第28話「ショッピング」
























 今日の服装は…予め持ってきていたパーカーにショートパンツという至ってシンプルなものにした。髪は面倒だから下ろしたまま。

 椿さんは大人カジュアルな控えめで落ち着いた服装で、その隣に立つにはちょっと子供っぽすぎたかなー…と落ち込んだ。身長差も相まって親子みたいだけど……仕方ない。


「そういえば……椿さんって身長いくつですか?」

「うーん、去年の健康診断の時は163cmだったかな」

「いいな……羨ましい」

「紗倉ちゃんは?」

「155cmです」

「あら……思ったより大きいのね。もっと小柄に見えるわ」

「あはは、よく言われる」


 そんな風に会話を重ねながら、家を出て駅近くのショッピングモールへと向かう。

 初デートは、ウィンドウショッピングでもすることにした。

 急遽決まったことなのと、紅葉ちゃんも夕方には帰ってくるからそんな遠出もできないし、だから近場で済ませる感じになった。あたし的には、椿さんと出かけられるならどこでも良かったからなんでもいい。


「手とか……繋いでみる?」


 少しでもデート感を出したくて誘ってみれば、椿さんは頬を赤らめて頷いた。


「で、デートだものね…」

「デートって思ってくれてんのうれしー」


 許してもらえたし、ラッキーくらいの軽い気持ちで手を握ったんだけど……思ってたよりも柔らかくてびっくりした。

 気を使ってるのか家事なんかの水仕事をするわりにふわふわで、手を繋ぐだけでドキドキするなんてこと今までになくて、気分は舞い上がる。

 そんなあたしの隣で、椿さんは周りをキョロキョロ見回していた。

 ひと目が気になるのかな?なんて思いきや、


「ゆっくりショッピングなんて久しぶり…」


 マイペースなことを呟く。


 ……意識してもらえなかったことには、少し落ち込んだ。手を繋ぐなんて娘で慣れてるせいかな。


「いつも休みの日は何してるんですか?」

「うぅん、そうね……寝るか、家事するか、ママ友さん達とご飯に行くか、寝るか…寝るか……寝る。うん、大体いつも寝てるわね」

「ははっ……まぁ、仕事で疲れも溜まってるだろうから時間あったら寝たくなるよね、そりゃ」

「そうねぇ…それにもう年だから。体力が持たないの」

「見た目若いのに。ずいぶんババアみたいなこと言いますね」

「ババアだもの。こう見えて40越えてるのよ?」

「どう見ても30代にしか見えないけどね」

「ふふ、褒め上手ね。照れちゃう」


 言葉通り照れた笑顔に癒やされて、上機嫌で歩いていたらあっという間に目的地へと到着した。

 クーラーのよく効いた店内へと足を踏み入れて、まずは昼食がてら軽く食事を済ませる。今の気分は肉なんだけど……


「なに食べます?」

「お肉がいいな」

「うん、じゃあステーキ屋あるからそこ行こ」


 偶然にも食べたいものが被ったから、モール内のレストラン街へと足を運んで、すぐに席へと案内された。

 いつものように椿さんが食べたいお肉を数種類頼んで、半分に分けて食べることにして、料理が来るまでは次にどこに寄りたいか何を買いたいか話していった。椿さんは「服が欲しい」と言っていた。


「服なんてもう何年も自分で買ってないから…そろそろ新しいの欲しくて」

「今持ってる服は?」

「ほとんど楓からのプレゼントよ。あとは……たまに、男性から貰うこともあって」


 口説き文句と一緒に渡されるそれを、案外強かな椿さんはありがたく受け取りつつ、交際は申し訳ないながらもきちんと断ってきたようだった。

 なるほどね……楓と違って、なかなか男の扱いを分かってるというか、あしらい方が上手い。

 長年モテてきた経験から、事を荒立てないようにするのには慣れているようで、そこは素直に感心した。必要なら冷たく突き放すあたしとはまた違ったタイプだ。だからたまに、あしらいきれずに付きまとわれるんだろうけど。

