第34話「懐いた…?」
今日の会話の一件で、あたしのことを見直してくれたのか。
「…これ、持ってていーよ」
寝る前にわざわざやってきて、紅葉の方から合鍵を手渡してくれた。ちなみに椿さんはトイレ行ってて不在。
「え……いいの」
「うん。いちいち待たれるのうざいもん」
「ありがと……あたしも待つのうざかったから、助かる」
「ひとこと多い、貧乳」
「そっちが先に言ってきたんでしょ、チビ」
「お前だってチビ」
「あんた身長何cm?」
「……145」
「あたし155〜、はいあんたのがチビ〜」
「…ほんとおとなげないね、だから貧乳なんだ」
「うっさい、クソガキ」
ムカついたから奪い取るように鍵を受け取って、さっそくキーケースに付けていく。
渡してくれた合鍵は昔に楓が使ってたらしくて、紅葉の分は別であると説明してくれたから、遠慮なく使わせてもらうことにした。
「あら、珍しいわね。この時間まで紅葉がこっちにいるなんて」
「………だめなの」
「だめなわけないわ。むしろお母さんうれしいな?あ…そうだ、今日は紅葉もたまには一緒に寝る?」
「え。こいつと寝るの?もみじやだ」
嫌そうな顔で指をさしてきた紅葉に、これ以上ないほど口角を釣り上げた笑みを向ける。こっの…クソガキ。
「あたしはいいよ?別に。一緒に寝ても」
「…お母さん、もみじの部屋で一緒に寝よ?」
「え、えぇ……それは、どうしようかしら」
椿さんの前では仲良くしようって同盟は早々に放棄されて、紅葉は生意気にもかわいらしく椿さんの裾を掴んで引っ張った。
…こいつ、自分がかわいいの分かっててやってるな?
すぐに察したものの、ここは仕方ない。最近ずっと部屋にこもりきりだったのはあたし達に気を遣ってたからかもしれないし、おとなしく譲ろう。
「今日はひとりで寝ますよ。だから気にせずふたりで寝てください」
「いいの…?」
「もちろん。たまには家族水入らずの時間も無いとですから。ね、紅葉ちゃん?」
「………うん」
作り笑いのまま声を掛けたら嫌がられると思ってたけど…思いのほか、紅葉は素直に頷いた。
クソ生意気なガキとはいえ、まだまだ中学一年生。やっぱり親には甘えたいんだろうな…と気持ちを汲んで、その日は椿さんも察したのか親子ふたり、仲良くもう一つの部屋へと入っていった。
ほんとは今日…こないだ許されたバックハグでもしてやろうと思ってたんだけど、こればっかりはさすがのあたしも空気を読んでひとり毛布へと潜り込む。
「うん……まぁ寝れないよね」
当たり前のように眠れなくて、数十分は経ったかな?くらいの時におもむろにスマホを手に取った。
今日は久々に音無しでAV見てオナニーでもして、体を疲れさせて寝るか…と思ったのに、相変わらず椿さん以外に性欲は機能しなくなっちゃったみたいで。
「はぁ…だる。なんで興奮しないんだよ」
疼きもしない自分の脳と体に嫌気が差してスマホを投げ置いた。
うつ伏せになって、枕を抱きしめるようにして顔を沈ませる。ほのかに椿さんの香りがして、それに対しては憎たらしいことに簡単にムラムラしてくる。
このムラムラ利用してやりたいけど……前に椿さんのことおかずにしようとして、失敗してるんだよね。あの人かわいすぎて、そういうことに使えない。
触りたい欲は湧くのに、現実でも妄想の中でさえも手を出せなくてヤキモキした気持ちを、吐息に乗せて深く吐き出した。なんなの、これ。自分でもよく分からない状態すぎて腹立つ。
しばらく、悶々とする。
「寝よ…」
諦めて、寝れもしないのにそんな事を呟いたタイミングで、隣の部屋の扉が開く音が聞こえてきた。
…トイレかな。
椿さんか紅葉…どっちかは分かんないけど、夜に起きてくるなんて珍しい。ふたりとも寝たら朝まで起きないタイプっぽいから。
「……紗倉ちゃん」
起きたのは、椿さんだったらしい。
予想と違ってトイレには行かずにあたしのいる部屋へとやってきた彼女は、名前を呼んだ後で同じ布団の中へ潜り込んできた。
「さびしくて、来ちゃった」
心臓に悪すぎる言葉を伝えてきたと思ったら、本当に寂しい気持ちを表すみたいに、甘えた仕草で背中に手を置かれてこめかみに頬を寄せられた。
ドキドキ、する。
今の今まで匂いに心やられて変にムラムラしてたから、胸が締め付けられすぎてけっこうつらい。
