第6話 逆襲っ!

「いくらなんでも、これはおかしい」


 勇者は呟く。


 この地に、か弱き民に狼藉を働く魔王軍を討伐するため派遣されて、今日で早三か月目に差し掛かろうとしていた。未だに、魔王軍は姿を見せる気配がない。自分から魔族の痕跡を追って探しても、尻尾すらつかめない。


 だが、町の至る所では戦闘痕が見られた。この地に魔王軍が巣くっていることは疑いようがない。では、自分達がこの地に来てからピタリと魔王軍が姿を見せなくなったのは何故だ? 敵に、ルートのような危機察知に優れた魔物がいて、警戒されているのだろうか? 


 彼は勇者特有の勘と言うヤツで、もうすぐ何か良くないことが起きるのを察していた。










「ルート、だから小遣いの範囲だってば! たまには羽目を外すことも重要なんだぜ?」

「そうとも。お前さんは毛嫌いするかもしれんが、娯楽は人間というモノには必要不可欠なんだぞ」


 夜、性懲りもなくまたコッソリと宿を抜け出そうとしたオレとバーディバカコンビは、予めルートの星読みでその行動を予知されあえなく捕まっていた。


「少なくとも、君達が使い込んだ資金を補填するまでは、絶対色街に行くことは許さないから」

「「そこをなんとか!」」

「くどい!」


 2人でタイミングを合わせて渾身の土下座を決め込むも、どうやらルート堅物には効果が無さそうだ。彼等はルートに服の襟をガッチリと掴まれ、ずるずると部屋まで引き摺られて行く。二人の楽しい楽しい夜遊びは、残念ながら中止らしい。


「女の子と、イチャイチャしないと何もやる気が出ないんだぜ」

「以下同文」

「君達って奴は……」


 宿の個室まで連れ戻された二人は、グデーっと死んだように机に突っ伏する。その手には、紹介所の優待券とそこそこの額の紙幣が握りしめられていた。まだ彼等は、夜の街に未練たらたらなのが見て取れる。


「普通の酒の席なら付き合うからさ。そういった不健全な場所に頻繁に出入りされると、僕らの沽券にも関わってくるんだ。少なくとも遠征中くらいは、我慢したまえよ」

「ううう……。こうなりゃウチの四人娘の誰でもいいからお酌とかしてくれんかなぁ」

「で、その後アルト様のノロケ話をタップリ聞かされるのがオチだぜフィオ。どこかに可愛くて気立ての良くて俺を褒めて癒してくれる美女はおらんものか……」

「オレを甘やかしてくれる女の子はいないのか……」

「「……はぁ」」

「フィオ、君自分が女だって時折忘れていないかい?」


 ルートがふぅ、と悩ましげに溜息をついてそんな事を言った。


 ─────その時、二人に電流走る。


 ───閃きッ!! 圧倒的、閃きッ!! それはまさに、悪魔の知恵ッ!! 


「そうだ……。いるじゃねぇか! ここに美少女が!」

「なんてこった……。何でオレ達はこんな簡単なことに気が付かなかったんだ!」

「……フィオ、本当に君、自分の性別を忘れてたのかい?」


 ルートは呆れ顔でオレの方を見ている。隙ありだ。


 そのルートの両腕を、逃がさないように今度はオレ達がガッツリと握りしめた。


「……ん?」

「なぁルート、お前……」


 ────よく見たら結構、可愛い顔してるよな? 