 とりあえず、この後によく行くブランドの店にでも連れて行こう。そう思ったタイミングで、ちょうど料理も届いた。


「わ……すごい。けっこう大きいのね…!」


 目をキラキラ輝かせて、両手を軽く合わせた椿さんは届いてすぐ熱々に焼かれたお肉に心奪われていた。

 食べやすい大きさに切り分けた後で椿さんの前まで持っていってあげて、切る間ずっと待ち侘びていた彼女は飛びつくように食べ始めた。


「んんん…っ、おいしい〜!」

「いっぱい食べな。……ほら、ご飯もあるから」

「紗倉ちゃんも食べて?はい、あーん」


 当たり前のように口元へと伸ばされた、フォークに刺さった肉を口に含んで、そんなあたしを見て満足そうに微笑んだ椿さんに、美味しさも相まって頬が緩みきる。


「どう?おいしい?」

「…ん、うまい」

「こっちのお肉も食べる?」

「いいよ、椿さんひとりで食べて」

「えー…一緒に食べたいのに」


 まじかわいすぎる、この人。

 もう一周回ってかわいくてイライラするという謎の感情を抱きながら、拗ねちゃった椿さんを宥めるためにもまた食べさせてもらって、すでに満足感でお腹も膨れた気がした。

 その後も食べさせたり、食べさせてもらったりを何度か続けて、


「ん、すごい溢れてきた……もったいない…ほら見て?口に入れる前なのに、いっぱい出ちゃった」

「うん、もったいないから…ちゃんと全部味わってね」

「そうよね。零さないように……がんばらないと。あー…ん…っん、熱くて、おいし」


 追加で頼んだ肉汁たっぷりのハンバーグを味わう椿さんにどうしようもない変態脳でえろさを感じつつ、無事に食事を終えた。


「服はどんなのが好みですか?」

「シンプルなものが良いわ。柄物はあんまり好みじゃなくて…」

「シックな感じ?」

「ええ、そうね。あと、スカートよりもパンツスタイルの方が好ましいかな。動きやすいから…」

「じゃ、今日はスカート買いに行こ」

「え。どうして?」

「動きにくい格好でもエスコートしてあげるから。あたしといる時は、そんなん気にしなくていいよ」


 こんな時でも母親が滲み出てるのを見て、女の椿さんを解放させてあげたくて、さっそく手を引いて歩き出す。シックで大人っぽい服装なら…あそこのブランドが良いかな?とか考えながら。

 目的のショップに着いた後は、戸惑う椿さんに何着か選んだものを渡して、時間も惜しかったからさっさと試着室へと案内してもらった。

 そして何回か着替えた姿も確認して…あたしは顎に手を置いて悩んだ。


「うーん…」

「に、似合わない…?」

「何着ても似合うから困ってる。…試着したやつで気に入ったのありました?」

「ぜ、全部かわいくて選べない…」

「そっか。それなら全部買っちゃお」

「そんなにお金持ってきてないわよ…?」

「あたしが買ってあげるに決まってますけど?」

「っだ、だめよ、そんなの」


 腕を掴まれて止められて、また悩む。


「わかった。贈与税のこともあるし……今回は上下セット一着ずつにする」

「ぞ、贈与税…?」

「うん。プレゼントでも発生するから、考えながら渡さないと最終的に椿さんの負担になっちゃうじゃん?それは嫌だからさ」

「そういうの…詳しいの?」

「こう見えて法学部だから。いうて贈与税くらいなら誰でも調べたらすぐ分かるよ」

「紗倉ちゃんって……頭良いのね」

「それなりにね」


 最悪、贈与税がかかっても問題はないんだけど…せっかくなら余すことなく負担なく受け取って欲しいもんね。

 色々を考えながら、結局全部買うのはやめて椿さんが一番気に入ったものだけに絞った。あと一応、普段着に使えそうなパンツスタイルのものも追加しといた。


「いつもいつも悪いから…何かお礼させて?」

「どうせ元は親の金だから。あたしの負担じゃないし、気にしなくていいですよ」

「うぅん……それ、余計に気が引けちゃうわ。がんばって働いて稼いだお金なのに…」

「不労所得ってやつ。親の持つマンションの家賃収入の一部を名義あたしにして貰ってるから、実質あたしの金みたいなもん」


 それに家族カードもあるから、と付け加えたら椿さんは複雑そうな顔で、それでも納得はしてくれた。

 ぶっちゃけマンションの不労所得はもうあたしのもんだし、だから正直…親とはいつでも縁を切れるっちゃ切れるんだけど。大学在学中なのと……色々思うところがあって今は保留にしてる。


「紗倉ちゃんのお家…今度行ってみたいな?」

「この間来たじゃん」

「実家の方よ」


 そう言われて、言葉に詰まった。

 あの家に帰っても…何もないから、招いたところで意味がない。あたしの親に会えるわけもないし、余計に。


「……それは今度、気が向いたら」


 軽く流して、さっさと支払いを済ませて店を出た。


 その後は「もう紅葉が帰ってくるかも」とソワソワしだした椿さんを連れて家へと戻って、会話の流れでまた泊まることになって、


「…なんでいるの」


 帰ってきたクソガキに警戒心MAXの嫌そうな顔をされてハラハラしながらも、なんとか夜まで乗り切ることができた。


















 

 








 







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