第3話 「厄介者」
面倒なことが起こった。
いつもならこんなこと起きないように気を引き締めていたが、今回はどうやらアシュリゼの一件で気が抜けてしまっていたらしい。どうする、逃げるか?それとも強気に言って追い返すか?はぁ、こんなこと深く考えたって無駄だ。
こう言うやつは簡単に返してくれない。
俺は再び大きなため息をつく。
「大丈夫ですか?お顔色が悪い様ですが……」
「お前のせいだよ!」
「ひぃぃ。す、すみません、その様な気はなかったのです」
長身の行商人がぶるぶる震えながらそう返事をする。こいつ、さっきからちまちまと跡をつけてきやがって、何が目的なんだ。それにこいつが着ている白のハットと白のスーツ、胡散臭いと言ったらありゃしない。
「それで、お前は何が目的なんだ?」
「目的!そうそうこれをあなたにお渡ししなければと思いまして」
行商人は持っていたアタッシュケースを開きそこからまた頑丈そうな箱を取り出して俺に見せた。
俺は呆れると共にこの世界の鍛治師に関心を持つ。
「何だこれ、もしかして売りつけじゃないよな?」
「ち、違いますよ〜これは落とし物です」
落とし物?こんなの俺は持っていただろうか?
形は昔見たファンタジー系の映画に出てくる魔法の箱に似ているが、やはり所持していた記憶はない。
「本当に俺の物か?」
「あーすみません、私の言い方が悪かったですね。これはあなたが一緒におられた白髪のお嬢さんの落とし物です」
白髪のお嬢さん……アシュリゼのことか。
確かにあの晩、アシュリゼがあの箱を大事そうに持っていたのを覚えている。
行商人の言うことが正しければこの街に着いた時落としてしまったのだろう。
アシュリゼって意外とドジっ子なのかもしれない。
「わかった、こいつは返しておくよ」
「ええ、そうして下さいませ。では、私はこれで」
そう言いながら一礼をすると、行商人はそそくさと歩き出した。
胡散臭そうなやつだったが案外良いやつなのかもしれない。まあ、人は見かけによらないとも言うし深く考えるのは辞めておこう。面倒ごとに巻き込まれるのは嫌だからな。
そういえばこの箱の中身は何だろう?箱はあまり大きくないようだから大きい物でないことは確かだが……まあ、少しだけなら見ても良いよな。
俺は箱の取手に手をかける。するとその瞬間、体全身に震える様な感覚が押し寄せる。
「お客さん、いくら知り合いだからと言っても人の物を勝手に見るのは良くないですよ」
何の気配もなしで俺に近づけるその実力。
こいつ、ただの行商人じゃない。
少なくとも実力はヘッド以上、いや、エルでも勝てるか怪しいところだぞ。
「すみません言い忘れていたもので、驚かす気はなかったのです。お許し下さいませ」
「……お前、何者だ?」
「何者って、ただの行商人ですよ。まあこの街一の商売上手と言ってくれても良いですのが……。ここは謙遜させていただきます。それでは」
そして白商人はニヤリと笑いながらこう言い去った。
「アルネ・ノーズハイムさん」
***
初めて嗅いだ磯の匂い、初めて見た蒸気船の煙。
私にはこの街全てのものが初めてだった。
「アーちゃん何処行こっか」
エルちゃんはニコニコしながら私に質問を投げかける。
しかし私はこういった場所に訪れるのは初めてで、何処に何があるのか全く持ってわからない。一つわかる事があるとすれば、この街「シューリビッツ」は海産物が有名な様で、辺りの至る所に魚や貝などが売られている。
子供の頃見た図鑑によれば魚は空を飛ぶらしい、羽無しにどうやって飛ぶのだろうか?
「おーい……アーちゃん?」
「あ、すみません。ぼーとしてました」
「大丈夫?さっきから『心ここに有らず』って感じだけど」
「だ、大丈夫ですよ。それより、早く妹さんを探しましょう!」
私は焦りを隠す様にエルちゃんより一歩前を歩く。
そういえば妹さんの特徴はあるのだろうか?
アルネさんが黒髪だから髪の毛は黒色だと思うんだけど……それ以外の情報って今のところないよね?
よし、まずはエルちゃんから妹さんの話を聞い……て……
周りを見渡す。
でもそこにエルちゃんの姿はない。
いない!?
まさか私迷子になっちゃった?
いや、私は動いてないから迷子になったのはエルちゃんの方なんだけど。
そ、そんなことよりエルちゃんを探そう。
近くの花屋、路地裏、喫茶店。
私はこの町全体を走り回ったが、エルちゃんの姿はない。
「はぁ、はぁ、もーどこ行っちゃったの?」
「そこの嬢ちゃん、一人かい?」
私が声の方向に振り向くと、そこにはガタイの良い4人組の男が立っていた。
「はい、一人ですけど?」
「そうかそうか、じゃあ俺たちと一緒に遊ぼうぜ〜」
四人組のリーダー格っぽい大男が私の腕を強引に掴んでくる。この人たちの目、昨日の盗賊団達と同じ目だ。
やばい連れ去られる。私がこの人達に力で勝てるわけがない。
「離して下さい!」
男が私の言葉を無視して腕を引っ張る。
周りの人間達は見て見ぬ振りをするばかりで私の事を助けようとしない。
しかし、気づくと腕を掴まれている感覚は消えていて、男が大の字で地面に突っ伏していた。
「アーちゃんに何してんだバカ男!」
エルちゃんは倒れる大男に向かって強烈な足蹴りを放った。
案の定男は壁の方に吹き飛び動きを止める。
いくら獣人族の身体能力が人間よりも高いからといって一撃で吹き飛ばしてしまうとは、やっぱりエルちゃんは強い。
「て、てめーデカをよくも!ぜってえぶち殺してやる!」
「殺せるもんならやってみな」
そうエルちゃんが強気に言うと男は一歩足を引いて大振りの一撃を顔面めがけて放つ。ガタイの良い者が放つ素早い攻撃はきっと当たったら一溜りもないだろう。
「死ねーー!」
「あれね、あんたは筋肉に頼り過ぎ」
エルちゃんは落ち着いて大男のパンチを片手で受けた。
案の定周りの人間達は目と口をあんぐり開いて静止している。
因みに私もその一人だ。
「な、何で?」
「これであなたのターンは終わりかな。じゃ、今度は私のターン!」
「え?ちょ、ちょっと待ってくれ。そうだ、俺が悪かっただから――」
「これが私の正拳突きだー!」
目の前にいた大男はエルちゃんの正拳突きによってその場に倒れた。もの凄い筋肉はあってもさすがにあれは耐えれないようだ。
「ジャ、ジャイまで!?」
「まだやる?」
「や、やりません」
こうして、呆気なく4人の男たちは一人の少女に敗れ、私はエルちゃんの強さつくづく痛感するのであった。
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