志貴との出会い

有間皇子の最期の地を歩いて以来、有間皇子の心情は俺の中に流れてくる。

心の中に渦巻く喜怒哀楽、日々の生活の中で感じることも

自分のことの様に思える。


現実の生活と有間皇子の二重生活を経験しながら、

どっちが現実か判断が出来なくなりそうだ。


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 志貴と出会う前の私は周囲にあるものは目に入ってなかった。

人であれモノであれ瞳には映っているであろうけど

全く認識せずに暮らしていた。


いや、認識しないことで他との関わりを持たずに済むと思っていた。

大王おおきみになりたい人がいて、大王にさせたくない人を蹴落とす人がいて

自分の立場や身分を良くしたいと、欲得の下心しか持たずに近づく人達。

表面を取り繕って良い顔をしていても、その陰で何を企んでいるやら…。


そんな人達と関わりたくない、どこかへ消えて欲しい。

或いは自らの存在を消せたらどれほど楽だろう…。


皇子様!有間皇子様!!

ご挨拶が始まってますよ!

きちんと正面を向いて皆様にご挨拶をしなさい。

側にいた女性が言う。


目の前に父君。あ…大王とも言うけど。

親子三人で他の貴族達の挨拶をうける。


志貴はそんな挨拶の順番待ちの列の最後の方に母親と共にいた。

母親が父君と挨拶を交わして去ろうとしたその時

私の方を向いて志貴は大きな声で言った。

「皇子様はあきつの様に美しいですね。」


周囲の人々は驚きと恐れの表情をしていた。

そして少しずつ騒めきが広がっていく…。


父君は振り返って私に

「あきつ…。」失笑しながら何故か楽しそうだ。

「父君。聞こえてます。」


くすくす笑っている私達の前で集まった人々が口々に言いだした。

「『あきつ』って女の人に対する言葉でしょ!失礼な!」

ざわつく宮中。


私の側にいる女官達は志貴を急いで退出させようとしていた。


「待って下さい。」

引き留めてみた。


「でも皇子様!この様に失礼なことは…」


「幼い子の言うことですよ。それに『あきつ』は美しいことには違いないのですから。」


「皇子様!」


「その様に怒らずとも…。では私から何がいけなかったのかお話ししましょう」

そう言って志貴を奥の部屋に連れて行った。

その時の志貴は嬉しそうにずっと私を見ていた。


これが志貴皇子との出会いだ。

この出会いをきっかけに志貴は私の邸を頻繁に訪ねてくる様になった。


粗野で不躾な子供だが、私の側にいる人の中で

唯一飾らないで本音で話をする人物だった。

それがたとえ子供でも、今の私にとって救いなのだ。



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今日の夢で幾つかのことが分かったことがある。

シンクロしている人物が有間皇子で間違いないということ。

考えてみれば有間は自分では名乗ったことはなかった。


志貴皇子に対しては最初から良い印象を持っていたこと。

誉め言葉とはいえ女性の美しさを形容する「あきつ」と言われて

怒っていなかったし…


いやいやそれよりも、『あきつ』って俺の名前じゃないか!

有間皇子を知ったのも偶然ではない気がしてきた。

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