第6話 「旅の途中」

目を覚ます。そこは孤児になる前から住んでいた私の家。誰もいない、居るはずの家族は誰一人もいない。わかっていたのに不思議と涙が出る。思い出した、私はずっと孤独だったんだ。


寒い、こんなに家って寒かったけ?

私は火を起こしに釜戸の前まで体を寄せる。しかし釜戸には火元となる薪が一つも入っていない。


「取りに行かなきゃ」


そう小さく言葉を呟きその場に立つ。


「――・・――・・・――」

「何?怖い、やめてよ」


声が聞こえる。誰かが私を呼んでいる。

聞いたことのある声だ、親よりも聞いた声……な気がする。

私はこの声の正体を知っている?行かないといけない。


「何で行かないといけないの?」

「・――――・・・」


外からだ。

外から聞こえる。

ドアの方を向くと、少し開いたドアの隙間から眩く光る白い光が見えた。

そして私は吸い込まれる様にしてドアノブを下に下げる。


「おい、おいエル!」

「……お兄ちゃん?何でここに……」

「それはこっちのセリフだ。何があった、アシュリゼはどうしたんだ?」


アシュリゼ……そうだ、アーちゃんを守らないと……


周囲を見渡すが何処にもアーちゃんの姿はない。

負けた、私は負けたんだ。アーちゃんにあんなこと言って私負けたんだ。

自然に瞳から涙がこぼれ落ちる。


「お兄ちゃん、アーちゃんは――」


その後、私はお兄ちゃんにあの時の状況を話した。

お兄ちゃんは何も言わず私の話を聞く。


「アシュリゼが天使……」

「わかんなかったよね……もしかして記憶喪失ってのも嘘なのかな?」

「……わからない」

「そ、そうだよね。でも絶対悪い天使じゃないよ!お兄ちゃんだってそう思うでしょ?」

「……」

「お兄ちゃん?」

「……」


何も言わない。

背を向いて表情もわからない。


「ね、ねえ、なんで何も言わないの?」

「…………エル、お前は宿に戻ってろ」


いつもより低いトーンでお兄ちゃんは言った。

明らかに私をこの件から離そうとしている。


「何でそんなこと言うの?」

「何でって、お前戦って疲れてるんだから今は休んだ方が……」

「嘘つき!」


大きな声が出る。

自分でも驚いてしまうほどの大きな声。

既に私の顔は真っ赤に燃え上がっていた。


「お兄ちゃん、アーちゃんを殺す気なんでしょ!」

「……」

「ラツハのついでに殺そうなんて考えてるんでしょ!」

「俺は!……俺は天上人を許すことはできない」

「何で!?何で天上人のみんながみんな悪いやつだと思っちゃうの?お兄ちゃんがあの時助けられたのだって神だったでしょ!?」

「俺は助けられる気なんてなかった!」


その後も私とお兄ちゃんの言い合いは続く。

言い合いと言っても私がただ喚くだけ、お兄ちゃんはたまに反論するだけだった。

確かにお兄ちゃんは凄い人だ。

私と違って宣言したことはなんでもやり遂げてしまうし、努力だって人一倍してきている。

それなのに辛いことがあっても他人には見せようとしない。言ったら弱虫の強者。

唯一私が嫌いなところだ。


「もう俺は行く」

「本当にアーちゃんを殺す気なの?」

「……」

「ねえお兄ちゃん……もう無理するのはやめよ?」


一瞬お兄ちゃんが体をビクッとさせる。


「本当は殺したいなんて思ってないんじゃないの?」

「そんなことは……」

「本当は辛くて辛くて仕方ないんじゃないの?」

「だからそんなことはないって!」

「ねえ……お兄ちゃん」

「……」

「たまには弱音吐いても良いんだよ?」


やっとこっちを向いてくれた。

怒っている。

今にも泣きそうな顔をしながら私の方をじっと見ている。


「俺は……俺はアシュリゼが天使だなんて本当は信じたくない」

「信じなくていいよ」

「でも、俺は天使を見逃すことなんてできない」

「どうしてできないの?」

「だって俺は……俺は……」


久しぶりにお兄ちゃんが泣いている所を見た。やっぱり泣いてる時のお兄ちゃんの顔には幼さが残っている。きっとお兄ちゃんの弱い時は泣いている時だ。


「お兄ちゃん」

「……何だ?」

「アーちゃんの今の状況ってさ、私たちの昔と同じだと思わない?」

「同じ?」

「そう同じ。親が居なくて、一人ぼっちで、助けてくれる人もいない。そんな時、お兄ちゃんは私に何をした?」


お兄ちゃんは目を見開いた後涙を袖で擦る様にして拭き取る。

目を瞑り深呼吸をしてゆっくりと目を開いた。

そこにはいつも見るお兄ちゃんの姿がある。

やっと何かに気づくことができたようだ。


「エル、俺はアシュリゼを助けに行く」

「そうだね、それでこそお兄ちゃんだよ」 


やっぱお兄ちゃんは凄い人だ。

でも凄い人ほど弱い所はとことん弱い。

だから私がお兄ちゃんの弱い所を守ろう。辛いことを共有できる存在になろう。

私はずっと、お兄ちゃんの妹だ。



同刻:シューリビッツ南西の古教会――


「太陽は沈んでしまいましたね〜」

「…」

「これだと天界に戻れません、あの獣人にしてやられました」

「…」

「ちょっと〜何か言ってくれないと独り言みたいじゃないですか〜」


アシュリゼは体を魔法で縛られ俯いたまま壊れた人形の様に言葉を発さない。

ただ自分の非力さを心に感じながら座り込むだけだ。エルのおかげで天界に戻るまでの時間はできたが、それも時間の問題。時間が経つにつれアシュリゼの中にある灯火を小さくなっていく。


