第4話 金欠っ!?

「金銭的な問題が、そろそろ出て来た」


 アルトが、重苦しい声で会話の端を切った。


 オレ達の探索の甲斐なく魔王軍の手がかりを何も掴めないまま、手持ちの資金が底を尽いたのだ。


「誰かが、王都に戻って資金を追加して貰わねばならない。……俺がやってもいいが、皆どうする?」 


 それは誰かがやらねばならない、面倒な仕事だった。


 文無しになれば、仕事どころではない。だがこの街から王都までは遠く、足の速いリンでも最低三日はかかるだろう。


 しかも向こうで貴族に媚び、へつらい、資金を出して貰わねばならない。よしんば資金を得ることに成功しても、その資金を盗賊から護衛してこの街まで戻る必要がある。


 はっきり言って貧乏くじだ。


 アルトは、その面倒事を自分がやってもいいと言っている。だが、それはあまりにも愚策であろう。


 もし魔王軍が襲ってきた場合、アルトなしで闘うのは愚の骨頂だ。


 それをヤツ自身も理解しているから、遠回しにオレ達の誰かにやってくれと言っているのだ。


「アルトは残っていた方が良いだろ? 最強の戦力を使いぱしらせるのはおかしいだろ」


 バーディも空気を読んで、アルトは残るよう発言した。


 こいつ男女間のデリカシーは皆無なのだが、こういう空気は読める男なのだ。


「オレとルートも、やめといた方が良いだろうな。戦闘能力がないから、野盗に襲われたらオシマイだ」

「そうだな、お前らも残ってた方が良い。となると、俺か、お前ら四人の誰かが行くことになるな」


 オレは戦闘力のなさを理由に、面倒ごとを放り投げた。ぶっちゃけお偉いさんに頭を下げて回るのが嫌なだけである。


 野盗とかオレ一人で対処できなくもない。……少なくとも、逃げることは出来るだろう。


「私は嫌だぞ、バーディ。私だって近接戦闘には自信がない。魔道士の一人旅は危険だと思わないかね?」

「私も、王都に迷わず辿り着ける自信がないです……。それに、私も野盗さんに囲まれたら勝てませんし」


 近接戦闘が出来ない後衛組二人も、オレに便乗してきた。


 コイツらの本音は、愛しいアルト様を置いて王都に戻れないだけだろう。


 抜け駆けされ放題だしな。


「俺はこの前、偉いさんのご令嬢にちょっかい掛けて睨まれてるんだわ。だから厳しいだろうな」

「バーディお前、そんなことしてたの!?」

「だからリンかマーミャの、どっちかに頼むことになるな」


 そんな話は聞いてないぞオイ、本当ならコイツを派遣する訳にはいかない。


 ……作り話な気もするけど、コイツならやりかねないしなぁ。


「……イヤ。アルトと離れるの、イヤ」

「わ、私だってそうだぞ! というかレイ、お前は近接戦闘も出来るだろう!」


 リンとマーミャは、必死で抵抗をする。


 誰だって、貧乏くじを引きたくはないからな。


「……ウチは、か弱いし、怖いし」

「怖いのはお前の方だろ」


 アルトの手を握って離れようとしない、この無口な少女はリンという。


 彼女はいわゆる盗賊職で、斥候や工作、闇討ちに情報操作と戦闘以外でおいて活躍する勇者だ。


 パーティでは最年少で、オレより年下の十二歳。普段はアルトに甘える場面が多い。


 本人はアルトに対して恋愛感情を持っているつもりらしいが、実際は異性と言うよりは兄として見ているのかもしれない。


「マーミャは貴族だろ、交渉もお手の物じゃないか」

「残念だったな、私はバカだぞ! 交渉なんてできるものか!」

「自慢げに言うな!!」


 長い茶髪を背に纏めている筋肉質な女性剣士は、マーミャという。


 彼女は貴族出身の剣士で、女性とは思えない剛力でパーティの前線を支えてくれている。


 ただその近接戦はアルトより弱く、バーディ同様に戦力としては地味な感じだ。


 もっともこれはアルトが強すぎるだけで、貴族の間で「神域の剣」と呼ばれているほどの天才剣士らしい。


 少なくともマーミャの剣閃は鋭すぎて、オレの目には見えなかった。


「そもそもだ! 私達のお金がないのは、どこかの阿呆がいかがわしい店で散財したのが原因だろう? ソイツらに責任を問わせるべきではないか!」

「この間も、また出掛けてたみたいだしね。君達、本当に反省しているのかい?」


 レイの言葉で、ルートがジト目でオレとバーディを睨む。


 ……げ、こっちに来た。


「馬鹿言え、ちゃんと小遣いの範囲だってば」

「そーだぜ、そもそも散財ってほど使ってないだろ。精々500Gくらいだろ」


 500Gは、日本だと5万円くらいの価値である。


 王都から出る際に貰った資金は10000Gは有った筈。オレ達が使いこんだ額なんてたかがしれているのだ。


 色街で遊んだ額は、二回合わせてもバーディと二人で1000Gもいかない。しかも八割がた自腹で払ってて、足りなかった分を補填させてもらっただけだ。オレ達が原因というには、少額すぎるだろ。


 ……にしても、何でそんなすぐにパーティの資金が尽きたんだ? 普通10000Gもあれば、数ヶ月は持つぞ? 


