第5話 「正体」
「な、何でお前がここにいるんだよ」
「いやー何ですかね、強いて言うなら優雅な朝食をいただきに?」
「もう午後ですけど……」
「はは、そうですね!」
そう言うと行商人は豪快に笑い出す。
周りの客たちは獣を見るかの様な目でこちらを見つめてくる。
やめてくれ、こっちが恥ずかしい。
ほんと、この前の意味不明な行動といい今回の行動といい訳のわからんやつだ。
「それで、目的は?」
「そう、それがですね。あなた!」
行商人がアシュリゼに指を刺す。
「は、はい」
「あなたと少しお話をしたいのですよ〜」
「理由は?」
行商人は俺たちに淡々と説明をした。
話を聞くと、どうやらアシュリゼが持っていた黄金の箱に興味を持ってしまい、もう一度だけでいいから見せてもらいたいという相談だった。
なんか身構えていた自分がバカみたいだ。
「それぐらいなら別に良いですけど……」
「本当ですか!ありがとうございます〜では、お外へ」
「ここじゃダメなんですか?」
「はい、ここは人目につくので」
人目に着く。確かにこんな所であんな物を出してしまったら、たちまち金の亡者どもが集まっておしくら饅頭状態になってしまうだろう。
そうなったら落ち着いて話もできない。
「じゃあ会計を」
「いえいえいえ、お客様はここでお待ちください。せっかくのアフタヌーンティーが無駄になってしまいますので」
「いやでも……」
「大丈夫ですよ、すぐ戻りますから」
アシュリゼが微笑みながら席を立ち、行商人の後をついて行く。
本当に大丈夫だろうか、あんな怪しい奴が何をするかなんてわかったことじゃないが……はぁ、ここはお人好しなアシュリゼを信じてみることにしよう。
それより……ドーナツ頼も。
***
少し暗い路地裏、その風景はまるでアルネさんに助けられたあの場所の様だ。
「それで見たいって言うのはこれですよね」
ポケットから箱を出して行商人に見せる。しかし、行商人は何もしようとしないし何も言葉を発さない。どういうことだろう、箱が見たかったんじゃないのかな?
「あのーどうですか?」
聞き返すが何も反応がない。
話していた時は不思議な人だと思っていたが、今は不気味な人に変わっている。
そう思っていると、さっきほど様子からまた変わって行商人は笑い出した。
「ははは、ありがとうございます。でも私が本当に見たいのは箱の中なんですよ。見せていただけますか?」
「それは、ちょっと……」
「無理ですか?」
「はい、中身は見せられません」
再度不気味に行商人が笑い出す。
怖い。もう戻ろう。
早くこのことをアルネさんに伝えてどうにかしてもらおう。
きっとアルネさんならどうにかしてくれる。
「も、もう戻りますから!」
私は踵を返す様にして後ろを向く。
「良いんですか?」
また何かを言うつもりだ。
無視をしろ。でないとまたあの時みたいに。
私は一歩足を前に出す。
「本当に良いんですか?」
無視。一歩足を前に出す。
「そうですか……」
一歩足を前に出す。
「その箱の中にある『太陽のペンダント』は天界の物だったのに、残念です」
私は足を止める。今彼は何と言った。天界の物?何でそれを知っている。
だってあれは天界に住まう天上人しか知らないはずだ。
「…………もしかしてあなた!」
「やっと、気づきましたか」
後ろを向くと行商人の姿は消え、そこには太陽のイヤリングを身につけた天使が立っていた。
「太陽のペンダント」天界に住まう者を象徴する為に作られた天上人の宝具。
その特性として天上人でなければ身につけることはできない。
つまりこれを身につけているこの天使は紛れもない天上人だ。
「どうして天使であるあなたがここに居るんですか!私はもう追放された身ですよね?」
「そうですよ」
「だったら――」
「ですが、私達にとってあなたにはまだ利用価値がある。だから一緒に来てください」
彼は私の方に腕突き出す。
その表情は前の不気味な笑顔とは違いまるで道具を見る様な目で私の方を見ていた。嫌だ、絶対にもう戻りたくない。もうあんな地獄に戻りたくない。
そうだ、走ってアルネさんの所に逃げよう。きっと、いや絶対アルネさんなら助けてくれる。人目のある場所に逃げればこの人だって追って来れないはずだ。私は呼吸を整える。
「あの人に言っても無駄ですよ」
「……え?」
「知らないんですか?あの人、親を天使に殺されているんです。だからあなたが行ったところで殺されるだけですよ」