「はぁ〜ここは腐っても聖堂なんですから、少しは笑って下さいよ。もしかしたらアルネさんが来るかもしれませんよ?」

「……来るわけないじゃないですか」

「そうです?案外あの人なら来そうなものですが


大きな笑い声が聖堂の中に響き渡る。

アシュリゼは完全にラツハの笑い物になった。

ラツハからしてアシュリゼは簡単に壊れるおもちゃ同然だ。


***


俺は教会の大きな扉を開ける。


「何だこれおっめーな……」

「アルネさん……?」

「おっ来ましたか」


ラツハがニヤリと笑いながら問いかけてきた。

笑い方があの行商人と同じ……本当にあいつ天使だったのか、全然わからなかったな。俺の魔力探知に引っかからないってことは天使の中でも強い方。

これは気を抜いてられない。


「な、何で来たんですか!私天使なんですよ?あなたの敵なんですよ?」

「知ってる」

「知ってるって……私二人に嘘をついてたんですよ?」

「大丈夫、それも知ってるよ」


全部知ってる。

それを知った上でここに来ているんだ。

だから安心してくれ。

俺は刀をラツハに向ける。


「おいラツハ!」

「何でしょか?」

「俺、実は地獄にちょっとした友達がいてな、お前が負けたら一生地獄生活になるけどそれでもいいか?」

「大丈夫ですよ〜私、あなたに負ける気ないんで」

「は、そうかよ!」


そう言いラツハに向かって刀を投げる。


辺りに重低音が響き、一秒後にはラツハと剣越しに睨み合っていた。

ラツハは俺の目を見つめながらまたニヤリと笑う。


「へー余裕ってか?」

「いえいえそんな。ラーテラ光の柱を出す魔法

「何だよそれ!?」


ラツハの持つ剣から尖った光の柱が生えてきて俺の左肩を突き刺す。

瞬時に俺はそれを弾き後ろに下がった。


溢れ出る血を抑える様にして肩に手をやると中の骨が溶けているのがわかる。

やっぱり天使相手じゃ一筋縄じゃいかないか……


「それ、本気でやってます?」

「どうだろうな」


体の中にある力の蓋を開ける。

俺を包む様にして全身にオーラがまとわり付く。


「こっからだ、|ラルフラーラ〈風を出す魔法〉」


突風を使い飛びつく様にして斬りかかり数秒前の場面を再現する。

ラツハは当たり前の様に防御魔法で俺の攻撃を守り、呆れた様な顔をした。


「またそれですか、黒の悪魔と言えどこの程度。正直がっかりですよ」

「そうか、それはすまないな。でも俺だってそう思ってるんだぜ?」


ラツハの目の前にいた俺は霧の様に姿を消す。


「分身ですか……でも」


刀を掴まれた。

身動きが取れない。


「本当につまらないです、こんなので私に勝てると思っているなんて」

「すまんな……でもお前、そのままだと耳潰れるぞ?」

「は?」


辺りに化け物の大きな奇声が響く。

魔法で耳栓をしているが、少しキンキンする。あんまり効果がない様に思えてきた。


「な、ん……」


呂律が回らずラツハは完全に体勢を崩した。

鵺の呼び声ぬえのよびごえ』昔戦った妖術師が使っていた技。

その名の通り大きな鵺の叫び声で相手を襲う。ざまあ見ろ、さっきのお返しだ。

まあどうせもう戻っているんだろうけど。


「よ、よくもこの私に」

「ごめんごめん、なんか左腕が使えなくなったと勘違いしてたから使っちゃった。許して?」

「ちっ……クソガキが!調子に乗りやがって」


ラツハが俺に向かって剣を下ろす。

