第14話「計画頓挫」
今日は、お酒の力を頼ることにした。
あたしなりの恋愛のやり方…それは、とにかくセックスに持ち込んで、心も体も虜にしてやること。
今までは男相手だったから、案外ちょろくてホイホイ捕まえてこれたけど、今回の相手は女で……さらにだいぶ年上で、しかもシングルマザー。
となれば、今まで通りにいくわけもない。
多分…椿さんの性格的に、彼女は理性がしっかり効く我慢強いタイプで、母親って立場もあったから色んな欲を意識的にも無意識的にも堪えてきたはず。
その欲を、解放させる。
だから、前回さり気なく居酒屋の約束を取り付けて、酒を飲ませて酔わせて、理性が綻んだところを襲っちゃおうという算段だ。
付き合う前にセックスすることは基本ないけど、今回ばかりは仕方ない。手段を選んでる場合じゃない。
…失敗なんて、許されないから。
入念に計画して、事前に下調べもしておいた居酒屋の前で、椿さんを待つ。
「紗倉ちゃん!」
待ち合わせの時間よりも10分も早く、椿さんは到着した。
今日も仕事終わりだからスーツ姿で、走ってきたのか少し汗をかいていた。…そういえば季節ももうすっかり春で、最近は夏も近づいてて暑いくらいだもんね。
「早いね〜、ごめん。待たせちゃったかな?」
「全然待ってないけど……そんな、急いで来なくてもまだ時間じゃないのに」
「だって…少しでも長くお話したかったから」
素直に嬉しいことを、無垢な笑顔で伝えてくれる椿さんを見て、良心が痛んだ。
あたし……最悪、だ。
こんな純粋な人を、酒で酔わせて襲おうなんて。姑息で卑怯な真似して、落とそうとして。
「…やっぱ、今日は居酒屋の気分じゃなくなっちゃった」
「え?」
「この近くにオススメのカフェあるんですよ。パンケーキ好きですか?まじうまくて」
「うん!甘いものはなんでも好きよ」
「じゃあ、そこにしましょ!…行こ?」
計画は、ことごとく失敗に終わった。…いや、そもそも進めることなく、自分で終わらせた。
ていうかよく考えたら明日も平日だから椿さんは仕事で…それなのにお酒飲ませるとか、体調面とか迷惑になるとか全然そこを考えてなかった時点で、こんな計画は入念なんかじゃなかった。
反省して、お酒とは無縁そうなお店へ椿さんを連れて向かった。
「あ……ここ、あんまりしょっぱい系ないや。夜ご飯向きじゃないかも…平気ですか?」
「全然へいき!むしろ甘いものだけでお腹を満たせるなんて最高じゃない…!」
本当に甘いものが大好きなようで、椿さんはこれまで以上の笑顔を見せて、パンケーキを2種類も注文していた。…前回も思ったけど、細いわりにけっこう食べるよね。
あたしは椿さんがもうひとつ悩んでいた味のパンケーキを注文して、先に届いたドリンクを飲みながら待つ。
「今日の仕事、どうでした?」
「いつも通り頑張ったわ!」
「え〜、いつも頑張ってるとか偉すぎ」
「んふふ、もっと褒めてくれてもいいのよ?」
首を傾けて冗談めかす椿さんに、それならせっかくだから…という気持ちで口を開いた。
「まじで美人」
「え」
「顔良すぎ、かわいい」
「や、やだ…冗談よ。ほんとに褒めなくて、大丈夫…」
「そういうとこも…あたしはけっこう好き」
あたしにしては珍しく、完全に緩みきった心でへらりと笑ったら、椿さんは何を思ったのかまじまじと人の顔面を見つめてきた。
え。今、そんな変な顔してたかな。
慌てていつも通りの、かわいいであろう笑顔に変える。
「…さっきの方が良いわ」
そう、言われても。
意識してできる顔じゃないから困った。
あれ。
あたし…今までそんな顔、あったっけ?
どんな表情も、だいたいこんな感じでしょって意識すればできるのに、意識してもなおできない顔なんて…初めて。
恋に関することは散々、経験してきたと思ってたんだけどな。
不思議と、椿さんといると初めてなことばっかりだ。
「私の前では、作り笑いなんてしなくていいのよ?」
憂いを含んだ微笑みで伝えられて、なんて返したらいいか分からなくて眉を垂らした。
「これはもう…癖みたいなもんですから」
「そう…無理してないならいいの」
「無理なんて全然。するわけないじゃん」
「……なら、いいの。でも…」
何かを言いたげな椿さんの雰囲気を断ち切るように、パンケーキの皿が届いた。
「おいしそう…!」
甘いものは彼女の心に明るさを与えてくれたみたいで、どこか沈んでいた瞳にキラキラとした輝きが宿ったのを見て、なんとなく安心する。
……同情してんのかな。
同時に、そんな捻くれた思考も過ぎった。
あたしに何かあると思って、可哀想な子だから放っとけないとか、そこら辺の同情心で関わられるのは…正直嫌だ。
それってなんか、あたしが惨めなやつみたいじゃん。
実際そうなんだろうけど、自分で思ってるのと他人に思われるのとじゃ全然違う。他人から「可哀想」とか言われるのは普通に腹立つ。
…椿さんに限って、それはないかな。
「紗倉ちゃん…?」
「あ……ごめん、考え事してました」
「そう…何か、悩みがあればなんでも言ってね?」
「うん、ありがとうございます」
彼女はただ優しいだけ。
捻くれた気持ちで八つ当たりすんの、やめよ。
「ん〜!おいし、ソースの酸味がいいわね…!」
「こっちの味も食べます?」
「ええ!食べたいわ」
「はい、どうぞ。好きに食べていいですよ」
「あーん…して、食べさせてくれる?」
「は?」
「え?」
自分を諌めて、気を取り直して食事に集中しようと思ったら、当然のようにされたお願いに思考を止める。
椿さんは自分の距離感の近さには気が付いてないようで、固まったあたしを不思議そうな目で、子首を傾げて見ていた。いや、不思議に思ってるのはこっちなんだけど。
ま、いっか。
役得ってやつかな。
「じゃ、口開けて」
眼下にあったパンケーキをナイフとフォークで切りながら言ったら、椿さんは準備万端と言った感じで薄く口を開けてワクワクした様子で待つ。…なにこのかわいい生き物。
クリームをたっぷりめに乗せてあげて、口いっぱいに楽しめるように大きめに切り分けた生地にフォークをぶっ刺して、待ち侘びた口の前へ持っていった。
「はい、あーん」
「あー……んっ」
赤い口内に生地とクリームは飲み込まれて、入り切らなかった分は口の端から溢れ出た。
さすがに大きすぎたのか、初めは噛むのにも苦労してそうで、一生懸命もぐもぐと口を動かした後で、悩ましく眉間にシワを寄せながら、ごくんと喉が動く。
「ん、く……はぁ、思ったより量が多くてびっくりしちゃった。飲むの大変だったわよ、もう〜」
唇の端に付いた白いそれを指で掬い取って投げられた半分は苦情であろう言葉に、そこはかとないえろさを感じてしまって、苦笑いを浮かべる。
前も思ったけど……言葉選び、完全にフ■ラの後に言うやつなんだよね。こんなこと思うの、あたしだけかな。
もはや狙って言ってる?ってくらいあざとい言い回しに、だけど本人はまるで自覚がないんだろう…またパンケーキを頬張って幸せに満ちた表情を浮かべていた。
この人って……無自覚の変態だよね。
ちょっとだけ呆れながら、あたしもパンケーキを口に含んで、その後も無自覚にえろい椿さんとの食事を堪能した。
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