第24話「性感帯チェック」
作り置きの手料理も食べ終わった頃。
すっかり体調も不眠もいつもの調子に戻ったあたしは、さっそくとある目的を達成させるためと質のいい睡眠を求めて、休日の昼間に椿さんの家へとやってきた。
今日の服装は白いブラウスに黒い紐リボンを着けて、黒いフレアスカートという、比較的シンプルな格好にした。髪は下ろしてる。
ちなみにあのクソガキ…紅葉は今日も友達の家に泊まるとか。
つまり今日も朝までふたりきり。紅葉が友達多くて外に遊びに行くタイプの子供でよかった。そこだけは感謝しないとね。
看病のお礼に、甘いものが好きだという椿さんにお高めなマカロンを用意して、最初に挨拶がてらそれを渡そうと思ったんだけど…
「え!マカロン!?私、だいすきなの…!」
テンション爆上がりの椿さんを見て、悪巧みを頭に浮かべた。
「そんなに好きなんですか?」
「ええ!もう大好き!」
「ふぅん……今すぐ食べたい?」
「食べたいわ!」
「だーめ」
今にも飛びつきそうな椿さんから、マカロンの入った箱を上へと持ち上げて遠ざける。
途端に子供みたく拗ねた顔を、かわいすぎる…と内心キュンとしながら楽しみつつ、そんなかわいい顔をされても、そう簡単には渡さない。
「いじわる……はやく食べさせて?」
「せっかくだから、ゲームしましょうよ」
「ゲーム?」
「うん。あたしからマカロン奪い取れたら、食べていいですよ」
「ふふん、私の方が身長が高いのよ?そんなの簡単だわ」
「じゃあ…ハンデ」
「え?」
「両手、出してもらえます?」
あたしの企みには気付いてない椿さんは、何をされるのか警戒しながらもおとなしく両手を差し出した。
一旦、箱は取られないように気を付けながら自分のそばに置いて、こういう時のためにつけてきた襟元の黒い紐のリボンをシュルリと解く。
そしてそれを使って、椿さんの両手首をしっかりと拘束した。
「へ…?な、なにして……?」
「これが、ハンデです」
にっこり笑って、また箱を手に持つ。
「その状態で、これ…奪ってみてください」
自ら「簡単」と言ってしまった手前、引けなかったんだろう。
「こ、こんなハンデあっても……余裕よ」
強がって呟いた椿さんを、ほぼ計画通りに進んだ事も相まって、微笑ましく見つめた。…単純でかわい。
あたしの前で、そんな不自由な状態になった時点で…椿さんの負けなのに。
「ほら、椿さん」
おちょくるように箱を軽く揺らしながら顔の前で見せつける。それに反射的に反応した椿さんは両手を伸ばしたけど、避けるように箱ごと手を上げた。
「あれ〜、余裕なんじゃないの?」
「っ……ま、まだこれからだもの」
「ふは。…せっかくだから、1個ずつにしますか」
立ち上がって、伸びてきた手はあしらいながら器用に箱を開けていく。
中に入っていたマカロンのひとつを指で挟んで持ち上げて、また椿さんの顔のそばへゆらゆらと持って行った。
気が付けば膝立ち状態になっていた椿さんは視界に大好物を捉えて、目を丸くして見つめた後で、溢れた唾液を飲み込んだんだろう、ゴク…と喉を鳴らした。
「ま、マカロン…」
もう彼女の視界には、それしか映ってないみたいだった。
その後も夢中であたしの手からなんとか大好物を手に入れようと奮闘する子供かわいい椿さんを弄ぶようにしながら、徐々にソファの方へと誘導する。
そしてようやく、
「つかまえた…!」
飛びつくように、ほとんど覆い被さる形で、椿さんはあたしの体をソファの上へと追い込んだ。相手が転んで怪我をしないように、しっかり抱き止める。
…まんまと罠にかかってくれちゃって。
かわいいなぁと心の中で呟いて、わざとらしくない範囲で目尻と眉を下げてあたかも困った顔をして見せた。
「あーあ。捕まっちゃった」
ここまで思い通りに動いてくれた彼女に、ご褒美としてマカロンを口元まで運んであげる。
あたしの上に乗っかって、あたしの片足を股の間に挟んでるというのに…危機感すら抱いた様子もなく、バカかわいい椿さんはパクンと念願の甘味を口に含んだ。
「んん〜…!おいしい!」
「でしょ?これ高いやつだからきっとうまいよ」
純粋に味わう、その膨らんだ頬を触って……さり気なく、指先は耳たぶを挟む。すぐに、首が傾いて肩が竦んだ。
「ふふ、くすぐったいわ……なぁに?」
「…マカロン、まだありますよ」
耳は弱い。
それが確認できたから、次はさらに耳の奥に指先を進めて頭の後ろ…うなじへと手を回しながら、もう片方の手に握っていた箱を腰のそばに置いてマカロンをひとつつまみ上げる。
「はい、あーん」
意識を食べることに集中させて、その間に後頭部を柔い力加減とくすぐるような動きで撫でてみた。
「っん……んふ…」
顎を上げて首を伸ばして肩を上げて、くすぐったさから逃げる仕草を見せるものの、食い意地だけは手放さないでずっともぐもぐと口を動かしてるのを、納得して見つめる。
…首と、うなじも弱そう。
この調子だと多分、背中も弱い。胸の感度が良いのは確認済みだから……後は、一番知っておきたい下半身くらいかな。
