第12話「運命再び」























 あたしの性癖を見事に歪めた、女がいる。


 名前は…皆月楓みなづきかえで。25歳の社会人の女で、顔面が良くてスタイルもやばくて、胸なんてもう巨乳で、性格も何もかもウブでかわいくて優しくて……処女という、理想的で最高の女。

 彼女はあたしの大親友、友江渚の恋人でもある。

 そんなふたりがあたしのせいで別れる一歩手前まだつきあってもないのにだった時になんやかんやで仲良くなって。


 その時に揉んだおっぱいのせいで、あたしは完全に男への興味を失い、晴れて女好きになってしまった。


 そんな、元凶でもあり、運命の人へと導いてくれた無自覚の恋のキューピットでもあった楓はまさかの、その運命の相手……


 椿さんの、娘だった。


「まじで……クソすぎ…」


 それを知った時、さすがのあたしも心が折れた。


 子持ちのシングルマザーくらいだったら、最悪の最悪は何も気にせずガンガン行けたし、現にもっと仲良くなってから本格的に口説こうと思ってたくらいだもん。


 だけど、蓋を開けてみれば…友達の親。


 しかも、めちゃくちゃ愛に溢れた家庭の…母親。


「そんなん……むりでしょ…」


 あたしの行動で、そんな愛ある親子関係を壊すかもしれない。

 そう考えたら、怖くなった。

 それに…万が一失敗すれば、あたし以外に友達のいない楓から友達あたしを奪うことにもなるかも。

 正直、あたしは失恋しても関わり続けていけるだろうけど、相手がそうとは限らない。椿さんも楓も、口説きに失敗した惨めなあたしを拒絶する可能性だってある。

 出会ってまだ日が浅いっていうのに、気が付けば大切に思っていたらしいふたりとの関係を…崩したくはなかった。ふたりのことを、傷付けたくない。


 どうしたらいいか、分からない。


 こんな時、相談できるような人…あたしにはいない。

 楓のことを、バカにできない。あたしにも心許せる友達なんてほとんどいないから。逆に心を許してくれる友達は謎に何人もいるけど。

 軽薄なばかりの人間関係を続けてきてしまった弊害で、本当の意味で心を開いてるのなんて渚くらいだ。

 その渚にも……今回のことは相談できない。できるわけがない。


「……諦め、よっかな…」


 その方が、早い気がする。


 どうせあたしは生粋の飽き性。今は手に入らないから躍起になってるけど、手に入った途端に飽きちゃうかもしれない。

 それなら、最初からさっさと諦めて次に行ったほうが色々と楽。


「うん、そうしよ」


 気持ちを切り替えるために、スマホを手に取った。

 だけど、それもすぐに置いて戻す。

 せっかくなら…新しい出会い、してみようかな。

 相手は女でも男でも、なんだっていい。とにかく椿さんを諦められるなら、この際性別は問わない。

 うーん…でもどちらかと言うと、今日の相手は、女の気分。

 ただ、深い仲の女の知り合いはそこまで多くないし、ましてや付き合える関係ともなれば皆無だから……やっぱり街に出て、新しい出会いがてらそこら辺の女でも引っ掛けよっかな。

 同性をナンパするなんてしたことないけど、あたしならできるはず。なぜならあたしは男相手なら百戦錬磨の尻軽女。性別は違えど、所詮は人間。働く心理にそれほど大きな差はないでしょ。


