第44話「気持ち分かる」
ふたりきりの時間も終わって、椿さんは自分の家へと帰っていった。
それからすぐ連休が訪れて、あたしはあの家へ帰ることがなくなって……かといって自分の家に帰っても暇すぎるから、
「あたし、あんたの気持ち分かったわ」
「なに、急に。どうしたの」
どうせ恋人が帰省してて暇であろう渚の家に泊まりに来た。
…ちなみに、仮にも元カノでもあるあたしが楓がいない時に泊まっていいの?という疑問は、「いいよ〜」という呑気な本人からの許しを得たから問題ない。
どんな心境の変化があったのかは知らないけど、楓の中であたしは完全に嫉妬の対象から外れたらしい。信頼されたと思えば、悪い気はしなかった。実際まじでなんもないし。
話を戻して。
「これ絶対あたしのこと好きじゃんって思うんだけど付き合えない気持ち、やっと分かった」
椿さんとの事っていうのは伏せて、ベッドの上で適当にスマホをいじりながら話を続けたら、気になる話題だったのか渚はわざわざ勉強机の方からベッド脇へと移動してきた。
「ま、あたしはあんたと違ってガンガン告白してるけどね」
「……相手は?」
「内緒」
あたしが濁したところで、すでに何かを察してるらしい渚は顎に指を置いて難しい顔をする。
…察しがいいから、そりゃ分かっちゃうよね。
この間、椿さんに怒られた自分の行いを改めて反省して、親友には申し訳ないけど隠し通そうと密かに心に決めた。
「もしかしてさ…相手、皆月さんのお義母さん?」
「内緒だってば」
やっぱり気付いてるか。
核心を突かれても答えずに話を続けようとしたら、先に渚が声を出した。
「私は、賛成だよ」
「…反対されてもやめないけど?」
「嘘つけ。さすがに皆月さんに反対されたら諦めようとするでしょ、桃は」
あー…そうだ。渚はこういうやつだった。
あたしがいくら隠そうとしても、本質的に見抜いてきては遠慮もなしにそれをぶつけてくる。
心を開いてくれてるからこそ、そうしてくるんだろうけど…今は困るんだよね。見透かされんのだけは避けたい。
「なんで楓が出てくんの」
「お義母さんなんでしょ?相手」
「だから内緒。しつこいよ」
「……ちなみに、皆月さんも賛成してるよ」
「は?」
衝撃の事実を聞いて、つい驚いた反応を出してしまった。
「な……あんた、楓に話したの?」
「うん。だから桃…隠しても意味ないよ」
あの時、楓には黙っててと口止めしなかった自分の甘さを後悔する。ヘタレ渚の事だから、気まずい内容は黙ってると思ってたのに。
…付き合ってから、変わったのかな。
それまではお互い自分の気持ちを隠し続けてすれ違ってたから、その経験を経てお互い素直になったのかも。だとしたら納得できる。まじで今は困るけど。
「ってか、楓も賛成してるって…どういうこと?」
「最初は複雑だったみたいだけど、今はもう受け入れてるよ」
「何を?」
「桃とお義母さんが付き合うこと」
もう確定事項みたいに話を進められてることにも気付けないほど動揺した頭で、渚の言ってることをなんとか理解する。
「楓は……なんて、言ってた?」
それはもはや認めてるようなもんで、混乱しながら質問をしたら、渚は真っ直ぐにあたしを見た。
「桃にも、お義母さんにも幸せになってほしいって」
「…他には?」
「親のえっちなことしてる姿は想像したくないから、目の前でイチャイチャされるのだけは気まずいって」
「うん、そりゃ誰だってそうだわ」
「私も桃の喘ぎ声は聞きたくないから勘弁してほしい」
「あ?今聞かせてやろうか?…てか多分あたしがタチだから、聞くとしたら椿さんの喘ぎ声だよ」
「それは……熟れた皆月さんと思えば、ワンチャン…」
「イケるな、興奮すんな。そもそも聞かせるかよ、ばーか。あんたそれ楓にチクってやるからな」
「やめてください許してくださいお願いします」
相変わらずむっつりな渚との会話は、内緒にしてるつもりが包み隠さず言っちゃって、もうここまで来たら秘密にすんのは諦めの気持ちが強くなってきた。
「でも…応援ムード満載なとこ悪いけど、付き合えないかもしんない」