「う、嘘。だってアルネさんはそんな事……」
「言うはずありませんよ。だって彼にとってあなたは『赤の他人』です。逆に言う方がイカれています」
「そんな……」
一瞬にして私の希望は断ち切られた。
終わりだ。私の力じゃこの人に絶対勝つことはできない。
さらに暴れたところで逃げることさえできない。もう諦めるしかない。
エルちゃんとアルネさん、良い人たちだった。
こんな私相手でも愛想良く振る舞ってくれて毎日の様に体調を気にかけてくれて……本当に優しい人たちだった。そういえばアルネさん、まだあそこに居るのかな……
ごめんなさい、帰るって言ったのに私帰れそうにないです。
「さあ、泣いてないでそろそろ行きますよ。早くしないと太陽が見えなくなってしまいます」
「……」
そう言われ私は彼の差し出す手を取ろうとする。
しかしその時、
ガーンと地面が割れ、私と彼の間に何者かが割って入り瞬時に私と天使を引き離した。
「エルちゃん……?」
「おっと……邪魔な奴が来ましたね〜」
「うるさい!アーちゃんに手を出したそっちが悪いんでしょ!」
エルちゃんは天使に向かって指を刺す。
片方だけ編まれた金色の髪と、空に向かって真っ直ぐ伸びる特徴的な毛束をゆらゆらと揺らすその様子は、言動とは真反対の健気な少女。
だがその強さは強靭な肉体の男も凌ぐ強さをしている。
「アーちゃん大丈夫?」
その言葉に私は頷く。
どっちなのだろう。
私がただ襲われていたから助けたのか、私が天使であると知りながら助けてくれたのか。頭の中に疑問を浮かべるが私はエルちゃんに答えを求めようとはしなかった。
それは何故か、自分ではもう答えが出ているからだ。もうわかりきったことだから聞く気にならないのだ。
だが彼女が私を助けた事実は変わらない。
彼女は私の味方だ。
「あなた、名前と目的は何?」
「質問をする時は一つだけにして欲しいんですが……まあ良いでしょう。私の名は上級天使『ラツハ』このお方、アシュリゼ様を連れ戻しに参りました」
「そう」
「あら、驚かないんですね」
「驚かない。ただ納得するだけだから」
エルちゃんは自分の刀を相手に向けた。
そして戦闘が始まる。
先手を切ったのはエルちゃん、左手で白銀に輝く刃をラツハに向かって次々と攻撃を放っていく。まるでその様子は盗賊と戦ったアルネさんみたいだ。
しかし、ラツハも天使の中では高位に当たる上級天使。
エルちゃんの激しい攻撃を難なく避けていく。
「当たっていませんよ」
「うるさい!」
挑発に対してエルちゃんは隙のでかい横振りをする。
もちろんラツハがそれを見逃す訳がなく、エルちゃんは攻撃をあっさり避けられ大勢を崩し、その場にひざまづいた。そこにラツハが右足で顔面目掛けて足を蹴り飛ばす。
「エルちゃん!」
「大丈夫」
これも作戦の内だったのか、エルちゃんは目にも止まらぬ速さで飛んでくる足蹴りをいともたやすく手で掴み上げ、そのまま思いきり奥の広場へと投げ飛ばした。
やはりパワーと戦闘スキルに関してはエルちゃんの方が優れている。
「なかなかにやりますね〜さすがは獣人と言ったところでしょうか……」
「は、どうやらその羽は飾りじゃないようね」
ラツハが見下す様にしての私たちことを見る。
やはりいくらエルちゃんでも天使であるラツハの相手は厳しい様で、エルちゃんの体からはどばどばと汗が流れ落ちていた。
「|リリール〈身体を癒す魔法〉」
「ありがとう、アーちゃん」
エルちゃんはいつも通りに笑った。
この状況で笑うことができるなんてエルちゃんはやっぱり強い人なんだと私は今一度実感する。だがこれでもラツハとエルちゃんの形勢は変わらない。
「少し早いですが決着をつけましょう。これでも私には時間というものがあるのでね」
「天使のくせに生意気なこと言うのね。わかった、これで決着にしよう」
数分間沈黙が続き、辺りは太陽が沈み始め段々と暗くなり始めていた。
エルちゃんを見ると、表情はわからないが明らかに殺気立っていることがわかる。
本当にこれが最後の一撃みたいだ。
「行きますよ」
「
数秒後、気づくと目の前にいたエルちゃんの姿は無くなっていた。
いないはずがない、だってさっきまで私の為に戦ってくれていたんだ、見逃すはずがない。私はそう自分に語りかけるが何回目を凝らしてもそこに彼女の姿はなかった。
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