「……よし」


 さっそく実行に移すため、出かける準備を進める。

 今日はボーイッシュで行こう。髪は帽子かぶってごまかして……と。うん、完璧。

 鏡の前で、にっこり笑った。

 相変わらずあたしってば、まじでかわいい。この容姿だけは、親に感謝かな?それ以外はクソ食らえだけど。

 自分に絶大な自信を持って、家を出た。


「うーん……場所はどこがいいかな」


 とりあえず、悩みながら駅へ向かって、行き先も決めずに電車に乗り込む。たまには行きあたりばったりな出会いも良いよね。

 今は平日の夕方……ちょうど、会社員達が帰る頃の時間帯。

 …椿さんも、帰りの時間かな。


「あ…れ」


 無意識のうちに、あたしは初めて椿さんと食事に行くため待ち合わせた駅で降りていて、自分でその現実に驚いて足を止めた。

 な、なにしてんの、あたし。


 これじゃまるで、椿さんに会いに来たみたいじゃん…


「あ、お前もしかして」


 呆然と立ち尽くしたあたしの肩を誰かが掴んで、


「やっぱ、こないだ逃した女の子じゃん」


 顔を見ても誰か分からなかった男が、あたしの顔を覗き込んでそんな事を言ってきた。

 まじで覚えてなさすぎて頭にはてなマークを浮かべていたら、いかにもチャラそうなそいつは苦笑して、口を開く。


「またどこか出会えたら……その時は運命って、言ってたろ?」

「あ…」


 椿さんとここで待ち合わせた、あの時のナンパ男。

 …これはちょうど良すぎる。こいつでもアリ。うーん…だけど今日はあいにく、相手するなら女の気分なんだよね。


「ごめんだけど、また今度…」

「おいおい。自分で言ってただろうが」


 歩き出そうとしたあたしの肩を、男が強い力で抱き寄せた。


「付き合って…くれるんだろ?」


 困った。

 完全に過去の自分の発言に首を絞められている状況に、一周回って苦笑する。これは、あたしが悪いわ。

 まぁ…これもまた、運命ってやつなのかもね。


「いいよ、付き合お?」

「はっ…まじかよ。じゃあお言葉に甘えて……この後、ホテル行こうぜ?」

「………付き合ってすぐとか、なくない?」


 前までなら全然できちゃってた…むしろ、セックスのために付き合ってたようなもんだけど、今はそういう気分じゃない。

 低い声で断る意思を見せたら、それが気に食わなかったのか男の手に力がこもる。


「どうせビッチなんだろ?もったいぶってんじゃねえよ、行くぞ」

「っい…た。ちょっと、乱暴なのむりなんだけど」

「うるせえ、黙ってついてこい」


 付き合う相手、間違えたかな。

 これが運命なんだとしたら……ほんと、神様ってクソすぎ。三回死ねよ。

 ついでにこの強引男も死んでほしいけど…その前に、この流れをどうやって変えようかな。

 無理やり連れて行かれそうになってる体には全力で力を入れて抵抗しつつ、頭はどこまでも冷静に対処法を考えるためフル回転で動かす。


 うん、よし。


 ち○こ蹴ってやろ。


「っ待ちなさい!」


 悪巧みを行動に移す前に、怒った女の声が響き渡った。


「紗倉ちゃん、嫌がってるじゃない!」


 男の手首を掴んで、声と同じく怒った顔の女⸺椿さんは、あたしの頭の後ろに手を回して、男を引き剥がすみたいに抱き寄せた。

 顔全体を、びっくりするくらい柔らかな巨乳の感触が包む。

 こんな状況なのに、呑気に「うわ…乳デカ」とか思っちゃったあたしを責める人は無く、


「この子にひどいことしないで!」


 むしろ、そんなあたしを守るように、頭を腕で包み込まれた。

 …あったかい。


「ひどいことって…その子と俺、付き合ってるんすけど」

「え……ほ、ほんと?」

「ああ。…運命だもんな?」


 男の言うことをあっさり信じそうな、こんな時さえも天然でアホそうな椿さんに苦笑しつつ、片足をゆっくりと持ち上げた。


「んなわけ……ねえだろ!」


 後半はもう怒鳴りながら、男の股間めがけて足の裏を勢いよく伸ばす。

 見事に金的を食らった男は股を押さえてその場に蹲って、怒る余裕もないのか情けない声で唸っていた。


「あーあ……運命の相手、あんたじゃなかったみたい。ごめんね?」


 それだけ告げて、


「さ、はやくここから逃げましょ?椿さん!」


 どうやら神の悪戯でまたあたしの前に現れてくれた運命の相手⸺椿さんの手を掴んで、足早に歩き出した。















 






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