 オレたちの声がハモって、中性的な少年の顔から血の気が引いた。










「おかしいだろおお!!」


 目の前には、オレの私服を着て、ユリィの部屋からパチってきた化粧品でメイクした美少女(?)が涙目で睨んでいた。何これ可愛い。


「ああ……。オレ、ルートのこの姿ストライクかもしれん」

「俺はもうちょい胸が欲しいな……。フィオ、お前の胸巻きでもうちょいサイズ大きいのは無いか?」

「ねーよ、てか平然とオレの下着触んな! デリカシーねーのかバーディ、全くお前は!」

「僕をこんな姿にしてる時点で、フィオもデリカシー無いよね!!」


 おお、ルートたんは怒った顔も可愛い。


「こう、アレだな。中性的で、きりりとした美人系の顔の人が涙目で顔真っ赤とかすごくそそるな」

「まったくだ。意見が合ったなフィオ。こんな美女がお酌をしてくれたら、俺達は色街に出かけなくてもいいだろう。まさにwin-winだな」

「いや納得しないからな!? そんな戯言で僕は絶対納得しないからな!」


 羞恥か、激怒かは分からないが、ルートの目尻には涙が浮かんできていた。うーん、眼福である。


 力づくにバーディに押さえつけられ、無理やりオレの女モノの私服を着せられた彼(彼女?)は現在、凄い美女に転身している。胸も詰めたし、髪型は髪留めでちゃんと女性的にまとめてみた。それだけでもう、ルートちゃんは完全に女の子になってしまっていた。やばい、凄いそそる。


「俺達は魔王討伐という重大な使命を背負っているんだ。そのためには、多少の犠牲もやむを得ない」

「女の子に癒されたいという、ありふれたどこにでもある願いだが、オレ達にはとても重要なんだ。分かってくれルート」

「君はまず鏡を見たまえよフィオ。自分の性別を確認して、自分に化粧を施して、鏡やバーディと好きなだけイチャイチャしとけば万事解決ではないのかい!!」

「「あん? 馬鹿言うなよ」」


 やれやれ、ルートは分かってないな。


「「どうせイチャつくならマトモな女の子がいい」」

「僕はフィオよりマトモな女の子だとでも言いたいのか君達は!!」


 その通りだな。悔しいが、今のルートの姿を見せつけられてしまっては女の子として負けを認めねばなるまい。


「せっかくだし、ルートをこのまま四人娘の修羅場に放り込んでみないかバーディ?」

「Hoo! そいつはとてもクールだぜフィオ」

「この人の皮を被った悪魔共め! 僕は君達が実は魔王軍じゃないかと思えてきたよ!」


 上手くいけば、これ以上の酒の肴は無いだろう。オレ達が色街に行ってはならないと言うなら、代わりの娯楽が必要になってくる。


「そーだ! パーティグッズに5分間だけ性格が変わる飴玉有ったろ? アレを飲ませてから修羅場に投げ込もう。それで何分後に、この美少女がルートちゃんだって奴等が気付くか賭けないか?」

「お、いーな。だったら薬の効き目が切れる5分以内か以上かで賭けようか。そうだな、俺は5分以内で」

「いーぜ、ならオレは5分以上だな。よっしゃ、取り敢えずルートをツンデレにしてみるか」

「コイツら、本当に勇者パーティなのか? 僕は、この先コイツらを味方と信じて闘っても良いんだろうか?」


 いかん、オレ達とルートと間の固い信頼関係が揺らぎ始めている。でもまぁ、仕方ないね。


「オラオラ、口開けろ! ツンデレルートちゃんにしてやるよ!」

「待て待て、ウチは我が強い奴が多いからな、弱気なルートちゃん美少女がみたいぞ俺は。こっちを飲み込めオラァ!」

「やめろー! は、離せ! 君達のしていることは立派な犯罪だぞ!」

「うるっせぇ、カマトトぶるんじゃねぇ! 口開けて飲み込め、とっとと飲み込めよオラァ!」

「んん──!!」


 無理矢理ルートちゃんの口をこじ開け、ブツをねじ込む。どうやら、弱気な飴玉の方が入っていったらしい。

 くそぅ、オレはツンデレなルートちゃんが見たかったのに。バーディは風情を解さぬ男だな、全く。


「……お前ら、さっきから騒いで何をしてい……る……?」



 突如パタンとドアの開く音が部屋に響き、我らが勇者様がひょっこり部屋に顔を出した。


 おや、珍しい。アルトがオレの部屋を訪ねてくるなんて。何か、オレに用でも有るのだろうか? 当然のように後ろには四人娘もついてきているし、色っぽい話では無さそうだが。