「なんで?」
「好かれてる感じはするけど……付き合うまではできないって今のとこ言われてる。まずはお友達からって」
そこから、椿さんとの今の状況をつらつらと愚痴っぽく伝えていった。渚はずっと、茶化すこともなく真面目な顔をして聞いてくれた。
…そういえばこんな深い内容の恋愛話するの、初めてかも。
これまではそもそも悩むことすらなくて、すぐ別れてもいたから、彼氏の話を聞かれても「もう別れた」と答えるか「まあまあ」と返すかのどっちかで終わってた。
こんなにも思い悩む時点で、椿さんは今までの恋愛と大きく違う。
だからこそ、そう簡単に諦められないのに、椿さんのためなら簡単に身を引くことだってできちゃう。
乙女心がどこまでも複雑なことを、散々恋愛してきたはずなのに、この年になってようやく知った。
「それ……もうほとんど付き合ってない?」
あたしの話をひと通り聞いた後で、渚が怪訝な顔でそんなことを言ってきた。
「は?キスもセックスもしてないのに付き合ってるって言えるわけないじゃん」
「いやまぁ……その気持ちも分かるけど、実質付き合ってるようなもんじゃないの、それって」
「なに、付き合う前のあんたらみたいな状態って言いたいの?」
「ちょっと違うかもだけど……似てるかなって」
「いや全然。付き合える未来見えないもん」
「私も同じこと思ってたよ」
「あんたらは拗れすぎだから」
「うん。それはそう」
さすがに渚と楓ほど拗れてないと信じたい。ふたりはほんとにすれ違いすぎてヤバかったから。
「キスとか……体の触れ合いがなくてもさ、お互いが好きなら良いんじゃないかな?」
渚らしい綺麗事にも聞こえることを言われて、苦笑する。
「セックスありきの恋愛しか知らないから。あたしには多分むりだわ、そういうの。そこまで清くないし」
「今まではそうだったかもだけど、これからは違うかもしれないよ」
「……そう…なのかな」
椿さんと、セックスなしの恋愛…
「うーん…やっぱりヤることはヤりたいわ。えろい顔見たいもん」
「分かるよ、私も見たい」
「は?どうせ今はほぼ毎日見てんでしょ?」
「そんなには……週末に、たまにしかしないよ」
「付き合えても、渚ってヘタレなんだね」
呆れて物も言えなくなって、わざとらしくため息をつく。渚はちょっとムッとしていた。
「ヘタレじゃない桃は、付き合えたらどのくらいの頻度でする予定なんですか」
「毎日に決まってるじゃん。ふたりきりになった瞬間に襲いまくるわ、もう」
「いいな…私もそういう感じでいきたい」
「逆になんでガンガンいかないの?」
「……大切に、したいから」
あまりの清さにドン引きする。なにそのピュアさ。
どう産まれて育てられたらそうなるのか不思議に思ったけど…そういえば、こいつの父親もこんなだったわ。
「…あたしは、渚のが羨ましいよ」
どうしても下品になってしまう汚い自分に嫌気が差して、それ以上の会話はやめて毛布の中へと逃げるように隠れた。
話を続けようとしてた渚は、着信音によってそれを遮られて、
「もしもし。…うん、どうですか?そっちは」
どうやら、楓との通話を始めたようだった。
あたしも椿さんと電話…したいな。
声だけでも聞きたい。
だからかけようかと思ったけど、楓と椿さんふたりして電話を始めたら、紅葉をかまってあげるやつがいなくなるな…と考えてすぐにやめた。ついでに、連絡も控えることにした。
母親としての椿さんも、娘達のことも、優先してあげなきゃいけない。
この恋が難しくなる原因のほとんどがそこにあるのは分かってて、だからこそ椿さんが答えを出せない現状にも納得できる。
……本当は抱き潰したいに決まってるけど、できない理由はそういうのがデカい。
「大切にしたい…ね」
そこまで綺麗な想いは抱えてないし、きっと今度も抱えられない。
……いつの日か、そう思える日が来たら、それを“愛”って呼んでもいいのかな。
バカげた発想が、頭を過ぎった。
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