黒の異世界渡り ~旅人は美少女を拾う~

言ノ葉

第1話 「出会いと始まり」

少女は走った。

闇の街夜を駆け回るが出口らしい場所は見当たらない。まさに袋のネズミ、後方を確認すると、湾曲した剣をジリジリと地面に擦りながら迫って来ている人間の姿が確認できた。一瞬にして少女の体に恐怖という感覚が迫り寄せる。


少女は捕まった。

盗賊達は待ちに待ったごちそうの前に涎を垂らす。その様子は猛獣そのもの、昔両親に言われた「人間という種族に関わるな」という言葉を今になって思い出す。


少女は助けを求めた。

誰でもいい、人間でも悪魔でも何でもとにかくこの状況から救い出してほしい。

そんな小さな希望が心の中で火を灯す。


しかし彼女は助けられた。



***



「あ、ありがとうございます」


体を震わせぼとぼと涙を溢しながら彼女はそう言葉を放つ。

綺麗に整った白い髪、サファイアの様な青色の瞳、そして腕には黄金のブレスレットを身につけている。きっと何処かの王女様か金持ちの娘といったところだろう。

前にもこんなことがあっけ……


「礼なんていらないよ、ここはスラム街だから誘拐事件の一つや二つ珍しい事じゃないから」

「そうなんですか……」

「えーと、君名前は?」

「ア、アシュリゼです」


まだ怯えている。まあ無理もない、助けられた相手がこれだと余程のことがない限り良い印象を受けることはないだろう。

そう思いながら俺は既に割れてしまっているウォールミラーで自分の姿を見る。

そこには血のついた黒いローブに異世界では異端だと言われる黒い髪、氷のように冷たい黒目をした全身黒ずくめの男が立っていた。我ながら不審者だと思う。


それに対して少女はお淑やかな風貌で、さらに年齢は16歳ほどに見えたが、少し大人びていてなまめかしささえ感じられる。それに彼女の魔力量、そこらの人間には無い膨大な量の魔力を内側に秘めているみたいだ。

コイツら相手に使わなかったってことは魔法を扱えないのか?

少し教えたら並大抵の奴には負けなくなりそうだが……


いや、そんなことよりさっさとこの子を家に帰してあいつの所に戻ろう。

またにぐちぐち言われたらめんどくさいからな。


その後、少しアシュリゼを休ませた俺は、彼女を連れながら不気味な街の中を歩いた。壁にこびりついた血痕や痩せ細ってガリガリの死体。

今までに訪れた街の中でも群を抜いて酷い光景だ。


「あの、良いんですか?」


アシュリゼは震える手を後ろに隠しながら俺にそう問いかける。


「何がだ?」

「だって、あなたも巻き込まれてしまいますよ?」


心配してくれるのか、優しい子だな。


「大丈大。そもそも首を突っ込んだのは俺だし、こう見えても結構腕は立つんだ。君が心配しなくてもいいよ」

「わかりました……ありがとうございます」


アシュリゼは礼儀正しく深々とお辞儀をし、顔を上げるとニコッと笑顔を見せた。

どうやら信頼を得ることは出来たみたい、やっぱり女の子は笑っているのが一番だ。俺はそう思いながらアシュリゼに笑顔を返す。


するとその時だった。急な爆発音と共に何処からか豪快に笑う声が聞こえ、さっきまで暗かった辺りが月の光で照らされる。声の方向を見ると、不気味なほど光る月の下に人影が一つ見えた。これで大体察しがつく、コイツがアシュリゼを追いかけ回していた盗賊団達のリーダー、首切りの「ヘッド」だ。


