第2話 「昔のこと」

あの戦闘の後、ヘッド率いる盗賊団と別れた俺たちは南方最大の港町であり、この世界最後の目的地である「シューリビッツ」に向かっている。

そして今はその道中。


「可愛い〜!」


平原の真ん中でゆったりと揺れる馬車から少女の大きな声が響き渡る。

朝っぱから声の大きいやつだ。


「に、似合ってますかね?」

「うんうん似合ってるよ!ねね、今度はお団子にしてみない!?」


諦めたのかアシュリゼは自身の体を彼女に委ねる。

そしてお目当てのものを手にした彼女は目を輝かせながら三つ編みにされた髪をウキウキで解き始めた。アシュリゼよ、わかるぞその気持ち。

俺もコイツのテンションフルマックス状態には骨が折れる。


そんな彼女「エル・ネクロ・メルトノイズ」は元々孤児の子であり、たまたまその世界に寄った俺に寄って助けられた。

魔力の乏しい獣人族でありながら剣術はもちろん、回復・攻撃魔法も器用に扱うことのできるオールラウンダーで、今は俺の旅を手助けしてくれているたった一人のパーティメンバーだ。

まあそんな彼女の悪いところを挙げるとしたら、彼女は可愛いものに目がない。

そのため、街を散策中気づいたらいなくなっているということが多々有る、本人曰く「治ることは無い」だそうだ。


「そう言えばエルちゃんとアルネさんって旅人ですよね?」

「そうだよ!これでも旅人歴は長いんだから」

「じゃあ何の目的で旅をしているんですか?」

「え〜とそれは……」


お前が言えと言わんばかりにエルがこちらに向かって視線を飛ばしてくる。

お前に向かって言ってんだ、自分で答えろよ。俺はそう思いながらため息をつきアシュリゼの質問に答える。


「人を探しているんだ。俺の妹」


それは遡ること8年前。

当時の俺は、地球の日本という国に暮らす平凡な10歳の少年だった……


「おい父さん俺の唐揚げ取っただろ!」

「ふ、鷹という生き物は狙った獲物を逃さないんだよ」

「お前の旧姓は『烏丸からすま』だからどっちかって言うとゴミ漁りだけどな」

「何だと〜?」

「何だよ!」


こんな感じで俺と父さんはよく喧嘩ばかりしていた。父さんが俺にちょっかいを出してきてそれに対してキレる。いつもの流れだ。

でも特別仲が悪かったわけじゃない、子供ながら親に少し羞恥心があって素直になれなかったのだ。ただそれだけ、俺たち家族はそこらの家庭と変わらない普通の家族だった。しかしその平和なひと時はは一瞬にして壊される。


ある日、俺がいつも通り学校を終え家に帰宅している最中、大きな爆発音がした。

もちろん幼き俺はその恐怖に耐えきれず全速力で家に向かって走った。

その時は怖くて怖くて仕方なくて火元など確認せず無我夢中で走った。

今思えばこの時の俺は意気地なしの臆病者だ。


数秒後、俺は目撃する。悶々と燃え業火に包まれる俺の家を他人事の様にして群がる群衆の姿を……


その光景は正に映画の様だった。遠くから鳴るサイレンの音が一段と俺の心を蝕んでいく。そんな状況に耐えれなくなった俺は燃える家に向かって駆け出した。

一度は一人の老人によって止められたが、大人といえど老人の力では俺を止められず、俺はそのまま火の中に突っ込んだ。


「父さん!母さん!」


俺が叫ぶだけで何の返答もない。


「クソ!」


俺は叫びながら業火の中をずかずかと進んでいく。自分の体に火が燃え移ることなんて関係ない。そんなことより一人になることが嫌で嫌で仕方なかった。

俺は俯き恐怖を実感する。だが、そこで俺に小さな希望が生まれた。


そうだ、あの群衆の中に居なかったと言うことはまず家にいなかったのかもしれない。買い物にみんなで行っているのかもしれない。今度はそんな希望が俺の心を包んで行く。気持ちよかった。心臓がドクドクと動く感覚が治っていき、しまいには体の震えさえも止まっていた。これは夢だなどと思っていた。

しかしそんなものは夢物語でしかない。希望を胸にした体をゆっくり起こすと、目の前には黒々と焦げた二つの遺体があり、その横には羽の生えた二人の天使が立っていた。天使は両方とも太陽のイヤリングを身に付けていて、片方の天使の目にはダイヤの紋様が写っている。


「誰だよお前ら」


声に出ない。

どうやら煙を吸って肺がやられたみたいだ。

そして俺の意識はゆっくりと遠のいていく。


まあ、こんな事をアシュリゼに言えるはずもなく俺は適当に嘘をついた。

きっと彼女に話しても信じてはくれないだろう。


「そう言えばアシュリゼの家は何処にあるんだ?」

「家、ですか?」

「そう家、自分の住んでいた場所くらいわかるだろ?」


俺がそう言うとアシュリゼは困っているのか戸惑い始めた。

俺らに言いにくい、もしくは言えない。経験上の推測から言えば名前を言ってはいけない掟なのか、はたまた恐れられている種族なのか。俺にはわからないが何か事情があることだけはわかる。まあ言いたくないならそれでいい。


「わかった言いたくないなら言わなくても――」

「私、記憶がないんです」


なるほど、そう来ちゃったか――


***


その後、俺たちは無事「シューリビッツ」に着いた。

海から吹く磯の匂いと遠くまで鳴り響く汽笛の音は街がのどかである事を象徴している。久しぶりに一休みできそうだ。


「お兄ちゃん、これからどうする?」

「そうだな…………俺は宿を取りに行くから、お前たちは妹の方をお願いしてもいいか?」

「おっけー!じゃあ行こ、アーちゃん!」

「う、うん!」


アシュリゼは困惑した顔を見せながら走っていった。

アーちゃん……出会ってまだ4時間程しか経ってないのにもう軽々しく名前を呼べるとは、きっとエルの心臓は剛毛なんだろうな。


俺はしっかりと頷き宿屋に向かうのであった。

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