第43話「意外と根暗」
昨日の夜、寝れなかったあたしを心配してくれた椿さんは、「今日はどこも行かずベッドにいましょう?」と提案してくれた。
だから今、朝食だけ済ませた後からはずっとベッドの上でふたり…抱きしめ合って過ごしてる。
「いつでも寝ていいからね」
「…寝れる気がしない」
「あら……どうして?どうしたら眠れそう?」
「椿さんとキスするか、おっぱい吸ったら一発で寝れそう」
「……もしかして昨日寝れなかったの、それが原因?」
あたしの軽口に本気でキレてそうな椿さんの低い声と細まった瞳に笑顔を返して、元気良く頷く。
「うん、欲求不満すぎて寝れなかった」
本当は全然違う理由だったけど、それがバレるくらいなら変態ってドン引きされた方がマシ。…暗い過去の話なんてしたくもない。
椿さんは呆れ果ててため息をついて、「まったく…」と小さく呟いた。あたしの嘘に気付いてる様子はなくてホッとする。
「紗倉ちゃんは若いから?そういう欲が強いのね」
「椿さんはほとんどない感じですか?」
「た、多分…あんまり、ないかも」
そんな感じする。…というか、無意識で抑えてそうだから表面化しないんだろうな。
母親の歴が長いから、そういう欲を発散させる暇も余裕もなかったのもありそう。でも無自覚でけっこうえろいと思う、食事中の発言とかベッドに入る時の誘い方とか。天然ド変態。
「そもそも年も年だから、今さらしたいだなんて思わないわよ」
「えー…それじゃあ、あたしのこの欲求不満はどう解消したらいいの?他の女抱くしかない?」
「っ……だ、抱きたいなら好きにしたらいいんじゃないかしら?どうぞ、ご勝手に!」
ちょっとした冗談のつもりが、これ以上ないくらい激怒されて少し焦る。
「抱くわけないじゃん、椿さん以外に興奮しないから。ありえない」
「それなら、軽々しく他の女抱くなんて言わないでもらえる?本当に私のこと好きなのか疑わしいわ」
「ご、ごめんなさい…」
そこまで言われて、疑いの眼差しまで向けられてからようやく肝を冷やした。ここでそんな風に思われて本気にされないとか、これまでの時間が全て台無しだ。
それは困る。
自分の犯した失言を取り返すため、グルグルと寝不足の思考を働かせた。
「まったく……そんなんじゃ、安心して付き合えないわ?」
呆れたため息が聞こえて、さらに焦る。
「浮気の心配してる?そんなのしないってば」
「それもあるけど……どうせいつか他の人のところに行っちゃうなら、最初から私なんかと付き合わない方が良いじゃない」
「い、行かないってば」
「それに私はどんなに頑張っても先に死んじゃうし…中途半端な年齢で残していくくらいなら……最後まで添い遂げてくれる人といた方が…」
あたしが思うよりも、椿さんは根暗なのかもしれない。
ウジウジと暗い顔で暗いことばっか言う彼女を、きっと他のやつならイライラして見てただろうけど…そんだけ深く考えてくれてるんだと思ったら、イライラどころか嬉しくなった。
同時に、真面目な椿さんをそこまで悩ませてることに心苦しくも思った。
「そんなに、考えなくていいよ」
「できないわよ、そんなこと。娘のことも、紗倉ちゃんの事も…ちゃんと向き合っていかないと」
「そうやって思い詰めて苦しむことなんて、望んでないから。辛くなるくらいならさっさとフッて、楽になりな?あたしの事はいいから」
「…い、嫌よ。そんなの」
こんな時でも強情な椿さんに、困り果てて吐息を漏らす。
「じゃあ、なかった事にしていいよ。これからは普通の友達として関わろ?もう変な甘え方もしないからさ」
「っそ、それも嫌…!」
飛びつくようにあたしの体を抱き包んで、椿さんは何度か首を横に振った。
「紗倉ちゃんにとっての、甘えられる人ではありたいの。だから、付き合ってなくても甘えてほしい…」
それは一体…どういう感情で?
「う、ん…わかった」
分からなすぎてテンパりながら、とりあえず椿さんの意見はそのまま抱きついてきた体ごと受け止める。
……付き合いたいと思うまでの好意はまだないけど、母性本能くすぐられるって意味では好きだから、的な?あんまり恋愛とか、そういう気持ちではないのかな。
ぼんやり憶測を立てるものの、分かるわけもなくて早々に考えるのをやめた。
「ちなみにどうやって……甘やかしてくれんの?」
代わりに期待半分、確認半分のために聞いたら、椿さんは何も言わず頭を撫でてくれた。
「頭撫でるだけ?」
「……抱きしめたりも、する」
「キスは?」
「…それはもう少し、待って…?」
待てば…してくれんの?
とは、言わないでおいた。
「自分の気持ちをまだ、ちゃんと分かってないから……応えてあげられなくて、ごめんなさい」
「…そりゃ、分かんないよね。戸惑うのもムリないから、大丈夫」
「で、でも…そういうことも含めて、考えるから。紗倉ちゃんと、い…いやらしいこと、できるか分からないけど、できるだけ……受け入れられるようになるために頑張るわ」
「がんばってされるセックスとか嫌なんだけど」
「あ……そ、そうよね」
「そこはもう、椿さんからしたいって思えるようになるまで待つよ。おとなしく」
彼女なりに真剣に思ってくれてるその気持ちを受け止めることしかできなくて、今すぐにでも抱きたいような下心はそっと心の奥底に閉じ込めておいた。
今までのあたしじゃ考えらんないくらい進みの遅い恋愛に飽きることもせず、むしろどんどん深みにハマっていく。
……もうこのまま付き合えなくても、そばにいられればそれでいいな。
今のあたしの願いは、そのくらいしかなかった。
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