「……なぁ、女性陣。ここは色街が近いからか、香水の名産地らしいな。お前ら最近、すげぇ良い匂いしてるけど……?」


 バーディのその一言で、サァーッと四人娘共の顔色が悪くなった。


「おお、おい、バーディ! 女性に対して匂いとかセクハラだぞ!」

「……ウチ、最後に香水買ったし。他の皆、コッソリ自分だけ買っててズルかったし」

「リンちゃん! 違うんです、その、これは必要経費と言いますか……」

「まぁ、何だ。女性は色々と気を遣わねばならぬ生き物でな。うん、仕方がなかった」

「お前らの方が使い込んでたんじゃねーか!」


 これは酷い。なにしれっと資金難の責任をオレ達になすりつけようとしているんだ。


 そんなにアルトの前で良い格好したいのか。


「君達までそんなことを!? 道理で資金の減りが異常に早いと思ったんだ!」

「「ご、ごめんなさい」」

「ごめんなさいじゃないだろう! 君たちが使い込んだのは、民の懐から分けて貰った財産だぞ!! ちゃんと君達にも給与は出ているだろう!」

「そ、そうなんだがここの香水はかなり高価でだな……」

「だからって公金に手を付けるのか!?」


 これには流石のルートも激おこのようだ。やーい、怒られてやんの。


「……で、どうする。結局、誰が行く?」


 ルートのお小言が長くなる前に、しれっとバーディが話を戻した。


 相変わらず、空気が読める男である。


「最初に資金抜いて香水を買ったのはレイだ! 土人形で近接戦闘もこなせるし、適役じゃまいか!?」 

「はぁ!? 巫山戯るな駄剣士、資金を抜いたのは全員一緒だ! 知ってるぞ、お前は更に髪留めも買っただろう。三日前から自慢げにつけてるよな、ほら今も!」

「そ、それは自分の金で買ったものだ! 貴様にどうこう言われる筋合いはない!」

「……ウチ、香水買ったけど匂い苦手だったからあんまりつけてないし。だから、悪くなくない?」

「買った時点で同じです! リンちゃん、貴方が一番早く往復出来るでしょう? こう言うのはリンちゃんの仕事では!?」

「何を抜かすこの女狐……! そう言うお前こそ、弛みきった体を引き締めるため王都まで走れ……」

「弛んでないです!」


 ああ、また始まった。四人が顔を付き合わせると、最後にはこうなってしまう。


 こう言う時のアルトは、オロオロするだけで頼りにならん。ルートとバーディは、溜息をついて諦め顔だ。


 コイツら、仲裁してもなかなか止まらないんだよなぁ。


「御託は良いから王都まで走ってこい無能筋肉ダルマ!」

「誰がお前の命令なんか聞くか!」


 先ほどから高圧的に怒鳴っている、オレと同じデザインの黒い魔道服を着ている、青髪赤目の少女はレイという。


 彼女は自他ともに認めるカスで、公金に手を付けて風俗に行くオレと同じくらい『終わっている』と評判だ。


 しかしただのカスではなく、レイは世にも稀な全属性を扱える魔道士で、炎、雷、土、水、風などを複合した独自の魔法を使うことが出来る。


 その魔法火力は国内トップクラスで、レイに比肩する火力を出せるのはアルトくらいらしい。アルトは本当におかしい。


「私じゃ無理です、道に迷ってしまいますって!」

「……迷わないよう地図を確認すればいいだけ。地図くらい、読め……」


 そしてレイとは対照的に、丁寧語でおっとり話す修道服の女性はユリィという。


 彼女は男を悩ませる素晴らしい胸部をお持ちで、たくさんの人の悩みを聞いてくれる修道女シスターさんだ。


 彼女は国一番の神官で、聖属性魔法に加え回復魔法や補助魔法など、攻撃魔法以外なら何でもこなせる天才術師だ。


 実戦ではオレと一緒にバーディ槍使いマーミャ剣士に守って貰っていることが多い。


 因みにユリィに回復魔法を教えたのはオレだったりする。この娘は四人娘の中で、比較的オレと仲が良い娘だ。



 この四人娘が、このパーティのある意味で核である。コイツらが上手く連携出来れば、オレ達のパーティに勝てる敵は存在しないだろう。


 だがコイツらの仲は、険悪の一言。


 流石に戦闘中に口喧嘩はしないのだが、心の何処かで、互いを敵対視しているのか、連携が噛み合わないことが多いのだ。……恐らくは、アルトへの恋愛感情のせいで。


 つまりアルトはこのパーティの最大戦力であると同時に、最大の枷にもなっている。


 ……もういっそ、アルトが誰かとくっつけば万事解決なんだがな。そのアルト本人はクソ鈍感だし、どうしたものか。


 この醜い争いはオレ達の事情を汲んで、この地方の領主さんが資金を運んできてくれるまで続いた。


 ここの領主さんは、マジで良い人だった。頬が痩せこけていて微妙に幸薄そうだったけれど。

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