第4話 「のろけ?」
「シューリビッツ」に来て今日で3日目が経った。
あれから俺たちはこの街の至る所を駆け回ったが、妹の手がかりを見つけることはできなかった。
やっぱりこの世界にも居た痕跡は無いようだ。
これで訪れる異世界は全部で20個目。
そしてあの日から再開することなく8年。
ほんと、今あいつはいったいどこで何をしているのやら。
兄ちゃんのこと、忘れてないよな……
「珍しく考え込んでいますね」
「そう見えるか?」
「はい、めちゃくちゃ見えます。へへ、なんかアルネさんの弱々しい所を見るのって新鮮で面白いですね」
面白い、そうか……うん、なら良かった。
アシュリゼは未だに記憶を取り戻していない。
宿に戻った時、行商人からもらった黄金の箱をアシュリゼに返したが、それを見ても記憶は取り戻せなかったようだ。
正直、結構俺は困っている。このままアシュリゼを置いて他の世界に行くことはできないし、面倒を見続けることもできない。だとしたらアシュリゼの記憶を取り戻すしかないのだが、そう簡単に記憶喪失というものは治ってくれない。
まあ今は休暇とでも思っているしか無いということだ。
「その服、似合ってるな」
「本当ですか?」
アシュリゼがその場でくるくる回り、中世ヨーロッパ風の青いドレスをひらひらとさせた。その風貌は完全にお嬢様そのもの、やっぱりアシュリゼはお偉いさんなのでは?
「それにしてもエルちゃん、大丈夫ですかね?」
エルはたった今食料や日用品の買い出しに出掛けている。
理由は買い出しジャンケンで負けたから、ただそれだけ。
「いいのいいの、あいつが負けたから悪いんだ。それよりアシュリゼ、行きたい場所とか無いか?」
「行きたい場所ですか?なんでです?」
「いや、単純に何処かアシュリゼの行きたい場所に行けば手っ取り早く記憶を取り戻せるんじゃないのかなと……」
そう、記憶喪失というものは一つの出来事が皮切りに治っていくものである。
例として、昔こことは違う世界で出会った記憶喪失の少女も、好きな食べ物や好きな遊びなど、記憶が無くなる以前のことを教えてあげることによって記憶を取り戻す事ができた。そのため、記憶が無くなる前のアシュリゼについて何も知らない俺たちは、こうやって昔の記憶に繋がる様なものを探すしかないのだ。まあここ数日は妹探しと仕事を並行して行なっていたお陰で、アシュリゼとの会話が減っていた。だから今日はアシュリゼとたくさん話すこととしよう。
***
「アルネさんどれにしますか?」
アシュリゼは目をキラキラと輝かせながらメニュー表を眺める。
その様子はまるで子供みたいだ。
今、俺たちは町一番人気の喫茶店に来ている。
エルが言うには「パワースポット」としても有名みたいだ。
喫茶店でパワースポット……嫌な予感しかしない。
「こちらお水でーす。はい!ご注文お願いしまーす」
「ああ、えっとじゃあ俺はこれで」
「私はこれをお願いします」
「かしこまりましたー。あの!お客さんちょっと」
「はい?」
数秒、店員がアシュリゼに向かって何かを話す。
小声で話すので俺には聞こえなかったが、瞬く間にアシュリゼの顔が太陽の様に赤くなった。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫です!」
そう言いながらも俺と目線が合っていない。
大丈夫じゃないやつだな、これ。
自然と笑みが溢れる。
突然だがアシュリゼはなんというか母さんと少し似ている。
お淑やかな風貌から放たれる戸惑いや焦り方は母さんもよくしていた。
心の中にもアシュリゼと母さんを重ねてしまう自分がいる。重症だな。
「そ、そんなことより、アルネさんはいつまで私と居てくれるんですか?」
「いつまでかー」
あまり考えていなかったが、シューリビッツに来てもう3日、正直ここに
「う〜ん、取り敢えずあと一週間はここに居るつもりだけど……」
「やはり迷惑でしょうか?」
う〜ん迷惑ね、別にそんなことは思っていないけどアシュリゼがそう感じてしまうのも無理ないよな。「自分のせいで旅ができなくなる」なんて思ったら誰でも罪悪感を持つものだ。
「別に迷惑なんて思ってないよ」
「本当ですか?」
「ほんとほんと。俺、アシュリゼと話してる時はずっと楽しいよ。もっと話したいくらいだ」
「そうですか……なら良かったです!」
アシュリゼはホっと一息つきながらコップに入った水をゆっくり飲み始めた。
上を向く時にたらんと落ちる髪の毛、水を飲むたび動く首元。
気づけば周りから聞こえていたカップル達の声も聞こえなくなっている。
スポンジのような甘い匂いもコーヒーのようなクセのある匂いもしない。
既に俺の脳内はアシュリゼのことでいっぱいになっていた。
「ん、どうかしましたか?」
「い、いや〜」
何考えてんだろ俺、無になろ、無。
それと同時に頼んでいたものを店員さんが運んできた。
トレイの上には赤色と緑色のパフェみたいなものが二つ置いてある。
「これで以上になりまーす」
「ありがとうございます」
「美味しそうですね、アルネさん」
「そうだな」
想像以上にデカいが、形は日本のパフェそのまんまだ。
パフェなんて食べるのはいつ以来だろう。昔連れて行ってもらった回転寿司の期間限定パフェを思い出す。
あの時は醤油をかけるのにハマってたっけ。
「アルネさんのは何味ですか?」
「これはベリー系かな、一口食べる?」
「いいんですか!?」
俺はアシュリゼにスプーンを向ける。
するとアシュリゼは大きな一口でスプーンの上に乗っかっていたパフェを平らげた。
「美味いか?」
「はい!美味しいです。じゃあアルネさんにも……どうぞ!」
緑色のパフェ、抹茶かピスタチオみたいなものか?そう考えながら、アシュリゼが差し出すスプーンに顔を近づける。
なんかパフェというかプリンみたいだな。
「あーん…………ってあれ?」
無い。
俺が口を閉じた所にパフェは無い。
驚いてアシュリゼの方を見るとまた頬を赤くしスプーンを口に放っていた。
「え、くれないの?」
「ち、違くて、そのあの、えーと」
何だ?よくわからないがアシュリゼはパフェを食べられるのが嫌だということだけわかったぞ。もしかして俺だから嫌だったとか?
いやでも、アシュリゼ俺のパフェ俺のスプーンで食べたよな……
俺は頭にハテナを浮かべたまま自分のパフェを口にする。
その後、俺はアシュリゼに色々な話をした。故郷である日本の話や今まで戦ってきた強者達の話、内容は様々だったがアシュリゼは喜んで話を聞いてくれた。
これで少しは記憶を取り戻せるといいんだけどな……まあ、あと一週間はここに居るつもりだし、焦らない様に頑張ろう。
そんな平和なひと時の中、聞き覚えのある声が俺のことを呼んでくる。
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