第39話「キスしてみよ…?」
夜になる前に。
夕方…少し日が沈みだした頃、早めに同じ布団に潜り込んで、久々にふたり。
「あ、あんまりくっつくのは…だめ」
「後ろからならいいんでしょ?それに今日は紅葉もいないんだから、いいじゃん」
「さ…紗倉ちゃん、グイグイ来すぎよ。もっとゆっくり…」
「だって好きなんだもん。ふたりきりでいて抱かないだけ我慢してる方だよ、ほんとなら今ごろ襲ってる」
「そんなに…好き、なの?」
恥ずかしがる椿さんを後ろから抱き止めて会話を重ねていたら、とんでもなく驚いたような、不安そうな声が聞こえてきた。
「…好きですよ」
少しでも安心させたくて、なるべく優しい声を返す。
「私が……好きになれなくても…?」
「うん。椿さんが本当にムリならこういう下心も出さないでいられるくらいには好き」
「そんな……良くないわ、私のためにそこまで我慢するなんて」
「別に苦にも思わないよ。好きだから」
「な、何回も好きって……言わないで…?」
「なんで?」
「は…恥ずかしいから」
羞恥に耐え兼ねて僅かに震え出した肩に顎を置いて、ムラムラと胸の苦しさを吐き出すようにため息をついた。
まじでかわいいけど……かわいすぎて、だいぶしんどい。
ただでさえ性欲魔人のあたしがこんなにも我慢できてるだけ奇跡だっていうのに、これ以上続いたらもはや悟り開きそう。そのくらいには、けっこう耐えてる。
ぶっちゃけもう、抱けるんなら抱きたい。
「椿さん…あたし、やばいかも」
大きく膨らみすぎた欲望を隠しきれなくて、椿さんの顎を弱く掴んで、指先は無防備な唇を触った。
「な、に…紗倉ちゃ」
「一回だけ、キスしてもいい?」
絶対だめだと分かってるのに冷静になりきれない頭で聞いたら、手で包んでいた輪郭が途端に熱を持った。
それもまた心臓を苦しめてきて、自然と熱く震えた吐息を吐き出す。
「試しにしてみたら……付き合えるかどうか、分かるかもしんないじゃん?」
適当な、言い訳にもならない言葉達を続けて、顎を持っていた手でそっと肩越しに振り向かせた。
「だから、キスしてみよ…?」
後ろから覗き込むみたいに見てみたら、これ以上ないくらい顔を赤らめた椿さんと目が合って、彼女はあわあわと動き出しそうだった唇をきつく閉じていた。
その唇を、ついじっと見つめる。…赤くて、えろい。
「まじかわいい……嫌がらないなら、このまましちゃうよ…?」
「ぁ、う…さくら、ちゃ」
「ただいまー!」
遠慮もなしに顔近づけようとして、戸惑った手があたしの頬に当てられたタイミングで、元気な声が部屋に響いた。
ふたりして慌てて体を離して、椿さんはその勢いのまま立ち上がって、あたしも後を追うように起き上がってキッチンへと続く曇りガラスの戸をガラリと開けた。
「?…顔真っ赤だよ、ふたりとも。どうしたの?」
「っな、なんでもないわ。それより紅葉、今日はお泊まりじゃなかったの?」
キョトンとした顔であたし達を交互に見た紅葉は、一瞬怪訝な顔をしたあとで、すぐに困り顔へと戻った。
「お友だちのひとりがお熱出しちゃって……お泊まりなしになったの」
「そ…そうだったのね。ご飯はもう食べた?」
「まだ…」
「お母さんパパッと作っちゃうから、お風呂だけ先に入っておいで?」
「わかった!」
母親の言葉に従って素直に脱衣所へと入っていった幼い後ろ姿に、ホッと胸を撫でおろす。まじで心臓止まるかと思った。
「ふう……まったく、紗倉ちゃんたら。変なことするからびっくりしちゃったじゃない。もうやめてね?」
「うん…ほんとごめんなさい。調子乗りすぎちゃった」
ふたりで反省して、椿さんは気分をごまかすためでもあるのかさっそく夕飯作りを開始した。
あたしはする事も無いから食器洗いなんかを隣で手伝って、内心「あとちょっとだったのに…」とかなり凹んだ。
押せば意外とキスくらいならしてくれそうだった椿さんを思い返してまたムラムラしつつ、期待を胸に宿しつつ……結果できなかったことには果てしなく落ち込む。
同時に、付き合う前にキスなんて…椿さん的にありえないって分かってたのに抑えられなかった自分にも気を落とした。
紅葉が帰らなかったら今ごろ…キスどころで終わらせられなかったかもしんない。
「はぁ〜……紅葉が帰ってきてくれてよかったかも」
「ほ、ほんとよ。この家にいる間はもう、くっつくの禁止。いつ帰ってきてもおかしくないんだから…」
「うん…だよね。ごめんなさい」
あたしの独り言を拾ってくれた苦言に謝罪の言葉を述べて、ふと。
「この家じゃなきゃ…いいってこと?」
浮かんだポジティブ発想な疑問は、すぐに投げた。
「そ、そんなこと言ってないわ。この家じゃなくてもだめよ…き、キスは」
「キス以外ならいいんだ?」
「あ、う……それ、は」
自分で墓穴を掘ってくれた椿さんのおかげで、頭に出てきた提案をさっそくしてやろうと一度リビングへと戻る。
「椿さん」
「な、なに…?」
「はい、これ」
鞄の中から取り出したそれを、わざわざ振り向いてくれた椿さんの手に握らせた。
「鍵…?」
「はい!あたしの家の合鍵です」
「ど、どうして急に?」
狙い通り聞いてくれた質問に、にんまりと笑った。
「今度…うち来てください」
警戒したのか、それとも恥じらいからか。
一歩後ろへ引いた椿さんを逃さないように距離を詰めて、シンクに手を置いて、両腕で挟み込む。
「そこなら、完全にふたりきりになれるから」
「っ…だ、だめよ。変なことするつもりなら、行かない…」
「キスはしませんよ。もちろん、セックスも」
「セッ……こ、言葉を選んでちょうだい?」
「うん、ごめんね。…ただ、ふたりきりでくっつくだけ。それ以外は何もしないから」
また一歩踏み込んで、今度は服越しに体を密着させた。
「それならいいよね…?椿さん」
悪戯な笑顔を見せたら、悩ましく眉を垂れ下げた椿さんは、どこか悔しそうに目を細めた後で、
「……くっつく、だけよ…?」
結局は折れて、頷いてくれた。
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