第33話「クソガキ同士」



























 今日も、椿さんは仕事。だけど残業ありきで考えても夜には帰る。

 それを楽しみに心待ちにするとして…その隙に。


 今日こそ、あいつを手懐けてやる。


 ……ついでに、最近なんかやたら部屋にこもってて心配だから、様子見てやろ。


「もーみじちゃん」


 椿さんの二人目の娘であるクソガキ…もとい、紅葉の部屋に、許可もなく無遠慮に入ったら、


「げっ……なに」


 勉強机に向かって何か書いてた紅葉は、また嫌そうな顔でこちらを睨んできた。


「勉強中?あたし教えよっか」

「っち、ちがう!…いいから、あっち行って」


 気になって覗きこんだら、机の上に置かれた紅葉柄の紙を隠されて、すぐに勉強でない事には気が付いた。…それにしても、相変わらずつれない態度でムカつくガキ。

 ちょっと、からかってやろうかな。


「ラブレター?」

「ちがう。お友達への手紙」

「ふぅん…」


 なんだ、つまんないの。

 それにしても…文通、ね。いかにもガキらしくて可愛いとこあるじゃん。


「……はやく、あっち行ってよ」

「やだ」

「なんでよ。あたし今いそがしいの!」

「ただ手紙書いてるだけでしょ?あたしは暇なの、勉強教えてやるから宿題出してよ」

「宿題は後でやるからいい。しつこい、ばか」

「バカって言ったら…だめなんじゃなかった?」


 前に言われたことをそのままお返ししたら、これ以上ないくらい悔しそうな顔を向けられた。


「ね?口悪いのもアリでしょ」

「あ…アリじゃない!ナシ!」

「ふぅん、じゃあもう一生、あたしにバカって言えないね。どんまい」

「っ…お前も、言っちゃだめなんだよ」

「知るかよ、そんなん。あたしは言うよ。ばーか、ばか紅葉。ばーかばーか」

「……子供みたい」


 挑発は無駄に終わったらしい。

 一周回って呆れた目を細めて見てきた紅葉は、ため息をついてまた机の上の紙切れへ視線を落とした。

 このガキ……ムカつくけど、感情を抑えたりする冷静さはあるんだ。けっこう頭いいかもね、あたしに似て。ま、あたしよりはバカだけど。


 …あたしが中学生の頃は、どうだったかな。


 不意に、文通なんてピュアなことに集中するガキを見て、自分もまだ今よりもっとクソガキだったときの記憶を海馬から引っ張り出してみた。


 どの記憶を辿っても…汚い。


 爛れた生活を、あたしはこの紅葉とかいうクソガキと同じ年の頃から送ってた。

 おぞましすぎて、もはや一周回ってどころか何周も回って、回りすぎて笑えない。……もっと純粋無垢な人生だったら、何か変わってたのかな。

 こんなこと考えてても過去は変えられないから、仕方ないけど。


「……どうしたの」


 自己嫌悪一歩手前だったあたしに、珍しくクソガキの方から話しかけてくれた。


「…あんたの年の頃、自分は何してたかなって。考えてただけ」


 作り笑いをする元気もなくて弱々しく苦笑したら、幼い手がゆっくりと持ち上がって伸びてきた。


「泣かないで」


 涙なんて、出てもないのに。

 不思議なことに、まるで本当に泣いてるやつを慰めるみたいな手つきで、あたしの頭を撫でた。


 …そこに、椿さんの面影が重なって。


 親子って、きっと本当はこんな感じなんだと、知る。


「ははっ…なんだ、紅葉。あんた意外といいやつじゃん」

「もみじはずっといい子だよ」

「そうかもね」


 人にはナルシストとか言うくせに、自分が一番自信を持ってナルシストな発言を、たぶん自覚もなく愛されてきた経験から言えたんだろう紅葉の頭を撫で返す。

 ふんわりとした、柔らかでよく手入れされた髪の毛に触れた時、そこにもまた椿さんや楓からの愛情を感じて、胸が辛くなった。

 こいつは何もかも、あたしの中学の頃とは違う。

 自分で作り上げた自慢の黒髪と、他人の愛によって作り出された黒髪じゃ、比べる必要もないほど、その価値が大きく違うことくらい…愛を知らないあたしでも分かった。

 どこまでも綺麗で、純粋だけど……どうしてか、あたしに少し似た部分を感じるそいつを見下ろして、口を開く。


「あんたは、口が悪くてもいい子だよ」

「な…なに、いきなり」

「いいこと教えてあげる」


 警戒する幼い姿に笑いかけて、言葉を続けた。