しかしそれはあまりにも遅く、俺は余裕で弾き飛ばした。形勢逆転、ラツハにはもう撃つ手が無い。


「そ、そんなものか!」

「いや?まだだけど」


俺たちを囲む様に黒い魔法陣が現れる。

初めて見たのか、ラツハは驚きながら逃げ出そうと一歩足を後ろにやった。


「ふ、こんなもの」

「ばーかブラフだよ。水無月みなずき


俺はラツハの胸部に刀を突き刺す。


「これで終わりだと思うなよ」


続けて俺は片方の手でラツハの翼を鷲掴みにし、思い切り扉の方へとぶん投げた。

たちまち大きな悲鳴が響き渡る。


「なんだ、何なんだよこの痛みは!」


あまりにもの苦痛にラツハが膝を崩す。

その間俺はアシュリゼの束縛魔法を解いてやった。

体力は減っているようだが見るからに外傷はない。ラツハはアシュリゼに何もしなかった様だ。


「大丈夫か?」

「はい、ありがとうございます……あの!」

「『なんで助けに来たか』だよな」

「そうです、あなたがここに来る意味なんてないはずです」

「それがあるんだよ。君は大切だと思っていないかもしれないけど俺には大切なことなんだ」

「それはなんですか?」

「それは――」


辺りは殺気に満ちる。


「まじか……」


ラツハの方を見ると胸の部分に穴が空いており、そこから真っ赤な血液がドロドロと流れていた。そこにもう天使の面影はない。


「さすが天使、心臓なしでも動けんのかよ」

「はぁ、はぁ、はは、ははははは。初めてだ……人間如きにこんな苦しめられるなんてな!」


完全に狂いやがった。

こうなったら何をするかわからない、最悪な結末だけは避けなければ。

取り敢えずアシュリゼだけでも……


エーテルワールド一面を自分の世界にする幻術


ラツハがそう言うと、さっきまで聖堂だった辺りが雪原へと変わっていく。


「逃がしてくれねえってか……」

「ア、アルネさん」

「アシュリゼ、これ着てろ」


俺はローブをアシュリゼに差し出した。

いくら幻想世界であっても体が凍るくらいには寒い。

せいぜい持って30分、早めに終わらせないと凍死してしまう。

ラツハの方を見る。心臓が無くても動けるってことは脳……それか死なない。

後者が最悪のパターンだ。

どうする。もうチャンバラごっのをしている時間なんてないぞ。やるなら脳天を一発で……


「手が震えてるぞ旅人」

「黙ってろ天使」


右手で持つ刀に力を込める。


「はぁー」


俺は全身を脱力する様に息を吐いた。

最速で、一発で斬り殺す。

今まで何度もやってきたのに手が震える。

緊張のせいか寒さのせいか。いや、きっと負けるのが怖いだけだ。


銀世界に二つの光が垣間見える。

白と黒の光、例えるなら天使と悪魔。

どっちかって言ったら俺は悪魔の方、でもこれは俺の中にある正義、絶対に負ける訳にはいかない。


ソラス光剣

あかつき


俺たちは互いに見つめ合う。

速い方が勝負に勝つ。単純な話だ。

冷や汗が出る。

心臓の鼓動が速くなっている。


「アルネさん!」


アシュリゼの声。

そうだ、これはいつも通りじゃない。

何で緊張なんかしてんだ。

俺はかまえを解き、その場に突っ立つ。


「舐めやがって……」


ラツハは俺の姿に怒りを見せた。

相手に舐められているんだから当たり前だ。

でも俺は動じない。


「来いよ」

「死ねえええ!」


そして次の瞬間、音もなくラツハの首は跳ね上がった。

それと同時に銀世界も消えていく。