「よくも俺の仲間達をやってくれたな旅人〜今度はこのヘッド様と勝負しろ!」

「アシュリゼ、絶対俺の後ろから離れるなよ」

「は、はい」


そう言うとアシュリゼは俺のローブを白く小さな手でギュッと強く握りしめた。

またぶるぶると震えている。

駄目だな、少女を何度も怯えさせてしまうなんて……

俺は彼女の手を優しく握り返す。


「大丈夫、俺がいる」


アシュリゼは心配そうな顔をしながら頷いた。


「わかった勝負してやる。でも一つ約束しろ、この子だけには手を出すな」

「ふーん何だそんなことか。だいじょぶ、俺は約束をちゃーんと守ることで有名なんだ、絶対そこの嬢ちゃんには手を出さないよ」


どうやら嘘はついていない。勝負に対しては本気で取り組むみたいだな。

他の世界でも戦闘狂バトルジャンキーの奴らと戦うことはあったがコイツほどでは無かった。これがってやつか。


「よーしじゃあ行くぞ〜」


ヘッドは準備運動をする様に腕をぐるぐる回す。体からは黄色オーラがムンムンと出ている。身体強化系の魔法だろうか?まあやる気は十分みたいだ。

そんじゃ、俺もそれに答えるとしますか。


「かかってこい!」


次の瞬間辺りには大きな金属音が響き渡る。どちらの剣も火花を散らしながら交錯し合い、常人の眼では到底追うことのできない速度で戦いは繰り広げられた。

お互いに鋭い眼光を輝かせ、相手の急所目掛け鋼鉄の刃を振り下ろす。

一度、俺の刀はやつの脇腹に切り掛かるが、ヘッドもその大剣一本でこの世の中を生き抜いた強者。俺の攻撃をしっかり弾き返し体制を直した。


「はぁ、はぁ、やるなお前。ほんとにただの旅人か?」

「どうだろうね。まあそこらの旅人より強い自信はあるな」


俺は左手に魔力を込める。

それを察知したヘッドは地面を思い切り蹴って俺の方に大振りの一撃を放った。

俺は攻撃を何とか避けたが、そのまま振り落とされた大剣は地面にヒビを入れ俺の体勢を崩した。


「やっべ」

「オラよ!」


ヘッドの持つ大剣が俺の目の前で空を切る。


「|ラルフラーラ〈突風を起こす魔法〉」


間一髪のところで斬撃を避けた俺は後方の壁に着地し、体制を直す。

あぶねえ、もうちょっとで真っ二つに切れているところだった。

しかしヘッドもすかさずそこに合わせてもう一度切り掛かってきた。


「|封爆陣ふうばくじん〈魔法陣から爆発を起こす霊術〉」


魔法陣の様なものをから放たれた爆風と共にお互いは距離を取る。


「何だ今の、魔法じゃないな?」

「ああ、この世界で俺だけしか使えない技だ」


ヘッドは俺の言葉に顔をニヤリとさせる。戦闘狂ならではの物怖じしない強さ。

この実力なら立派な剣士になれただろう、やはり身分というものは人の存在価値を腐らせる……いや、待てよ、そう言えば……

俺はある事を思い出しヘッドに問いかけた。


「お前盗賊やめる気ないか?」


案の定ヘッドは不思議そうな顔をするが、俺は気にせず話を続ける。


「この街の遠く西の方に小さな王国があってな、そこで兵士を募集してるんだ。3食デザート有り寝床付き!お前なら立派な兵士になれると思うぞ」


そんな言葉をヘッドに問いかけるとヘッドは腹を抱えながら笑い出した。


「はは。俺が兵士?笑わせるんじゃ無い。冗談だとしても無理があるぞ」


冗談で言ったつもりは無いのだが、相談に乗る気はないみたいだ。

丁度良いと思ったんだがな。まあ無理に行けとはいわないが。


「そんなことよりお前、本気出してないだろ」


俺を試す様に聞いてくる。


「……根拠は?」

「さっきの攻撃。お前のスピードなら反撃できたはずだ」


さすが戦闘に明け暮れていただけある。確かに俺はっきさの攻撃を反撃できた。それに加えて力も少し弱めている。正直コイツ相手に使う気はなかったが……まあいい。本気で行く。


俺は体の中にある力の蓋をゆっくり開けた。全身から、さまざな力が溢れ出しているのがわかる。

この感覚も久しぶりだ。前に使った時はやり過ぎてしまったから今回は威力を抑えることにしよう。


「それがお前の真の力……」

「ビビってんのか?」

「いや、楽しんでんだ」


ヘッドは構えをとる。

真正面で食らうつもりかよ。

コイツらの考えはわかったもんじゃない。


「でも、そういうの俺は好きだぜ」


俺が刀の刃に左手を添えると、瞬く間に刀は青い光を纏う。

それはまるで妖刀の如く光を放つ。

そして俺は目にも止まらぬ速さでヘッドに切り掛かる。


「来い!」

水無月 みなづき


青い光と共にヘッドの大きな悲鳴が辺りに響き渡った。


「うわぁぁぁぁぁぁ……ってあれ?」


俺は刀を鞘にしまい立ち尽くすヘッドの肩をポンポンと叩く。


「何で生きてるんだ?」


ヘッドは驚きながら自身の体をべとべとと触る。それを見てアシュリゼも、俺の後ろでしっかり手を握りながら質問を投げかけてきた。


「ど、どういうことですか?」

「ああこれな、実は人を切れないんだ」


水無月みなづき」俺の中に秘める様々な力を混ぜ合わせて繰り出す剣技。

さっき言った通り人間には当たることはない。もちろん動物や獣人などにも当たることは無いためドッキリとしても汎用性がある優れた技だ。


「じゃあお前、俺を殺す気はさらさら無かったと?」

「無かった。アシュリゼには悪いけど、お前は根っからの悪者じゃなさそうだったからな」

「私は大丈夫です。あなたがそう思うなら私は何も言えませんから」

「何だよそれ最初から俺の負けだったってことかよ」

「そゆこと。因みにお前の仲間達は俺の仲間が回復してくれてるからな」


その言葉を聞いて力が抜けた様にヘッドは座り込んだ。多分初めて圧倒的に負けたのだろう。顔が彼の心情を物語っている。でも盗賊の割には強い部類だった。

やっぱ剣士になった方が良いと思うが……この言葉を彼にかけるのはナンセンスだな。辞めておこう。


「アシュリゼ怪我は無いか?」

「無いです。あなたがずっと防御壁を張っていてくれていたですね!」

「はぁ!?お前の魔力量どうなってるんだよ、そりゃ聞いてないぜ〜」

「俺は強いからな」


その場に自然と笑いが起こる。昨日の敵は今日の友という言葉が有るがそれはこの事をいうのだと俺は心の中で思った。


「すまんなお嬢さん、俺は強姦とかに興味無いんだがあいつらはそうじゃ無いみたいでよ」


ヘッドは深々と頭を下げる。


「そんな、謝らなくても大丈夫ですから」

「本当か?ありがとう」

「そんじゃ、もう戦い事はするなよ」

「……へ、頭に入れておくだけにするよ」


うん、コイツには無理だな、多分。

すると仲間の呼ぶ声が聞こえてくる。俺はアシュリゼの握ったままの手を連れて声の方向に歩きだした。


「おいお前!名前はなんで言うんだ」


まるで漫画みたいな展開だな。

俺はそう思いながらヘッドにこう告げる。


「黒の旅人『アルネ・ノーズハイム』名ばかりの平凡な旅人さ」


その時、既に東の果てからは明るく光る太陽が昇っていた。

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