第31話「気が付けば」
気が付けば、あたしは椿さんの家に入り浸るようになっていた。
平日とか休日とかもはや関係なく、とにかく会える時間を増やしたくて行動した結果、かれこれ一週間は泊まり続けている。
椿さんも椿さんでそれを簡単に受け入れてくれて、ありがたいからそのお礼に、
「ただいまー…」
「おかえりなさい!椿さん」
帰ってきた椿さんを迎えるために玄関先へ走って、真っ先に鞄を受け取る。靴も脱がせようとしたけど「さ、さすがに…」と断られてしまった。
代わりに何かできないかと後ろをついて回って、お願いされる事があるたび快く応じた。
泊まらせてもらえるお礼と思って、最近はこうしてできる限り手伝える事は手伝っている。もはや奴隷か何かみたいだと、自分でも自覚しながら。
でもぶっちゃけ、椿さん相手なら奴隷だろうが何だろうが大歓迎。それで尽くしてそばにいられるなら、むしろ幸せなんじゃん?くらいに思ってた頭の中お花畑のあたしに、
「じゃま」
クソガキは低い声を出して、軽く足で蹴ってきた。
「…暴力反対なんだけど」
「お前がじゃまだから悪い」
「もう〜、紅葉、お口悪いわよ?それに蹴るのは良くないわ」
「お母さん、大丈夫。こいつは悪いやつだから。お母さんのことは、もみじが守るから」
「あら。守ってくれるなんてうれしいな?…けど、紗倉ちゃんは悪い子じゃないから、今は守らなくて大丈夫よ。ありがとね」
「……お母さんがそう言うなら、許してあげる」
どこまでも生意気なクソガキは、椿さんの言うことには素直に従って、一応あたしの事を許してくれたみたいだった。
腹は立つけど…今は椿さんが見てる。ここは穏便に、大人対応を見せつける時だ。
そう判断してにっこり笑顔を浮かべたら、クソガキは途端に嫌そうに顔を引きつらせた。
「やっぱり…悪いやつかも」
「や、やだな。あたし良い子だよ?」
「……本当に良い子は自分で良い子って言わない」
「っ…も、紅葉ちゃん。ちょっとおいで?」
大人対応は早々に諦めて、椿さんを置いて紅葉の手を引いて脱衣所へと向かう。
「…あんま調子のんなよ」
椿さんには聞こえないようにだけ気を付けて小声で牽制しても、何食わぬ顔で紅葉はため息を吐き出した。
「おとなげない」
「……じゃ、大人としての提案してあげる」
イライラはするものの、あくまでも冷静に言葉を考えた。
「あたしと仲良くしときな?そうすれば、椿さん…お母さんが喜ぶよ」
「………やだ」
「あんたが嫌でも、あたしは喜ばせたいの。だから表向き…せめて椿さんがいる前では仲良くして」
「嘘はよくないよ」
「んなもん知らない。椿さんを喜ばせるためなら嘘だってつくよ、あたしは」
「……やっぱりお前きらい」
「あたしもだいっきらい。あんたみたいなクソガキ」
ただ、今はそんなこと言ってても仕方ない。
「けど…あんたに対しては嘘つかない。それを条件に、仲良くして」
「…信じられない」
「どうせあたしが嘘ついても、分かっちゃうんでしょ?だから本当に嘘はやめる。約束する」
そう言って小指を差し出しても、紅葉は不満げで怪訝な顔を変えなかった。…そりゃ、簡単に心許すわけもないよね。
どうしようか考えて、深いため息をついた。
「…あたしは確かに嘘つきで、性格も口も悪い汚い大人だけど、椿さんを喜ばせたい気持ちは本当だよ」
一旦いつもの作り笑いをやめて、珍しく本心を口に出した。そこでようやく、子供なりの警戒心が解けたのが…雰囲気で伝わった。
「気に食わないのはお互いさま。あたしを好きになれ、なんて言わない。あたしもあんたを好きにならない。でも…ふたりの仲悪い空気に椿さんを巻き込むのは違うでしょ?」
「………うん、それはそう」
「だからお願い。あたしと協力して、仲いいフリしてくんない?」
「…嘘はつかないでね」
「もちろん。本心以外は言わない、約束」
小指同士が絡む。
「あ。笑顔に関してはもう嘘とかじゃなくて癖だから。そこは多めに見てくれる?」
「……分かった。仕方ないから、いいよ」
「ありがと。じゃ、そういうことで」
すぐに小指を解いて、また笑顔を作った。
「よろしくね、紅葉ちゃん」
「…よろしく」
こうして、密かな協力関係は結ばれたのであった。
「ふたりとも、なに話してたの?」
脱衣所を出てすぐ、キョトンとした顔の椿さんに声をかけられた。
「仲良くしよう?って話をしてました」
あたしは何食わぬにっこり笑顔で返して、
「悪いやつじゃなさそうだったから、許した」
紅葉も、仕方ない…と言った生意気な態度でそう呟いていた。
……いつか絶対、本当の意味で仲良くなってやる。
密かに闘志を燃やして、あたしはさらに作り笑いを深めていった。
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