第20話「一緒にお風呂」
























 椿さんに頭を撫でてもらったら、不思議なことにすぐに眠れた。

 夢を見ることもなく、だからうなされることもなかった深い深い睡眠は……それでも、1時間も経たずに終わってしまった。

 起きた時、そばに椿さんはいなかった。

 その事に謎の不安と恐怖を抱えながら寝室を出て、彼女の姿を探しながら慣れた広い家をうろついて、リビングに辿り着いた時、


「いい…におい、する」


 食欲を刺激する香りが、鼻孔をついた。


「あら、おはよう。もう起きちゃったの?」


 キッチンでは匂いの元である料理を作っていたらしい椿さんがいて、その姿を確認できたことに一旦はホッとする。


「…なに作ってるんですか?」

「紗倉ちゃん、起きたらお腹すくかな?と思って…作り置きにもなりそうなものを作ってたの。ごめんなさい、勝手に色々お借りしちゃった」

「それは全然……むしろありがとうございます……何から何まで」

「いいのよ、いつものお返し。それより、体調はどうかしら?」

「……だいぶ、元気になりました」

「うん、それならよかった」


 会話をしながら、椿さんの隣に立つ。

 熱もすっかり引いてくれたみたいで、寝る前より思考は明瞭になっていた。…それでもまだ少し、熱っぽいかな。


「これ、冷蔵庫に入れておくから。数日に分けて食べてね」

「あ……はい」


 作り終わってタッパーに入れられたおかず達が、水と酒しか入ってない冷蔵庫にしまわれていく。

 明日からも椿さんの手料理が食べられるんだ…と思ったら気分は上がって、なんだか体調まで良くなってきた気がしてきた。


「汗かいたでしょ、お風呂入る?」

「一緒に入ってくれます?」


 気分が良くなりすぎてつい軽口を返したら、動揺した瞳が見開かれた後で泳いだ。やば、引かれたかな。


「あ……いや、冗談…」

「い、いいわよ」

「は?」

「だるくてしんどいだろうから……体、洗うわね」


 え。


 まじ…?


 突然舞い降りたラッキースケベに喜ぶ前に、心臓が跳ねまくって落ち着きを無くして、また体温が上がった気がした。

 椿さんは、あたしのこと“年下のお友達”くらいに思ってるから裸見せられるんだろうけど……あたし普通にいやらしい目で見る気満々なのに、良いのかな。

 それって純粋な気持ちを、踏み躙ってない?

 しばらく、本気で悩む。正直、椿さんの体…正直めちゃくちゃ見たいし、なんなら触ってみたい。あの体温が欲しい。


 うん。


「じゃ、さっそく入りません?」


 ラッキーと思って入っちゃえ。


「え、ええ。だけど服を持ってきてなくて…」

「それならあたしの貸しますよ」

「サイズあるかしら?」

「オーバーサイズの服もあるんで、そういうの選べば……あ。下着はないんで、ノーパンになりますけど」

「そ…それはさすがに、今着てるやつを着るから大丈夫」

「1階にコンビニあるから。ブラは微妙だけど…パンツはあると思うから買いにいきません?」

「う、うん。そうね、そうする」


 そうと決まればさっそく、と先に湯船のお湯だけ沸かすようにしておいて、1階のコンビニまで連れて行って、予想通りブラは無かったけどパンツだけはあったから看病のお礼に数枚買って、また部屋へと戻った。

 るんるん気分で寝室のクローゼットから椿さんでも着れそうな大きめのサイズのパジャマを手に取って、ついでに自分のも選ぶ。…なるべく露出少なめに、ノースリーブとかにしちゃおう。

