第3話 朝帰りっ!
久しぶりの夜の街は、喧騒の光に包まれ昼間より幾分か活気づいていた。この街は、日本に居た時の歓楽街のような昼間並の明るさは無いけれど。光魔法でネオンのように彩られた看板が立ち並ぶその通りは、この世界では珍しい「明るい夜道」である。
その光に満ちた怪しい夜道を、縮れ毛の新人嬢と腕を組みオレ達は歩いて行く。三人で簡単な食事を露店で取った後、街の中心部から少し外れたソコソコの値段の休憩室をバーディが手際よく借りた。
この休憩室はベッドは固いし部屋も狭く、水回りは屋上に共用のモノが有るだけだ。が、設備だけは素晴らしいらしい、とはバーディの弁。
オレ達はボロい石造りの、ところどころ修復されたオンボロなドアを開けて、いよいよバーディが借りた部屋へと足を踏み入れた。……その部屋の中身は、悪い意味で予想外であった。
「あ、あわわわわ……」
オレとバーディの腕の間で快活に笑っていたパルメちゃんは、可愛らしいそのくりっとした目を左右へと大きく揺らし混乱している。そりゃ、真正面に
「バーディ、お前そう言う趣味だったの?」
「いやいや、そうじゃない。この部屋なら話のネタには事欠かんだろう? アレを実際に使うかは、その場のノリで決める」
「あぁ、そういうことね」
話のネタでこの部屋を借りたのか。成る程、多少は考えて居るらしいな。コレを使ってパルメちゃんに欲望をぶつける、とかなら殴っていたけど。
「パルメちゃん、こういうのやったこと有る?」
「い、いえ、その。初めてです」
「だよねー。まさか本番自体初めてとかじゃないよね?」
「あ、はい、本番の経験はソコソコ有ります。初めての時は、親友の弟を押し倒しました! 可愛かったなぁ……」
「この子思ったよりヤバイ娘だった」
この娘、ぱっと見純朴そうに思えたけれど、やはりそう言う資質も有ったから色街なんかに居るのだろう。……その親友と、気まずくならなかったのだろうか。
「さーてーと! ここで秘密兵器を使いたい。……アッパーって薬、知ってるかパルメちゃん」
「えっ……? 確か、戦士職の方が好むドーピング剤ですよね? 一時的に筋力が上がるとか」
「そう、戦闘中にヤバくなったら飲んでおく、オレ達のお守りみたいな薬だ。だが、使用制限があり一日に飲めるのは一瓶まで。何でか知ってるか?」
「いいえ、分からないです」
「副作用で興奮が止まらなくなるんだわ。一瓶だけでも、夜に悶々として眠れなくなる。二瓶飲んだら、女を見るなり突進する猿になる」
「おいバーディ、お前何考えてる」
「なあパルメちゃん? ちょっとコレ飲んでみない?」
まさかとは思ったがコイツ、嬢を薬漬けにするつもりか!?
「こんのドアホ! 確か媚薬はこの街で禁止されてる筈だろーが!」
「確かに媚薬は禁止されてるな。だーけーど、これはあくまで戦闘補助薬だし。この薬、一瓶くらいなら健康に問題もないし」
「でも媚薬として使う気じゃねぇか! この街で嬢に危害加えたなんて話がバレたら、怖いお兄さんがうじゃうじゃと来るぞ?」
「俺なら勝てるし」
「そんな話広がったらパーティの皆に殺されてしまうわ!」
コイツ、金さえ払えば嬢に何しても良いとか思ってやがるのか? そもそも勇者一行がそんな乱痴気騒ぎ起こしたら、次から資金ガッツリ減らされるわ!