俺とラツハの戦いは儚くも終わりを告げた。


「お、終わったですか?」

「うん、終わった。はぁ、疲れた〜」


俺は溶けるかのように倒れ込む。

左肩が急にじんじんとし始めた。戦いのアドレナリンが切れてしまったようだ。

きっと治るまでには一つ世界を見終わっているだろう。

当分左腕を使うの禁止だな。


「アルネさん」

「さっきの話の続きだよな」


体を起こしアシュリゼの方を見る。

戦闘に集中してて気づかなかったが、アシュリゼの両耳には太陽のイヤリングがあった。

本当に天使なんだなと俺は実感する。


「俺、自分に嘘をついてた」

「嘘?」

「そう嘘。目的の為に自分の意思に目を瞑ってただただ動くだけ、今まではそれでいいと思ってた。でも違った」


その後、俺はアシュリゼに自分の思いを話した。

今思えば自分が臆病者だったことを強く実感する。

エルが居なかったら今頃俺は死んでいただろうな。


「すみませんでした。私のせいでそんな事に」

「謝らないでくれ、俺は逆に感謝してるんだ。謝られた困る。それとさ、アシュリゼ」

「なんですか?」

「その、提案というか俺からのお願いなんだけどさ……俺と、俺たちと一緒に旅をしないか?」

「え?」


予想外の言葉だったのかアシュリゼは口をぽかんと開ける。段々と自分の言ったことが恥ずかしくなってきた。


「あ、アシュリゼが嫌なら全然――」

「一つ、お願いをしてもいいですか?」


そう言うとアシュリゼが小指を前に差し出す。俺も応える様にして小指を前に出した。


「ゆびきりげんまん?」

「はい、昔私のお友達が教えてくれたんです。こうすれば約束を絶対に守らないといけないって」


よく知っているなと驚きつつも俺はアシュリゼの小指と絡めて合わせた。

そしてアシュリゼは俺を見つめながら言う。


「これからもずっと一緒に居て下さい」


あれから数十分後、俺たちは宿に戻った。

部屋に入ってすぐ、休んでいたエルがアシュリゼを見るや否や泣きながら飛びついた。アシュリゼは苦しそうにしながらもエルのことを包み込む。

おいおい、俺にはないのかよ。


まあそんなことはいいとして、この数日間で色々なことがあった。

アシュリゼと出会い、天使と戦い、自分の気持ちと向き合うことができた。

きっと俺はこのことを絶対に忘れることはない。

なぜならこれは、3人の大きくて小さな、未来への大一歩なのだから。






おまけ


「そういえばアーちゃんって何歳なの?」


それはエルのこんな言葉から始まった。


「何歳って、見ればわかるだろ」

「わかるって言っても案外年上だったりするものだよ?」


それはそうだな。

現に俺も身長と目つきが怖いだけで二十歳はたち以上だと勘違いされることがあった。

まあアシュリゼにそんなことはないと思うけ──


「30です」

「え?〈18歳〉」

「え?〈14歳〉」

「……ああすいません。自分天使なものですから、体の成長スピードは遅……い……だ、大丈夫ですか?」


そんなアシュリゼの言葉に俺とエルはこう言うのであった。


「大丈夫じゃないです……」




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黒の異世界渡り ~旅人は美少女を拾う~ 言ノ葉 @kotonoha808

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