 色気出して誘う、みたいなことはしないけど泊まりってなれば同じベッドで寝るもんね。素肌が触れ合う面積は増やしておきたい。

 企みつつ、服を持って脱衣所へと向かった。


「おまたせしまし……た」


 着いたらもう椿さんは下着姿になっていて、


「あ、服…ありがとね?」

「へ……あ。は、はい」


 真っ黒でシンプルな布では隠しきれてない色白で豊満な脂肪に、まるで童貞みたいな気持ちで心臓を昂ぶらせた。

 う、わ……柔らか、そう。

 年が年だからか体はそんなに引き締まってる感じじゃなくて、細いけどほどほどに肉付きのあるお腹がまた…えろさを際立たせていた。


「椿さん…おっぱいデカいね」

「え。あ……う、うん。そうね。よく、言われます…」


 まぁその大きさなら言われるよね。

 恥じらう仕草を見せた事にもまた変にドキドキしながら、あたしは別に見られても…悲しいことに困らない貧乳を包み隠さず、服を脱ぎ捨ててみせた。

 大胆なあたしを前に、何を思ったのか椿さんは目をパチクリさせて気まずそうに顔を逸らしていた。


「さ、ほら。椿さんも下着脱いで?」

「お…おばさん、やっぱりちょっと、恥ずかしいな…?」

「今さら何言ってんの?乳首の色とか気にしないから大丈夫だって」

「っち、ちく……そ、そういう問題じゃなくて」

「脱がせてほしいってこと?別にいいですけど…」

「ど、どうしてそうなるの」

「ふは、冗談です。先入ってるんで、心の準備ができたら来てください」


 土壇場になって羞恥で顔を赤く染めた椿さんを置いて、浴室へと入る。本当は脱がせても良かったけど、ここで警戒されるのはまずいもんね。

 シャワーの水がお湯に変わった頃、ようやく背後に人が来た気配を感じた。

 あ…今。

 全裸の椿さんが、後ろにいるんだ。

 それだけで、謎に興奮した。

 性欲薄れてると思ってたけど…全然あったわ。なんなら今、ものすごくムラムラしてる。許されるならヤリたいくらい。


「紗倉ちゃん…座って?」


 下心を疼かせていたら、後ろから肩に手を置かれて、ぎこちない動作で置いてあった風呂椅子に腰を下ろす。


「さてと。ボディソープ…これかしら」

「っ……や、ば」


 あたしの隣を通って棚へ手を伸ばした椿さんの裸体が視界の端に現れて、思わず「えろすぎ」と言いそうになった口元を咄嗟に塞いだ。

 前屈みになってるから重力のせいで下へ垂れた脂肪の塊とその先端の色が変わった部分を、横目で見る。

 ……思ってたより、えろいんだけど。

 どうしよ。いうて好きなやつ相手でも、女の裸なんて見ただけじゃそんなに動じないと思ってたのに、全然動じちゃうんだけど。なんなら触ってもないのにちょっと濡れてきたかも、やば。


「つ、椿さん」

「ん?」

「や…やっぱり、あたしも恥ずかしいかも」


 正直な気持ちを伝えたら、ちょうどボディソープを手に取ってあたしの斜め後ろ辺りに戻った椿さんが顔を覗き込んできて…クールな印象の目が、悪戯に細まった。


「今さら何言ってるのよ。気にしないんでしょ…?」


 さっき自分が投げた言葉が、そのままそっくり……むしろよりいやらしさを増して返ってくる。

 言い方も声も表情も。

 あたしの鼓動をおかしくさせるには充分すぎた。


「…洗うわね」

「あ…う。ま、まじで…?」

「くすぐったかったら…教えて?」


 優しい声の後で…容赦なく肌に触れられる。

 背中に、やけに温かな手と泡の感触が当てられて、無意識のうちに体を硬直させた。

 く、くすぐったい…とか、そんなんじゃない、これ。

 やば…い。

 あったかくて、きもちいい。

 この人の体温……やっぱり落ち着く。少し温度が高いのが安心できて、眠くなって頭がふわふわする。

 それと同時に抗いがたいモヤモヤした感情も湧き上がってきて、一気にあたしの体温まで熱くなってきた。熱ぶり返しそう。


「…腕も、洗うから」

「あ……ま、って」

「恥ずかしがらなくて平気よ?」

「ち、ちが」


 触れてくる人肌が心地良すぎて、怖い。

 睡眠欲と性欲が同時に襲い掛かってきて、せめぎ合う。

 ただ、性感帯でもなんでもない体の表面を撫でられてるだけ、なのに。


「っっ…は、あ……やば、い」


 呼吸することすら覚束なくなってきて、背中を丸めて必死にふたつの欲求を押さえ込もうと歯を食いしばった。寝ないように…ムラムラしないように。

 その間も、背中や腕…ついには脇の辺りまで椿さんの手のひらが丁寧な仕草で滑っていた。


「胸とかは…自分で洗う?」

「っ…て、てか、もう洗わなくていい…」

「あら。まだ足とか」

「ぁっ…く。だ、だめ…!」


 脇の下を通った手が膝に置かれて、背中には驚くほど柔らかい感触が当たって、いよいよ本格的にまずいと危機を感じたあたしは、慌ててその手を掴んだ。


「こ、子供じゃないから!洗うくらい自分でできるからっ!」

「そう?でも、体しんどくない?」


 今、この状態が続く方がしんどい。

 一刻も早く激ヤバな状況から抜け出そうと自分でボディソープを手に取って、雑に全身を洗い上げる。普段なら絶対にしないけど、今はもうそんなこと考えてる余裕なんてなかった。

 全身が泡にまみれた後は勢いよく立ち上がってシャワーのお湯でさっさと流して、せっかくお湯を溜めた湯船には目もくれず浴室から飛び出した。


「さ、紗倉ちゃん、体冷やしちゃ…」

「大丈夫!椿さんはゆっくり入ってて!」


 浴室へ繋がる扉を閉めて椿さんの声ごと遮断させた後で、ズルズルとその場に座り込んだ。


「や……やば、すぎ…」


 混乱しすぎた頭を少しでも楽にしたくて、盛大に肺から空気を吐き出した。

 

 ムラムラしながら眠くなるとかはじめての経験すぎて……もはやなんのプレイ?って思ったけど…経験豊富なあたしでさえ、そのプレイ内容の名称は思い浮かばなかった。





























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