「少ししたら、また戻るから……今だけ、ここにいて良いかしら…?」
「…ん、もちろん。おいで、椿さん」
そんなお願いされたら聞かないわけがない。
体を横向きにして軽く手を広げたら、少し照れたような顔をした椿さんが腕の中へと収まってくれた。
「今日は椿さんが子供みたい」
「ごめんなさい……こんなおばさんに甘えられて、嫌じゃない…?」
「あたしは嬉しいから、むしろどんどん甘えてくれていいんですよ?」
「は、恥ずかしい、から…今日だけにするわ」
「残念。じゃあ今のうちに目一杯かわいがらないと」
サラサラな毛質の髪に指を通しながら、枕に置かれた首の下へと手を入れる。
正直かなり性欲湧いててヤバいけど、いやらしく触らないように心がけて、もう片方の手は背中の方へとさり気なく移動させて抱き寄せた。
少しの間、会話もなく沈黙が続く。
静けさの中に穏やかさと興奮があるような空間の中、沈黙を破ったのは椿さんだった。
「最近ずっと紗倉ちゃんと寝てたから……離れると、さびしくなっちゃうみたい…」
「やば…まじかわいすぎ。椿さんって、意外と寂しがりなんだ?」
「……こんな歳にもなって…情けないわよね…」
「そんなことない。年とか関係ないから」
「ん…そう言ってくれてありがとう」
「いーえ。どんなに甘えても気にしないですよ」
椿さんの香りを楽しみながら、ついでに軽く唇を額のそばへ押し付ける。
「ただ…前も言ったけど、他の人にこんな甘え方したら襲われちゃうから、それだけ気を付けてくださいね」
「…他の人にはしないもの、平気よ」
「そんなこと言われたら期待しちゃうんだけど。…いいの?」
顔だけ後ろへ引いて表情を確認しようとしたら、椿さんはその視線から逃げるみたいに胸元へと顔を伏せた。
「そ…そういうのは、まだ……分からなくて」
耳が、赤くなってる。
「期待させてたら、申し訳ないんだけど…も、もう少し、待ってもらえる?」
「…うん、いいよ」
思わず口に挟みたくなった耳に触るのは我慢して、コツンと相手の頭に額をくっつける。
「あたしには、時間たっぷりあるから」
「……………それ、おばさんの私に対する嫌味?」
「ふは、大正解」
「…もう考えるのもやめようかしら」
「それは困っちゃいます」
不機嫌になった声に動ずることもなく微笑んで、未だあたしの中で身を縮める椿さんの背中を宥め撫でた。
「いくらでも待つから…死ぬまでに、答え出しといて」
「……おばさんだから、すぐ死んじゃうかもしれないわよ?」
「不吉なこと言わないでくださいよ。ただでさえ椿さんが先に死ぬの確定してんだから」
「そうよね……年の差がありすぎるもの。やっぱり良くないわ」
「長生きしてくれればいいだけの話でしょ」
「でも…」
「今まで苦労した分、これからはあたしが楽にさせてあげるから。椿さんはがんばって生き長らえて。先に死ぬとか許さない」
「老化には勝てないわ」
「見た目若いんだから、細胞も若くあれよ」
「ふふっ……確かに、それは私もそうあってほしいな?」
完全にお互い油断してた。
互いに微笑みながらあたしは椿さんを見下ろして、椿さんはあたしを見上げて、そのあまりの顔の近さに目を見開いて息を止める。
相手の唇が何かを警戒したのか…それとも、期待したのか。
緊張した動きできゅっと結ばれたのを見て、つい。
「かわい、すぎ…」
近かった距離をさらに縮めようと、体が勝手に動いた。
「だ…め」
だけど触れ合う前に、口元を覆われて顔を背けられて、逃げられてしまう。
「そういうのは……付き合って、から…」
トクン、と。
恥じらった姿を目の前にして、心臓が落ち着きを無くした。
相手が何を思っての発言なのか……頭を働かせればすぐに分かる。
でも本物の恋は運任せって決めちゃったから、頭の中で推測立てはしない。だから今後どうなるかは分からない。知らない。
きっといつかその唇に触れられる未来を信じて、その日のキスは諦めた。
結局、ふたりしてそのまま寝ちゃって。
「………なにしてるの」
翌日の朝、紅葉にものすごく嫌な顔をされたのは、当たり前に気まずかった。
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