 何故かアルトは言葉を続けず絶句している。何の話かと黙って待っているとやがて、ユリィが声を震わせながら尋ねてきた。


「フィオさん、バーディさん。その娘、どなたです? お二方は、彼女の手足を押さえて、馬乗りで何をなさっているのですか?」


 ……おお、成る程。そう見えるのか。


「ヒクッ……ヒクッ……」


 おお、ルートちゃんは弱気になっちゃって、泣き出している。これは、成る程。


 ────この状況でどう言い訳しても、弁明は無理だな。


「「誤解だ! これは全部(バーディ/フィオ)って奴がやったんだ!!」」


 オレは咄嗟に今の状況を的確に判断し、自分だけが無実である事を声高に叫ぶのだった。ところが、親友であると信じていたバーディは、俺一人に罪をなすりつける様な台詞を絶叫しているでは無いか。なんと友達甲斐の無い男だろう。


「フィオてめぇ!! なに自分だけ逃れようとしてるんだこの糞野郎!」

「見損なったぜバーディ!! お前はもっと正直な男だと思っていたぜ!」




 ───────ちゃきん。




 オレ達の口喧嘩の端に立つ男から、剣を抜く音が聞こえた。


 そう、勇者パーティ最強、いや人類最強とも名高いリアルチート、歴代最強の魔法剣士“アルト”が。


 オレ達に向けて剣を抜いていた。


「おおお落ち着けアルト! 無実だ、これは罠だ。バーディが仕組んだ巧妙な罠なんだ! まずは話を聞いてはくれないか!?」

「アルト、俺達は仲間じゃねぇか! 信じる力って言うのは、奇跡を起こすんだぜ! その為には、対話が必要だとは思わないか!?」


 ヤバイ、怒ったアルトに勝てる訳が無い。どの距離でも闘えば最強。いわば、人間側の魔王みたいな奴だ。


 幸いにも、アルトはコクリと頷いた。頷いてくれた。


「……分かった。そこのお嬢さん、君はこの2人に何かされたかい? どうして泣いているのかな?」


 ほっ。流石アルトだ、話が通じる。言い訳も聞かず問答無用で説教してくるルートとは大違いだぜ。これで誤解が解ければ、無事に笑い話に……。


「街で歩いていたらいきなり拉致されて、部屋で乱暴されそうになりました……くすん」


 ……ルートちゃん? 何言ってるの? 


「ちょっとまて今ふざけるのは止めろルートォォォ!! ホラ、見て! アルトが構えたから! 剣を構えてこっちを睨みつけてるから!」

「悪かった! 女物の服を着せたのは悪かったから! 説明して! ちゃんと事実の説明をォォォ!」


 こ、このカマホモ野郎!! ここぞとばかりに普段の復讐をしてきてやがる! なんて性格の悪い奴なんだ! 


「無理矢理服を脱がされて、変なモノを口の中に突っ込まれました……くすん」

「いやそれは事実だけども!! ソレより先に説明することがあるでしょ!?」

「オイィ!! ブツブツ何か唱えてる、アルトが魔法詠唱始めてる! この宿ごと吹っ飛ばすつもりだぜあの馬鹿! ルート、頼むから────」


 このままだと死人が出る。きっかり、2名ほど。


 頼むルート、そろそろ薬も解ける頃だろ!? 早く元に、いつものお前に戻ってくれ! 


「くすん、あんなにイヤだっていったのに無理矢理に……(ニヤリ)」

「おい今笑ったぞコイツ! 解けてるだろ、そろそろ弱気の薬も解けてるんだろルート!」

「やめろ、やめろ、その構えはヤバいから! 俺それ知ってる、この前の魔将軍を一刀で切り捨てた技の構えだろ!? 俺じゃソレ見切れねぇから!」

「黙れ。そして、散れ」

「「ぎゃぁぁぁああ!!」」


 数分後、一月前の様にオレ達はまた、肉塊となって道端に投げ捨てられたのだった。


 ルートめ、ゆるさん……。

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