「汚い言葉遣いって、何も悪いことだけじゃないんだよ」

「……悪いことだよ。お姉ちゃんもお母さんもそう言うもん」


 しっかりとした躾を受けた子供の意思は強く、それを羨望する眼差しで眺めた。


「良いこともあるよ」

「ないよ」

「あるの」

「……なに?その、良いことって」


 あたしはあたしで意思の強さを見せたら、興味を持ってくれたらしい紅葉に微笑みかける。


「自分と…好きなやつ。どっちも守れる」


 伝わらなかったみたいで、キョトンとした顔をされた。


「ムカつくやつがいたら、わざと口悪くしてやんの。そしたらさ、相手は自然と離れていくから。嫌なやつと関わんなくて済むよ」

「…お友達がいなくなるのは、悪いことだよ」

「じゃあ、その…今手紙を送ろうとしてるやつが、悪い友達にいじめられてたら、あんたどうする?」

「助ける」

「どうやって助けんの」


 言葉を詰まらせたのを見て、相手が答える前に口を開いた。


「悪い友達に悪いこと言いまくって、嫌われればいいよ。そしたら、勝手にいなくなるから」

「でも、喧嘩は良くないって…それに、嫌われるのも、悪いことだって」

「あんただって、嫌いなやつのひとりやふたり…いるでしょ?例えば……あたしとか?」

「うん、きらい」

「ぶん殴るよ、クソガキ」

「な、殴ったらだめなんだよ」

「言ってるだけでほんとにはしないもんね。まだ殴ってないからセーフでーす」

「………へりくつ」

「屁理屈でけっこう」


 せっかくいいこと言おうとしてたのに、まじで腹立つガキ。

 まぁ…けど、悪いやつではないから。

 むしろ、心配になるくらい…本人も自覚なく、周りから求められる期待に応えようと、良い子でいようとしてるみたいだから。

 …どこか演じようとしてるとこが、あたしに似てんのかな。


「みんなに好かれるなんてむり。必ず…誰かに嫌われるもんなんだよ。この世の中ってのは」


 大人になった時に少しでも困らないように、戸惑わないように、今のうちに綺麗事の教育だけじゃ知ることのない現実を、教えといてあげよう。

 普段なら絶対にしないあたしなりのお節介を、意外にも紅葉は興味深そうに聞いてくれた。


「だから…どうせ嫌われんなら、好きなやつ守れた方が良くない?」

「……たしかに。もみじもそう思う」

「でしょ?口が悪いって、そういう時に使えんの」

「さっき言ってた…勝手に離れるって、やつ?」

「そう。…もちろん、傷付くこともあるけどね。でも相手からなんか言われたら、さらに言い返してやればいいだけだから」

「……つよいね。もみじにもできるのかな…」

「強くなきゃ、こんな世の中生きてけないもん。…あんたも、このあたしを見習って強くなりな?」

「………うん」


 反抗的な態度はどこへやら。紅葉は静かに頷いた。


「何事も使い分け。良い子ちゃんも悪い子ちゃんも適材適所…使い道が必ずあるんだよ。分かったか、クソガキ」

「わかった。もみじ、良い子にも悪い子にもなる」


 単純バカそうなとこは、椿さんにも楓にも似てるかも。


「うん、いいね。あんたは良い子でも悪い子でも愛されるんだから、ガンガン言っちゃえ」

「バカとか?」

「そうそう」

「おばさんとか?」

「うんうん」

「おっぱいちいさいとか?」

「………誰が貧乳だって?」


 明らかにあたしに向けられた悪口にイラついて、紅葉の脇に手を入れる。


「っわ!やめ……っはは!やめて!ははは」

「言っていいことと悪いことがあんだよ、ばーか!」

「や、やめろ貧乳!おっぱいちいさい!ちび!」

「あんたも今は貧乳のチビでしょうが!」


 結局最後には、いつもみたいな言い合いに戻って、あたしはイライラするたびにそいつの脇腹をくすぐりまくった。


「ただいま……なんか騒がしかったけど大丈夫?」


 そして無事に帰ってきてくれた椿さんが部屋に入ってきて、


「お母さん!こいつがっ…んん」

「ちょっとくすぐり合って遊んでただけです♡」


 さっそくチクろうとした紅葉の口を押さえながら、心底楽しくなって、にっこり笑顔を浮かべた。

 





















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