第30話「お詫びに」






















 さすがに連日泊まるのは悪いから、お礼とお詫びに何かプレゼントでもしたいなって思ったんだけど。


「うーん……口実がない」


 正直、そんなの無くったって渡そうと思えばいつでも渡せる。…だけど、椿さんの性格的にそれだと受け取ってくれなさそう。

 大学終わり、家に帰る前にカフェでひとり勉強しながら、あたしは悶々と悩んでいた。

 その悩みは、椿さんの家に帰ってからも同じで。


「どうしたの、紗倉ちゃん。今日は食欲ない?」

「あ……いや…」


 椿さんの作ってくれたご飯が通らないほどに、プレゼントを渡すための口実を考えた。

 結局その日は何も思い浮かばなくて、申し訳ないから一度家に帰ることにして……夜は眠れないからラジオでも流しながら勉強しつつ考えてたんだけど。

 あたしにしては珍しく、なんでこんなにも悩むんだろう?ってところに、


「○○ゲームっていうのがあるんですよ」


 ラジオから流れる聞き心地の良い中年男性の声が、やけに鼓膜に響いた。

 だからなんとなく耳を傾けて、それまでぼんやり聞いてた話の続きを真剣に聞く。

 最初はゲームの説明なんかをしていて、簡単に言えば地雷を踏まないように解いていくパズルゲーのようなものだとラジオの向こうの彼は説明していた。


『このゲーム、上級者の方が時間がかかるらしくて。どうしてかって、考え過ぎちゃうからなんですね』


 タイムリーな気もする話題に、さらに深く集中してラジオの声を聞いた。


『僕なんかは初心者ですから、ポンポン押して行っちゃうんです。ここは平気だろ、みたいなノリで。たけど上級者は違う。あれやこれや考えすぎて次の一手に進めなくなる』


 まさに、今のあたしを表現してるかのような言葉にも聞こえた。

 恋愛上級者だからこそ、相手にどう思われるか、相手がどう思うか考えすぎてプレゼントのひとつも送れない。


『だから案外、初心者の方が強いのかもしれません。このゲームにおいては』


 初心者……ね。

 これは良いことを聞いた。

 あたしも、たまには初心に返って初々しい気持ちでプレゼントを選んで、理由とか関係なく渡せばいいのかもしれない。

 さっそく、そうと決まれば……と。

 翌日の夕方、椿さんへのプレゼントを買いに近くのショッピングモールへと足を運んだ。


「何にしようかな…」


 形に残るものはまだ重いと思われそうだから、ここは消耗品が良い。

 無難なのはお茶菓子だけど……中でもマカロンは彼女の大好物だからあげるのは確定。でもそれだと味気ないから、なにかもう一つ送りたい。

 しばらく散策がてらショッピングモール内をうろうろして……辿り着いたのは、海外製品を多くか使う食品雑貨のお店だった。

 そこで、色々と物色していく。

 クセのある食べ物や飲み物は避けて、できれば誰もが好みそうなやつにしたいとは思うものの、ある程度は椿さんの好みも考えたい。

 彼女はコーヒーをあまり飲まないから……そう考えると、マカロンにも合うし紅茶かな。


 悩んだ結果、あたしは特別にブレンドされたティーパックの紅茶をいくつか購入した。…あとクソガキの分のジュースなんかも。


 そうして家に帰り、椿さんの帰りを待つこと数時間。


「ただいまー…」

「おかえりなさい!」


 彼女が帰宅してすぐ駆け寄って、荷物持ちはもちろん様々な手伝いをしていく。

 そうやっているうちに渡すタイミングを失ってしまい、どうしようか頭の隅で常に考えながら行動することさらに数時間。


「……これ、あげる。紅葉ちゃん」

「……ありがとう」


 椿さんがお風呂に入ってる間に、クソガキには警戒されながらもなんとか渡すことができた。

 意外にも渡してすぐ彼女はなんだかんだ美味しそうに飲んでくれて、それを見た時はもう舞い上がるくらい嬉しくて思わずニコニコしてしまった。…このときの笑顔は嫌がられなかったな、そういえば。


 そしていざ、椿さんに渡す時。


「つ、椿さん」


 彼女が風呂上がりキッチンで水を飲んでいるところに声をかけたら、ふわりと柔和に微笑んで「なぁに」と優しく喉を鳴らした。

 そのことにもまた胸をドギマギさせつつも、勇気を出して紅茶の入った紙袋を差し出す。


「これ、いつものお礼です」

「?……なにかしら」

「最近ずっと泊まっちゃってるから……その、お詫びも兼ねて選びました」


 受け取ってください。そう言って渡せば、椿さんは案外普通に……喜んで受け取ってくれた。


「ありがとう……うれしいな?」


 そして、華やぐ笑顔も見せてくれた。


 気が抜けた瞬間に表情筋も崩れて、多分すごいだらしない顔で笑っていたと思う。それを見て、彼女の瞳はより一層優しく細まった。


「最近悩んでたのは……もしかして、これ?」


 言い当てられた気恥ずかしさで、ほんの少しだけ照れつつ頷く。


「その……受け取ってくれなかったらどうしようって…悩んでました」

「ふふ。紗倉ちゃんって、意外とウブでかわいいのね?」

「からかうのはやめてくださいよ、もう」

「からかってないわ?本心よ」


 失礼ね、と僅かに拗ねた顔をしたのがかわいくて胸を締め付けられる。


「あ…の、椿さん」


 かわいい彼女ともっと時を共有したくて、欲深な心はついつい願いを口にしようと体を動かした。


「明日も、明後日も……泊まりたい、です」


 正直な願いを受け取った相手の眉は下がって、どこか困ったようにも見える笑顔で……それでも頷いてくれた。

 迷惑じゃないかな?とか、一瞬だけ迷ったけど…許されたなら泊まらないわけはなくて。


 発言通り、次の日も……そのまた次の日もあたしは彼女の家に入り浸ることになる。


 それが一度、あたしにとって最大に焦った出来事に繋がるとは、思いもせずに。















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