第13話「気を取り直して」
諦めようと思ってたけど、こんなのもう運命じゃん。
だとしたら、暗い思考で悩むなんてアホすぎ。
愛とか意味分かんない事についての話したせいで珍しく自信喪失してたのか、無意識に心傷付いて自分を見失いかけてたけど……あたしって、そんな根暗じゃなかったわ。
クソみたいな現実にも、とことん前向きに挑んで乗り越えて来た過去が、今のあたしを作り上げてる。
たとえ出来上がったのが汚い女だったとしても。
その事を、忘れちゃいけないよね。
ってことで。
「なに頼みます?」
今は目の前の落としたい女⸺椿さんに集中する事にした。
初回の食事で約束してた和食を食べるためオススメの店まで連れてきて、案内された掘りごたつの個室の中で、メニュー表を開きながら椿さんの方へと見せた。
ここはそんな高すぎるってほどの店でもないから、遠慮しないでくれるよね、きっと。
「……紗倉ちゃん」
気分の良いあたしと違って椿さんはそうじゃなかったみたいで、暗い顔で暗い声を出した。
「この間は…ごめんなさい」
なんか、謝られることなんてあったっけ?
記憶を思い返しても彼女にひどいことをされた事実なんて海馬には残ってなくて、小首を傾げた。
「…お節介、だったよね」
よく分からないまま、重い雰囲気の言葉は続く。
まじで、なんの話してんだろ。
「何も気にしてませんよ?」
正直に伝えたら、椿さんはなぜか驚いた顔を上げた。
「で、でも……この間、急に帰ったから、怒ってたんじゃ…?」
「あー…」
家族愛を見せつけられて、あたしが勝手に拗れてた、あの日の話か。今はもう全く気にしてなかった。
「忘れてた、そんなこと」
あっけらかんとしたあたしの言葉に、分かりやすくホッと胸を撫で下ろした姿を、胸の奥を熱くして見た。
ほんと……この人って良い人だよね。
こっちが忘れてた事で悩んで謝るくらいには責任感も強くて……さっきも、ナンパから助けてくれるくらいには行動力も伴った優しさがある。
…うん、やっぱり好き。
楓には申し訳ないけど、あたしはやっぱり自分の欲を優先しちゃうや。そもそも…失敗しなければ問題ないんだから。失敗を恐れるなんてあたしらしくない。
……あのクソガキのことも、ちゃんと考えていかないとね。
「気を取り直して、なにか頼みましょうよ」
「え…ええ!そうね」
いつもの華やかで明るい笑顔に戻ったのを見て、とんでもなく口元が緩んで、目も自然と細まる。
表情管理なんてすっかり忘れたあたしの顔をたまたま見たん椿さんは、黒く綺麗な瞳を僅かに見開いた。
「そんな優しい顔も……できるのね」
「失礼ですね。あたしがいつもは優しくないみたいじゃん」
「あ……ち、違うの。普段はどこか、無理してるみたいな笑顔だなって…思ってたから」
安心した表情で、笑いかけられる。
「紗倉ちゃんのそういう顔も…もっと見たいな?」
そう言われても自覚してやってるわけじゃないから難しくて困るお願いをされて、勝手に眉は垂れ下がって、口角は上がった。
「ふはっ…善処しますね?」
「そうそう!その顔、そういう顔よ」
「そんなに食いつかれると……逆に笑いづらいんだけど」
「あ……ご、ごめんなさい。嬉しくて、つい」
多分、この人といたら無意識にずっと、椿さんが望んでくれたような笑顔を浮かべられるんだろうなって、安心して思う。
だって椿さんといたら、嫌でもそうなるから。
自分が今、どんな顔をしてるかなんて……気にならなくなるから。それよりも、彼女のコロコロ変わる表情に意識を向けていたいから。
恋って…最高。
セックスが無くても、会って顔を見ただけで満たされるなんて、心躍るなんて。
そんなの、楽しすぎるじゃん。
このあたしに本当の恋を教えてくれた運命の相手には、ちゃんとお礼しないとね。
「今日からは、あたしが全部お金出しますね」
「だめよ」
「いやだ、あたしが出す」
「だーめ」
「やーだ」
「もう〜…強情」
「椿さんは頑固」
「お、おばさんにもプライドがあるの」
「そのプライド、へし折ってあげますよ。莫大な財産の前では無意味だって分からせてあげる」
「お金持ちになんか屈しないわ?貧乏でも頑張ってきたのよ、これでも」
「ならなおさら、お金で苦労なんてさせないようにしてあげる。それじゃさっそく、お金の力で黙らせてやりますか。ってことで、ここはあたしの奢りで決定♡」
「あっ…そ、そんな」
「奢られても屈しないとこ、見せてね?」
「や、やだ。さっきのなし!」
「えー…大人の女なのに、そんな簡単に撤回すんの?椿さんの言う“おばさんのプライド”って、すぐコロコロ変えられるものなんだ。へぇ〜」
「んんん、その言い方はずるいわよ!」
「ずるとかないもんね」
「っ……い、いじわる」
「意地悪でけっこう。ほら、頼みましょ?」
まんまと言いくるめられた椿さんは悔しそうに、強く握った拳をテーブルに乗せて、唇を尖らせて抗議の眼差しで睨んできた。
そんなこともお構いなしにメニューのページを捲って、目に入ったおいしそうな写真の上に指を置いた。
「これとか、どうですか?」
「ん?……わぁ、おいしそうね」
「頼んでみる?」
「そ、そうしようかしら。…あ、見てみて、定食なんかもあるわよ?」
「ふは…遠慮なく、たくさん頼んでくださいね?」
「っ、ええ!…どれにしようかしら、これも……これも!全部おいしそう〜」
単純バカでちょろすぎる椿さんは思惑通りすっかりメニューに夢中になって、結局おばさんのプライドはどこへ行ったのか。
「お会計…12345円です」
「た、食べすぎじゃない…?あ。カードで」
「おいしかった〜!ありがとね?」
とてもじゃないけど女ふたりで到達できる金額じゃない量の和食をたらふく堪能した椿さんは、財布片手に驚くあたしの肩に手を置いて、かわいらしく微笑んでお礼を言った。
まぁ…こんな小金程度の金額なら、いくら積み重なっても問題ない。むしろこんなもんで満足してもらえるなら安い方かな。
「ふふん、私に奢るとこうなるのよ?痛い目見たでしょ、だからこれからは…」
「いや全然?こんなの痛くも痒くもないですけど」
「え……う、うそよ。本当はお金使いすぎて困ってるんじゃない?」
「いーや、まったく。大金持ちナメないでもらえる?」
挑発するように言ったら、分かりやすく悔しそうな顔をされて、思わず笑ってしまう。
「さ、紗倉ちゃん。無駄遣いは良くないわよ」
「椿さんに使うお金に無駄なんてないもん」
「そ…そんなこと言って、私を甘やかすのやめてもらえる?」
「甘やかす?何言ってんの、あたしはただおばさんのプライドをへし折ろうとしてるだけですよ?」
「っ……ああ言えばこう言う」
「あ。そうだ、椿さん。次はフランス料理、フルコースなんてどうですか?」
「そ、そんなの絶対だめ」
「じゃあ……居酒屋!あたし気になってるとこあって。そこはどうですか?」
「それ…なら」
うん、やっぱりちょろい。
この調子なら、落とせるのもすぐかもね。
なんて油断は…持ったら終わるから、ここは気を抜かずに全力で尽くす。
あたしなりの恋愛で、必ず惚れさせてやる。
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