトの奴、敵を撒く為に右へ左へと方向を気にせず突き進んだため、現在位置が分からない。しかも時間は、既に深夜。辺りは、よく見えない。


 だからこそ、アルトは小屋を見つけるまで走り続けたらしい。一晩明かした後、明るくなってから近くの村を探すと言う予定だそうだ。


 そう、アルトと、二人きりで一晩。一つ屋根の下。


 ……コレがバレたら、まぁミンチにされるだろうな。四人娘に。


 だが、精神的にも肉体的にも疲労が溜まっていたオレは、小屋でそのまま一泊する事を選んだ。今から探索とか冗談じゃねぇ。オレは寝るぞー! 




 と、まぁここまではたいした問題は無かったのだが……。


 アルトが小屋の床に腰掛け、マントを床に脱ぎ捨てた時に事件が起こった。と言っても、襲撃されただとか血を噴いて倒れたとか、そんな致命的なモノでは無い。うっかりとアルトがマントを脱いだ際、一緒に荷物も床へ落としただけだ。


 問題なのは、そのブツだった。


 ────ゴトン。


 アルトのマントから出て来たのは、なんとアッパーの空瓶だった。アルトの奴、使ったのか。この劇薬ドーピングを。


「アルト、お前。コレを飲んだのか?」

「すまん、あの巨大オークの筋力はオレとほぼ互角だった。押し切るには、コレを飲まざるを得なかったんだ」

「いや、オレこそスマン。そこまでやったのに、結局逃げるハメになっちまった。お前と奴の闘いの邪魔したのは、オレだ」


 そうか、あのオークはアルトと互角の筋力だったか。……なんであのデカいオークと人間のアルトが、力比べでタメ張ってるんだろう。気にしないようにしよう。


 ────ゴトン。


 遠い目でアルトのチート振りに感心していると、アルトのマントからなんとアッパーの空瓶が更にもう一つ転がり出てきたでは無いか。まさかアルトの奴、使ったのか。この劇薬媚薬を二瓶も。


「おいおい、コレは一日一瓶までと聞いたぞ」

「奴等から逃げる際、未熟にも俺は途中で息が切れかけた。立ち止まらず逃げ切る為には、コレを使わざるを得なかったんだ」

「いや、オレこそスマン。こんな劇薬を二瓶も使わせてしまったのは、オレを抱えていたから闘えなかったからだろ? つまり、お前が逃げざるを得なかった元凶はオレだ」


 オレを小脇に抱えて戦闘なんて出来る訳がないからな。これはかなりデカい借りになってしまった、アルトにどう返せば良いものか。


 ……確かアッパーは二瓶飲んだら、女を見ると突進する猿になるとかバーディは言ってた。


 確かに、今のアルトは若干挙動不審だ。ひょっとしたら、今のアルトはよく耐えているといった所なのだろうか。


 ……そう言えば、さっきから全然アルトと目が全く合わない。


 ────ゴトン。


 僅かに身の危険を感じ、警戒しているとアルトのマントから、なんと更にアッパーの空瓶が転がり出てきたでは無いか。


 まさか使ったのか。この劇薬バイア〇ラを、三瓶も。



「……アルト?」

「すまん、走った後、異様に喉が乾いて、つい飲んでしまったんだ。いや、飲まざるを得なかったんだ」

「いや流石にその行動には文句言うよ!? 何でこんな劇薬を水代わりに飲むんだよ! 言ってくれれば水くらい、魔法で出せるから!」

「正直さっきからお前の顔がまともに見られない」

「水で顔洗った後も、ずっとお前がそっぽを向いてたのはそう言う理由だったのかよ畜生!」

「ここにいるのがお前で本当に良かった。お前じゃなかったらヤバかった。ルートでもヤバかった」

「喧嘩売ってるのかこのハーレム野郎!」


 オレの、受難の一夜が始まろうとしていた。

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