第38話「嫉妬してる?」























 家に帰ってからは、防犯グッズの下準備をしてあげて昼食を軽く済ませて、することも特になかったからふたりでホラー映画でも見ることにした。

 部屋を暗くするのは嫌、っていう椿さんのためにカーテンは全開にして、春の暖かな日差しが差し込むお昼寝日和な明るさの部屋の中、あまり大きくはない画面の映像を眺める。

 …あたしはホラー苦手じゃない、むしろ好きだからいいんだけど。


「い、や…っ!」


 悲鳴に近い声を上げながら腕にしがみついてきた椿さんを見下ろして、かわいすぎて微笑む。


「ホラー苦手ですか?」

「に、苦手どころじゃない……見たら呪われる…」

「ははっ……じゃあなんでこれにしたの」

「…て、定期的に見たくなるの」


 怖いもの見たさなのか、なんなのか。

 苦手なわりに好きというよく分からない椿さんに苦笑しつつ、役得と思って肩に手を回して抱き寄せる。

 ホラーにして正解だったかも。

 さり気なくサワサワ…と鎖骨から胸の膨らみの始まりまでを撫でてみても、映画に熱中してる椿さんは気にも留めず、恐怖でふるふる震えていた。

 …その反応、えろく見えてムラムラする。

 湧き上がってきた欲情は、こめかみの辺りに鼻をうずめて匂いを堪能することで発散がてら落ち着けて、ついつい手は脇の間に指先を沈みこませてみたり、横乳を支え持ってみたりと自由に動いた。


「やぁ…っ!んん、こわい…」

「かわいい……怖がってんの、まじ性癖」

「っや、やだ……変なこと…言わないで?」

「えろいこと考えると、恐怖心って和らぐらしいよ。知ってた?」

「う…嘘よ。そんなこと言って、いやらしいことするつもりでしょ…」

「いやほんとに。試しにしてみてもいいけど…椿さん嫌ならしないよ、大丈夫。……ほら、映画に集中して」


 警戒心を強めて距離を取ろうとした椿さんを逃がすわけもなく抱き止めて、頭を撫でながら画面に向けて指をさした。


「…紗倉ちゃんは、怖くないの?」

「うーん…そんなには。ちゃんと怖いけど、びっくりはしないかな」

「……やらしいことばっかり考えてるから?」

「そうかも。今もムラムラしてるから、そのおかげかもね」

「む…ムラムラって、どうして?」

「椿さんがえろいから」

「もっと包み隠して言ってくれないかしら…」


 すっかり普段の調子で言葉も選ばず話していたら、さすがにドン引きされちゃった。

 反省はするものの、今さらもういいかと開き直って砕けた口調は変えない方向で行こうと自分の中で完結させる。


「そ、そもそも……こんなおばさん相手に興奮するの?」


 ホラー映画よりも、そっちに興味が向いたらしい。

 疑問と怪訝の眼差しを受けて、答えなんて決まりきってたからにっこり笑顔を返した。


「当たり前じゃん。じゃなかったら触りたいとも思ってないよ」

「…そう、よね」

「嫌でしたか?そういう目で見られるの」


 聞いてみれば、椿さんは小さく首を横に振る。


「分からないわ……女の子からそんな風に思われたことなんて、ないもの」


 そりゃそっか。

 納得して、視線を画面へと戻す。物語ももう終盤なのか、連続で驚かせるような演出ばかりが続いていた。


「でも……そうよね、付き合ったら…そういうことも…」


 すぐ隣で何やらブツブツと呟く椿さんは、もうホラー映画には目もくれずに考え事に没頭してるらしかった。

 あたしも彼女も、同性を好きになるなんて初めてだから……戸惑うことも悩むことも多いのは承知の上で、それが分かってるからどんだけ時間をかけられても待っていられる。

 ましてや、相手は実の娘よりも年下の女。そう簡単に覚悟が決まるわけもない。

 今はとにかく、好意的に思ってくれてる事は確かだから、それで充分かな。あわよくば抱いてやりたいしキスしたい気持ちはあるけど、焦っても逃げられるだけだもんね。


「さ、紗倉ちゃんは、他の女の人とそういうこと…したことあるの?」


 疑問の対象があたしにも向いたみたいで、唐突にそんなことを聞かれた。


「ない…かな。おっぱいは揉んだことあるけど」


 あなたの娘の。とは、さすがにそこまでは言わないようにした。


「ふ、ふぅん…?あるんだ、おっぱい触ったこと」

「一回だけね。…酔っ払っててあんま覚えてないけど」

「…相手の子は、若い子?」

「同年代……いや、ちょっとだけ年上かな」

「お、大きかった?」

「うん。めっちゃデカかった。とんでもない巨乳」

「わ、私だって、それなりに…いやけっこう…」


 答えれば答えるほどムッとした顔になっていく椿さんを見て、心臓が潰れかける勢いでドギマギする。…もしかして、嫉妬してる?

 機嫌を損ねてしまったみたいで、映画が見終わってすぐ椿さんはパッとあたしから離れて立ち上がった。


「え、なに。怒ってんの?」

「怒らないわよ、こんなことで。掃除しなきゃって思っただけ」

「…ほんとは嫉妬してるでしょ」


 図星だと、悔しそうに顔を歪ませた椿さんを見て察した。


「こんな年になって嫉妬なんてしないわ」

「あたしが他の女の胸揉んだの、そんなに嫌だった?」

「っだ、だから嫉妬してないわよ。別に紗倉ちゃんは若いんだもの、私なんかより若い子のおっぱいの方が好きだってことくらい分かってるから……気にしてなんて…」


 見るからに気にしてる口調がかわいくて、だらしなく口角を緩める。

 もう好きじゃん、それは…あたしのこと。

 確信的な気持ちを持つ前に、でもこれはただ自分に自信がないから抱く感情かもしれないと、あんまり自惚れすぎないようにセーブをかけた。


「そういえば今日…夜、紅葉いないね」

「?…うん、そうね」

「ふたりきりってことだよ、椿さん」


 さらに意識させてみちゃおう、と企んで言葉に出してみたら、分かりやすく椿さんの顔が赤く染まって動揺の色を見せた。


「ま、まだ……そういうのは…ちょっと」


 あたしは何も言ってないのに、やんわりと断られる。


「付き合ってないうちは、しないから。大丈夫だって」

「え…ええ。そうね」


 まじでずっとかわいい。

 もう今すぐにでも付き合いたいけど……ここは我慢。

 とにかく今はふたりきりの夜が早く来ないかと、落ち着きない気持ちで待った。


















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