第21話「夢の中でも」
えろすぎてやばかったラッキースケベなお風呂も終えて。
「だる……熱、上がった…」
見事に下がってきたと思っていた体温がまた上がりきったことを確認して、体温計を雑にテーブルの上へ置いた。
薬でも飲もう…とリビングのソファから立ち上がって、対面キッチンにある棚の一つを漁る。
「あれ。薬どこだっけ…?ここだと思ったのに」
「どうしたの?」
「あぁ……熱上がったから、薬ないかな、って…」
自然な流れで話しかけられたから、こちらも無意識で返事をしながら声のした方を向いたら、お風呂上がりで色気増し増しな椿さんの姿があって呼吸をやめた。
か、髪濡れてんの…えろい。
それに…
「めっちゃ乳首立ってる」
一部だけピンと張ったシャツの布部分を指差して聞いたら、バッと胸元を腕で隠された。
「や、やだ……ブラつけてないんだもの、当たり前にこうなっちゃうの…!もう……恥ずかしいから言わないで…?」
「あたし買ってきましょうか?確か駅の近くに下着屋あったと思う…」
「へいきよ、今日だけだから。それより、何を探してたの?」
そこで薬の存在を思い出して、見つからなかったことを言ってみたら椿さんは「ちょっと待ってね」とソファの上に置いていた自分の鞄を漁りに行った。
「そんなこともあろうかと…買っておいたの」
「え…」
戻ってきた椿さんの手には新品の風邪薬が握られていて、まさかの行動に驚いてその手を見下ろした。
「わ、わざわざ…?」
「ええ。だからとりあえずは、これ飲んで?」
「ありがとう…ございます」
本当に、この人は…どこまで優しいんだろう。
感動と感心を心に宿して、目頭を熱くしながら受け取って、半分は優しさで出来てそうな白い粒を水と一緒に胃へと流し込んだ。
それを見て安心したのか、すぐ隣に寄ってきた椿さんの手が、そっと背中を触った。
「眠くなる前に……ベッド行く…?」
きっと、純粋な心配からくる提案だったんだろうけど、あたしにはどうしても艶っぽい言い回しに聞こえてしまった。
はぁ……熱で、頭やられたかな。
あんまり不純な気持ちばかり抱くのは…椿さんに失礼な気がする。これじゃ、そこら辺の性欲まみれの男達と何も変わらない。
クラクラしてきた思考の中、それでもなんとか自分の欲と心を落ち着けて、連れられるがまま寝室へと向かった。
「こっちの部屋は…普通の広さなのね」
「…あんまり広いと、落ち着かないから」
「それにしては、リビングはすごい広さだったけど…」
「…だから、あそこではそんなに過ごさないです」
ただ広いだけの家は、苦手だ。
それなのに広い家を選んだのは…やっぱり親への嫌がらせのつもりで、子供じみたあたしなりの精一杯の反抗だった。
たとえ月に数十万、数百万と金を使ったところで、あいつらは痛くも痒くもないだろうけど。
……ムカつく。
今頃、両親とも形だけの実家には帰らず新しい家庭をそれぞれ事実婚みたいな形式で作り上げていて、法律的に正式な娘であるあたしの存在は、無かったことにされてる。
本当の家族は、別でいるから。作り物の夫婦の間に産まれたあたしの事なんてどうでもいいんだろう。
清々しい程の家庭崩壊を迎えてる我が家に、救いはない。この孤独は、死ぬまで続く。
いくら金があって、広い家に住めても……虚しいだけ。
「紗倉ちゃん」
ひとり、勝手に沈んだあたしの肩をさすりながら、椿さんはこめかみの辺りにこつんと自分の頭を置いた。
「風邪が治ったら…私の家においで?いくらでも、何日だって泊まっていいから」
あたしの孤独に手を差し伸べるみたいに、優しい声が続く。
「……うん…」
早く、風邪治らないかな。
そうしたら、毎日でも泊まりたい。
狭くて、少しボロくて、雑多的で家庭的で…虚しさの欠片もない、温度を持ったあの家に。
「とりあえず今は……寝ましょ?」
自然な流れでふたり、ベッドの毛布に入り込んだところで……「あ。お願いしなくても当たり前に一緒に寝てくれるんだ」と驚きつつもありがたく思った。
「ほら……目を閉じて。寝ましょうね」
椿さんの腕の中、まるで子供にするみたいに背中をさすってくれた感覚に身を委ねて、目を閉じる。
お風呂では良い感じにムラムラもしてたけど……なんか、ベッドにいるのに全然やらしい感じしない。顔にも胸が当たってるっていうのに、心音はどこまでも穏やかだ。
…不思議。
ちゃんと欲情もするのに、寝る時はそういうのが一切なくなる。
包むような人肌に興奮するよりも先に、あまりにも落ち着く温かさに、意識はぼんやりと滲んでいった。
椿さんに触れたところから、じんわりと熱が広がる。
心臓はドクドクと、熱い血を体の末端まで行き届かせて、きっと風邪のせいだけじゃない体温の高さが、あたしに人間としての温度を取り戻させた。
眠く、なる。
「おやすみなさい、紗倉ちゃん」
「ん……おや…すみ…」
でも寝るの、怖いな…
いつもいつも…眠れたとしても睡眠が浅いから、嫌な夢ばっかり見る。それで結局、長くても3時間足らずで目が覚めて、吐き気が来て、体温が下がりきって……とにかく、良いことがない。
こわい。
夜中に目覚めるあの瞬間が、一番寂しくて……怖い。
「大丈夫よ」
柔らかな声色と手のひらが、鼓膜と髪を撫でてくれた。
「寂しくなったら……夢の中まで会いに行くわね」
何も、言ってないのに。
あたしの心を読んだのかと思うくらい絶妙なタイミングで、求めていた気がする言葉を冗談めかして呟いた椿さんの声を聞いて、安心して意識を夢の中へと手放す事が出来た。
夢の中でも…会いたいな。
あたしの密かな願いも、虚しく。
その日は朝まで、夢も見ないくらい深い眠りから目覚めることはなかった。
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