「いえ、良いですよ? 媚薬じゃ無いなら問題ないですし!」
「パルメちゃん!?」
ところが、当の本人のパルメちゃんと言えばケロリとして了承したのだった。
「この薬結構危ない奴だよ? 前
「うふふ、この街でお薬禁止なのは知ってますけど、私は割と好きなんで、激しいの。だから、飲んじゃいましょう! その代わり、
「おいおい! この娘大当たりだぜフィオ! 真面目そうに見えて実は好き者だなんて、サイコーじゃねぇか。いかん、滾ってきた」
「お、おお……。信じられん。良いのか? 派手にやっちゃうよ? 理性ぶっ飛ばして襲っちゃうよ?」
「バッチ来い! です!」
「「うおおおお!?」」
こ、今夜は最高の夜になるかもしれん。
「んー、よく寝ました……」
少し湿った三角木馬に、朝日が差し込む時間。
「あ、昨日はご指名ありがとうございました。名残惜しいのですが、着替えて今日の営業に行かないといけないので私はもうお暇しますね? また見かけたら、是非ご指名ください!」
朝日が窓から差し込み、本当に後ろ髪を引かれてそうな表情の、パルメちゃんの横顔を鮮やかに照らし出す。ニコリと微笑んだ彼女は、オレ達が用意して机に置いておいた指名料を、遠慮がちに鞄にしまったのだった。
それに対する、オレ達の反応は、無い。二人して、死んだようにベッドでうつ伏せとなりピクリとも動かない。
「つ……疲れた……」
「戦士職の俺より体力有るってどう言うことだよこの嬢……。最後の方、動いてたのパルメちゃんだけじゃねぇか……」
昨日、アッパーを飲んだパルメちゃんはトロンと目を垂らし、貪るようにオレ達の体を求めてきた。最初はウハウハだったのだが、徐々にオレは異変に気付いた。
パルメちゃんが、ダウンする素振りを見せないのだ。それどころか、彼女の要求はエスカレートしていき、プレイが激しくなっていく一方だった。後衛職で体力のないオレは、情け無くも二時間もたずに寝息を立てるハメになる。
だが、眠りについた直後に叩き起こされて、再びオレの小柄な体躯は目が血走ったパルメちゃんに思うまま貪られた。どうやら、バーディがへばったからオレをヤりに来たらしい。せっかく休んで僅かに回復した、オレの貴重な体力はまた彼女に全て食い尽くされる。彼女の蹂躙はオレが再び気を失うまで続いたのだった。
バーディはバーディで、もうタマが空になった! と何度も叫んでいるのにパルメちゃんに跨がられて容赦なく抜かれていた。男じゃなくてよかった。パルメちゃんはバーディを重点的に狙っていた。やはり男の方が好きなのだろう。
一晩を通じ、オレは理解した。この娘は当たり、なんてモノでは無い。大魔王みたいなモノだ。
彼女は持参した布で軽く自らの体を拭き身支度を調える。外まで見送る元気はなかったので、オレはあいさつ代わりに片手を立てたのだが。何を思ったのか、彼女はそのオレの手を取ると、そのままオレを肩へと担ぎ上げたのだった。やめろ、まだ何かヤるつもりか、このド淫乱! と、そう思ったのだが。
……彼女の口から出てきたのは、想定外の言葉だった。
「あ、フィオ先輩。私、送りましょうか? 先輩ってば凄い美人ですし、話しやすいですし絶対どこかの紹介所に所属してらっしゃいますよね! 近ければ運びますよー」
「……はい?」
オレと、紹介所に何の関係が? ……と言うか、フィオ先輩?
「取りあえず近くの寄宿舎までおぶりますね。何にせよ1度体を洗いましょう。ではバーディさん、ご指名ありがとうございましたー」
「ちょっ……オレは嬢じゃな……!?」
まさかオレは、この娘に客じゃ無くて
「昨日は楽しかったですねー。あんなにハッスルしたのは久し振りですよ! 先輩、よろしければまた一緒に仕事しましょーね」
「待て……待ってくれって……」
そのままパルメちゃんにおぶさられてオレは、香水の匂い厳しい、仕事帰りの嬢がひしめく寄宿舎まで運ばれていく。疲れ果てて声すら出せないオレは、徹夜明けなのにエネルギッシュな彼女の背中で呻き声を上げることしか出来なかった。無力な自分が、憎らしいぜ。
「あたた、腰が痛ぇ……。舌使いだけで腰抜かさせられるとか、どんなテクだよパルメちゃんは……」
まだギシギシと痛む腰をさすりながら、昼だというのに閑散とした昼の道を歩き、オレはようやく帰路に就いた。
パルメちゃんに拉致された後、寄宿舎でオレは客だと説明するとそれはそれは大変だった。客に見られたら不味いモノとか沢山有ったらしく、寄宿舎が阿鼻叫喚に包まれ、即座に客間に案内(隔離)され、そこでかなり大袈裟に謝られた。そして、後から入ってきた怖いお兄さんに、ここで見たモノは他言無用と念を押された。
オレ達がパルメちゃんに渡した指名料は、迷惑料代わりだと全額返されそうになったがそれは固辞しておいた。その代わり、嬢の紹介所の優待券を貰ったけれど。パルメちゃんは新人嬢だし、指名料を全額没収されるのは辛かろう。
そのパルメちゃんはと言えば上の人に散々に怒られて酷く気落ち……しているようには見えなかった。なんか頬を染めて、怒られてるのに明らかに悦んでいた。どうしよう、彼女底が知れない。
そんなこんなでオレが怖いお兄さん達から解放されたのは、昼を過ぎてから。へとへとになりながら、オレはパーティの仲間達が滞在している宿へと戻るのだった。
「お、か、え、り? フィオ?」
宿の入口には、何かの肉塊が道端に転がっており、笑顔のルートがその傍らで腕を組んでいる。
……成る程。
「ねぇフィオ、昨日は何処へ行っていたのかな? 何で帰宅はこんな時間になるのかな?」
「……昨日、実はオレ一人で索敵に行ってました。そして、なんと大魔王みたいな奴を発見しました。褒めてくれ、ルート」
オレの決死の言い訳は残念ながらルートに受け容れて貰えず、道端に転がる肉塊が二つに増えたのだった。
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