戻りたくない場所 飛鳥

都の喧騒を離れてゆっくりできるこの場所がいい。

適度に広い川幅に、水はゆったりと流れていく。

川の中ほどにある岩は寝転ぶには程よい大きさで心地よい。


ゆっくり肌を触れながら流れる水、穏やかな響きの水音。

心地よい冷たさもある。生きてると感じられる。

全て自由に。衣など必要ない。

ただただ自然と交わり一体化できる

そんな時間が、この場所が愛おしい。


こーーーのーーーかーーーみぃーーーーー!


あっ志貴しきが来た。

静かな空間の静寂が破られる瞬間。

それもいい。


私の周辺では皇位だとか権力だとか金品だとか

そんなものばかりに気を取られている人が大勢いる。


敵とみなせば戦い蹴落とす。

そして相手をねじ伏せ自分の思う通りになれば勝者として威張る。

全てを統べる者は他者とは違う。唯一何をしても許される存在だと…

それが大王だと信じ込んでいる。

うんざりだ。


今やって来た少年・志貴はそんな情勢の真っ只中にいて

純粋で真っすぐな心を持っている。

私の周りで唯一嘘をつかない。

言葉の裏を考えなくてもいい、

不審な行動がないかと観察しなくてもいい相手。

小さいながらも私の心の拠り所となっている。


ただ、大きな声で不躾に迫ってくるからウルサイ。

これまでの私ならウルサイものは遠ざけていたのだが

志貴のそれは可愛さの1つだと感じさせるのが不思議だ。


都の人達の中にそんな人物はいない。

うわべは上品な行動、慎ましやかな会話をしている様に見せかけて

その実、みな胡散臭いし腹黒い。


敵対するか懐柔か…

私の立場を利用したい輩ばかりが周りにいる…

口にする言葉と腹の底にある本意を探って話をしなければならない…。

あぁなんて面倒くさいこと。


コノカミ!聞いてますか?


は…? えっと…


ですから、こんな場所でそんな姿でいたら

また体を壊しますよ。そうでなくても丈夫じゃないくせに!


私の体が丈夫じゃないのは毒入りの食事や

触れると毒が付着する危険な調度品が多かったりするんですけどね…


出来る限り確認はしているものの

時々確認不足で毒がまわり体調が悪くなってただけ。

体がひ弱に生まれたつもりはないのですよ…。


あ… あぁ… 私が丈夫じゃない? ですか?


そーですっ!いいですか!…


志貴がまだ何か言ってる。怒っているらしい。

かなり年下のまだ幼さの残る少年に怒られてる。

皇子の私が怒られているなんて…

面白過ぎる!


あははは~


つい笑い声が出てしまう。


コノカミ!何笑ってるんですか!


志貴は身の回りの世話をする人達の様に

私のことを気にしてくれているが、この少年は身分が低い訳ではない。


ナカノ… いや… 中大兄皇子なかのおおえのおうじの何番目かの息子。

皇位を継ぐ可能性あるはずだが母の身分が低く、ナカノの覚えも良くないので

血族からも相手にされていない。

屋敷は手つかずで手入れがなされていないばかりか、

食べるものや着るものもちゃんと与えられていない様な有様だった。


これだからナカノって人は!

強欲で色好き。欲しいものは必ず手に入れたいから

何かにつけて諍いを招いている。

皇位に近いのは確かだけれど、この血筋の方々、それに群がる人々は

俗世の欲に目がくらんだ人ばかりだ。

皇位…大王が一体何を担う存在なのかが分かっていない。


コ・ノ・カ・ミ!

聞いてますか?


えっ?


またぼんやりましてましたね。

ちゃんと着衣も整いましたから戻りましょう。


あ、あぁ…


こうして全てを解放して自然に溶け込んでいる時間から

都の生活に合わせた服、髪型を整え現実へ引き戻されてゆく。


悪意にあふれる屋敷に戻される。

志貴はそんなことは知らない。

ただ私を安息の場所に戻したいと思ってるだけですから。


秋津は新たな夢をみた。

そこで ナカノ=中大兄皇子だと知った。

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