「ん、く……はぁ、マカロンおいし」
「気に入ってくれました?」
「ええ、とっても!もう一個食べたいな?」
「もちろん。ちょっと待ってね」
箱に目線をやる事もせずに感覚だけでマカロンを取ろうとする動作で、あくまでも体勢を直そうとするみたいに、
「ぅ、ん…っ」
膝を立てて、股の間へと太ももを強めにぐり、っと押し付けた。
分かりやすく、当たったと同時に目をぎゅっと閉じて何かに耐えかねた声を出した反応を見て、全体的に感度が高そうなことを確認できた。
「すみません…蹴っちゃって。痛くなかったですか?」
「あ……ご、ごめんなさい、私も変な声出しちゃって…痛くはないわ。びっくりしただけ…」
「ならよかった。さ…マカロン食べよ?まだまだあるから」
密かな確認作業に付き合ってくれた椿さんに……最後の最後に、確認したかったことを遂行するためマカロンを口の中へと放り込んだ。
そのまま、親指でグッと喉の方まで押し込む。
「んぅ……っ」
苦しそうに呻いたのはあまり気に留めず、口内に入れた指を使って軽く色んな所をなぞってみた。
ふるふると、肩が震えはじめて、クールな瞳にじんわり涙が滲んできた。
うん。キスでも感じるタイプかな。あとM気質。
満足して、指を引き抜く。椿さんはなんとか咀嚼して、少し苦しそうに飲み込んでいた。
「んくっ、は……も、もう〜…いきなり奥まで入れるなんて……喉に当たって…びっくりしちゃった」
自分の首元を押さえながら、相変わらず無意識でえろ発言をする椿さんが悪魔的にかわいすぎて、つい髪を撫でる。
「あ…これ、外しますね」
そこで思い出して、手首の拘束を外してあげた。
「はぁ〜…!やっと自由になったわ!」
「わっ…」
自由に動かせなかったことが相当もどかしかったようで、開放感と共に抱きついてきた椿さんを受け止める。
密着した服越しの体温に急な眠気が襲ってきたけど、今ここで寝るのはもったいないから歯を食いしばって踏ん張って耐えた。
「…紗倉ちゃんって、小柄で子供みたいでかわいい」
「失礼な。これでも一応、大人の女ですよ?」
「んふふ…そうよね。紗倉ちゃんは、おと…な」
言いながら僅かに体を離した椿さんがあたしの方を向いて、体勢的に目と鼻の先にお互いの顔が来て…それに驚いた彼女は言葉の途中で息を止めていた。
あたしもあたしで、驚きというよりムラムラが伝わってしまわないようにきゅっと唇を結んだ。
だけどすぐ、とある変化に気が付いて思わず小さく頬を緩ませた。
「あ、ご……ごめんなさい、私ったら…」
「椿さん」
顔を完全に逸らされる前に、こちらから覗き込む。
色白な頬がピンクに染められていたのを、冷静にどう利用しようか考えた。
「そんな顔赤くして…どうしたんですか?」
「っえ…ぁ、なに…も」
「もしかして、キス意識しちゃったとか…?」
見透かした顔と声で、分かりやすい椿さんの心を追い詰めていく。
「し…してないわ」
「そっか。あたしはちょっとだけ意識しちゃった」
「え?」
「椿さんとなら、女同士でもキスくらいできるかもな〜って。思っちゃいました」
あっさりと、何気ない感じで伝えておいて、どう返事をしたらいいのか悩んでそうな椿さんに笑いかける。
「ま、あたしたち年も離れてるし、椿さんからしたら娘みたいなもんだから、きっと無いですよね?キスすることなんて」
「え……ええ、そう…ね」
「あ。そうだ、お手洗い借りますね。さっきからずっと我慢してて」
「う、うん。好きに使って?」
「はい、ありがとうございます」
あたしの上から退いてくれた椿さんにお礼を伝えて、ひとりリビングに残してトイレへこもった。
…ここで少し、考える時間を与えておく。
思惑通りいけば、椿さんはこう考えるはずだ。
『意識してたのは、私だけじゃなかったのね……それなら、おかしなことではないのかしら。それにしても、私とならキスできるかも、なんて……もしかして、またからかわれてる…?』
こちら側が素直に認めることで、相手の中の“女同士のキス”に関するハードルは下がって、それと同時にそんな疑問が湧いてくるはず。
『まぁ、いいわ。紗倉ちゃんも気にしてなかったみたいだし、私だけ気にするのは…バカみたいだもの』
そうして、気にしないようにすればするほど、心の中ではどこか引っかかりが残る。人間の心理は、そういう風にできてるからだ。
上手くいけば、
『紗倉ちゃんが言ってたように、こんなにも年が離れてるのに、変なこと考えるなんて…私ったらどうかしてるわ。……こんなおばさん、相手にされるわけもないのに』
そんな風に、劣等感にも似た寂しい気持ちを抱えるはず。
上手くいかなくても、今回のことで“女とキスする”ことに対して意識は向くだろうから、何も問題ない。
ようやく、あたしらしさを取り戻してきた。
この調子でじっくり……椿さん本人も気付かないうちに、惚れさせよう。
あたしなら、それができると信じて。
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