第25話「娘とは違う」

























 もっともっと翻弄してやろうと思ってたのに、リビングでゴロゴロしながら話して、ちょっと頭を撫でられただけで見事に爆睡してしまった。

 そのせいで起きた時にはもう夕方で、だいぶ時間を無駄にしたことに落ち込んだ。

 椿さんは眠ったあたしのためにわざわざ布団を敷いてくれたみたいで、ちゃんと毛布までかけられた状態で目を覚ました。…ほんと優しい。


「あ。起きた?」


 むくりと体を起こしたら、すぐに気が付いてくれた椿さんがキッチンの方からやって来る。


「…すみません、寝ちゃって」

「いいのよ。寝れる時に寝た方がいいんだから。もう少し寝る?」

「起きます…」

「…ん。夜ご飯もう作ったから、早めに食べましょ。顔洗っておいで?」

「はい……ありがと、椿さん」

「いーえ。ふふ……寝起きの紗倉ちゃん、子供みたいね?」

「うん…」


 完全に油断しきった椿さんに、言われた通り子供みたいな仕草で抱きついた。そのまま、胸元に頬を寄せる。


「椿さん……あったかい」

「…昔から平熱は高めなの」

「あー……だからかな。めっちゃ落ち着く…」


 いい匂いもする。

 この体温と香りに包まれると、寝ても寝ても眠くなる。いくらでも睡眠できそう。

 ただ、今は正直…睡眠よりも性欲が勝ってる。

 もうかれこれ1ヶ月以上はオナニーすらしてないから、そりゃ当然ムラムラも欲も溜まるもので。


「はぁ…椿さん、ほんといい匂い」


 それを少しでも発散させようと、何気ない仕草で腰を抱き寄せた。

 スリスリと服越しに腰のラインを柔く撫でながら、顔はしっかり胸の膨らみの間にうずめて、鼻をこするように動かして何度も匂いを嗅いだ。

 はたして触るだけで欲求不満が解消されるの?なんていう疑問と不安は、


「あ、ぅ……紗倉ちゃん、だめ…」


 頭上から聞こえてきた動揺した声と、僅かにピクついた腰回りの反応を指先で感じて、全然余裕で解消されることを知った。


「へ…変な甘え方しちゃ、やだ」

「してませんよ?女同士だもん、このくらい普通ですって」

「で、でも…」

「変なことって思ってる椿さんの方が、いやらしいんじゃないですか?」


 挑発するように見上げて、にっこり微笑む。椿さんそれを目を細めて口を噤んで見ていた。


「まさか…女相手に感じたりしてないですよね?」

「っあ、当たり前じゃない」

「なら続けても問題ないよね」


 意地を張ってくれたおかげで、遠慮なく続けられる。

 また谷間に顔を落として、今度はバレない程度に唇を押し当てた。腰を撫でていた手は上へと運んで、背中をツツツ…と弱くなぞる。

 反射的に逸らされた体を、逃げないようにしっかりともう片方の手で引き寄せて腰を押さえた。


「くすぐったいですか…?」

「う……うん、少し…だけ」

「嫌じゃない?」

「いやでは、ないけど…」

「恥ずかしい…?」


 あたしの問いに、顔を見なくても言葉を詰まらせたのが分かった。…ほんとかわいい。


「あ、あんまり……こういう触れ合いは、慣れてない、から…」

「こういう触れ合いって?ただ女同士、くっついてるだけじゃないですか」

「そう、なんだけど……その」

「それにこんなの、椿さんからしたら娘に抱きつかれてるくらいなもんでしょ…?」

「っ…む、娘とは、さすがにこんなこと……しないわよ」


 …うん。でしょうね。

 娘と同じことしてるって言われたら、さすがのあたしもビビる。……ま、その時はその時で、完全に油断しきったところを狙えるからいいんだけど。

 いい感じに、娘とあたしの違いを認識してくれてる。これで、いくら子供扱いされても娘と同一視にはならないはずだから…しばらくはこういうちょっと怪しい触り方を続けてみよ。

 …本気で嫌がられたらすぐやめる、これは絶対。

 じっくり、焦らず。

 本人も気が付かないうちに、調教していく。

 まずはあたしから与えられる行為や感覚に、慣れさせる。これは普通のこと、何もおかしくない、そう思わせて元々おかしかった距離感をさらにバグらせちゃおう。

 そうしていくうちに椿さんの中の女を目覚めさせて…まずは体から。

 心は……一旦は後回しでいい。そこまでは手に入らない可能性もあるから、あんまり今は多くは望まず。


「椿さん…」

「あ…紗倉、ちゃん」


 貰えそうなところは、とことん望む。


 頭の後ろを掴み持って顔を近付けさせたら、一瞬迷いを見せた後で、相手はしっかりと肩を押して抵抗する意思を示した。


「そ、それは…だめよ」

「それ…って?」

「……今、キスしようとしたじゃない」

「してませんよ?」


 ごめん、本当は普通にしようとしてたけど…ここは心苦しくも嘘をつかせてもらう。


「なに、もしかして……期待したんですか?」

「っ…ち、違う!紗倉ちゃんが、紛らわしいことするから、だから…」


 にんまり笑ったら、椿さんは目を泳がせて体を離した。うん、いい感じに動じてるね。


「あんまり、変な甘え方はやめてって…前にも」

「ごめんなさい……あたし、こういう甘え方しか知らなくて」


 困り顔で謝ってみれば、勝手に何かを察したらしい優しい彼女はひどく複雑そうな顔をする。…この優しさにつけ込むのだけは、避けたいかな。

 今の時点で、充分利用してるかもだけど。本気で傷付けたり困らせるようなことだけはしたくない。


「どういう甘え方なら…いいですか?」


 未だ肩に置かれていた手を持って、指を絡めた。


「き…キスは、だめ」

「どうして?」

「ど、どうしてって……友達同士ですることじゃ、ないでしょ…?」

「軽くするくらいしません?あたしの周りの女の子はけっこうみんなしてますよ」

「そ…れは、若いから。私はおばさんなのよ?ママ友とそんなことしないわ」

「あたしはママ友じゃないもん」

「そうだけど……そもそも、他の人とこんなにくっついたりもしないもの」

「じゃあ…ハグもだめ?」


 拗ねて唇を尖らせる。コテンとした動きで首を傾けたら、目を細くしてあたしを見下ろしながらしばらく葛藤していた。


「そのくらい、なら…」


 そう言ってくれると、思ってた。


「ありがと、椿さん」


 これで、準備は整った。

 あたしの事を娘でもなく、他のママ友や同年代の女友達でもない、新たな人間関係のひとつと認識させることで…特別感が少しだけ増した状態の完成。

 それに加えてハグという軽い触れ合いまで許してもらえた。

 人間は行動に合わせて無意識下で心理を変えたりする。つまり……スキンシップを許せば許すほど、あたしに心を許してると錯覚してくれる可能性が上がる。

 ただ、相手は天然たらしの椿さん。

 何が起こるかは分からない。想定外さえも想定して…油断なんか絶対しない。


 確実かつ、誠実に。


 彼女を攻略してみせる。



















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