第9話「眠れない夜」

























 布団を横並びで敷いて、それぞれ毛布へと潜る。


「…急に泊まりたいとか言って、すみません」


 とてもじゃないけど眠れそうもなかったから、仰向けで天井を見ながら話題がてら謝った。

 あたしの声に反応してか、隣からモゾモゾと布の擦れる音がしたから顔だけを動かして横を向いたら、椿さんは仰向けから体ごとこちらへと向けてくれたみたいだった。


「いいのよ。…私も、一日に何度も家に呼び出してごめんなさい」

「……そのおかげでこうして泊まれることになったから、全然…むしろ、ありがとうございます」

「ふふ。こちらこそありがとう。今日は紗倉ちゃんのおかげで久々にこうして誰かと眠れて…うれしいな?」


 あのクソガキ⸺紅葉がひとり部屋だからか、そんなことでお礼を言われて少し気持ちは照れた。


「あたしも……誰かと寝るの、久しぶりかも」


 なんだかんだ、最近は男遊びもしてなかったから…ひとりの夜が続いていた事に、今になって気が付いた。

 ひとりの夜は苦手だ。というか、きらい。

 ……眠れないから。

 いつ頃からか、多分…ちょうど男遊びを始めた時期くらいから、あたしはひとりで眠れなくなって、ひとりの夜は不眠が続いている。

 誰かの体温に触れていないと、寝れない。たまにそれでも寝れない時があるっていうのに……自分ひとりしかいないで、とても眠れる気がしなかった。どうしてか、どうしても眠くならない。

 今日は、隣の布団に椿さんがいるけど…


「ごめんなさい……話したいんだけど、もう…眠くて」

「……気にしないで、寝ちゃってください」

「うん…ごめんね、おやすみ」

「はい、おやすみなさい」


 彼女は疲れていたのか、すぐに眠りについてしまった。

 しばらくはただただ天井を見上げて過ごして、きっと椿さんが深い眠りについたであろう頃に、枕元に置いていたスマホを手に取った。

 こういう時には…■Vを見て、それをおかずに何回か■ッて、いやもう■キまくって、それで無理やりに体を疲れさせて寝るのが一番なんだけど、


「あ……イヤホン、忘れた」


 流石に椿さんがいる横で大音量で見るわけにもいかなくて、早々に諦めた。…そもそも、バレたら色々と気まずいもんね。イヤホン忘れてて逆に良かったのかも。

 でも……困ったな。

 どうやって、寝たらいいんだろう。

 そんな事で悩んでるうちに、時間はどんどん経過していく。びっくりするくらい、遅い進みで。

 今ももう体感は一時間くらい経ってるけど、実際にはまだ10分そこらなんだろうな。

 …いつもそうだから、もうなんとなく分かってしまう。正確な時間は分からなくても、自分が思ってるより時の進みがひどく遅い事だけは分かる。


「……寝れない」


 こういう夜に、どう過ごしたらいいか分からない。

 とりあえず、さらに寝れなくなるから良くないと分かっていて、スマホを開く。

 ちまちまと、パズルゲームを始めた。これをやってれば、そのうち寝れると信じて。


「…………つまんな…」


 簡単すぎるゲームにはすぐ飽きて、また新しいアプリを取るのも面倒で、今度はもう一つのスマホを手に取ってメッセージアプリを開いた。

 男遊びの激しいあたしは危機管理のため、普段使うスマホと男と連絡したり会う時のスマホを使い分けてる。こっちはメッセージアプリ以外は何も入ってない初期のままの状態で、だから仮に見られても問題ない。困ったらすぐ解約すればいいし。

 最近は全然返してないから、溜まりまくった男達からのメッセージをスクロールしながら確認していって、その中から気になった奴のやり取りの画面を開く。


『起きてる?』


 ひとりだけじゃなくて、何人かに、全く同じ内容のメッセージを送った。

 ……こういう時に限って、すぐ返ってこない。

 それなら、とまた普段使いのスマホに持ち替えてネットでも見て気を逸したけど…それもすぐ飽きてしまった。

 ほんと、自分でも呆れるくらいの飽き性でうんざりする。

 使い物にならない、むしろ睡眠の邪魔でしかないスマホは雑に枕元に投げて、寝返りを打った。


「…やっぱり、綺麗な顔してる」


 目を閉じていても整った、穏やかな寝息を立てる椿さんの、あまりにも好みすぎる顔をじっと見つめた。

 …惚れてるからさらに美人に見えるフィルターでもかかってるのかな。一生見れるくらい綺麗な寝顔。

 起きてる時は……ずっと、どこか疲れが溜まってそうな顔をしてる。それを見てるのはなんとなく、つらく感じた。

 子育てに、仕事に。きっと家事なんかも。

 この人は、あたしの親が簡単に放棄したほとんどのことを、全部自分ひとりでやってるんだ。

 そう考えたら、素直な気持ちで尊敬した。


 少しでも、楽にしてあげたい。


 だけどそんな方法、分かるはずもなくて、とりあえず今は話せるだけ話して楽しませようと心に決めた。

 そしてあたしも、楽になりたい。

 今も楽になるために、眠りたい…ぐっすり。

 人の体温が欲しくなって、ついついわがままな気持ちは、手を前へと伸ばさせた。

 

「椿さん…」


 くっつき合った布団同士の、ちょうど境界線まで距離を詰めて、自分の腕を枕にした椿さんの、あたしの方へ伸びた手を取る。

 そのまま、椿さんの手のひらを自分の頬へと当てた。


「…あったかい」


 触れた部分からじんわりと熱を感じて、それが心地よくて、その状態のままシーツの上へ頭を預ける。

 布団とあたしの間に挟まった体温を、たとえ欠片も逃したりなんかしないようにしっかりと両手で腕を押さえて、少しでも多く温もりを感じたくてスリスリと頬を寄せた。


 落ち着く。


 体の、ほんの一部に触れた。

 小さな小さなその熱に縋るように目を閉じたら、不思議なことに意識はすぐにぼんやりと曖昧に世界を変えていった。

 あったかくて、ふわふわするような世界の中。


「おやすみ…椿さん」


 あたしは本当に久しぶりに…セックスもオナニーも無しの、性欲のない静かな夜と、眠りを迎えることができた。







 


 
















 朝、目を覚ましてすぐ、椿はゆっくりと体を持ち上げた。


「あら…?」


 しかし上半身の全てが持ち上がっても、片方の手だけはしっかりと布団と可愛らしい寝顔に挟まれていて、持ち上げることができなかった。

 自分の手を、宝物のように、大事そうに腕ごと両手で抱えながら眠る…どこか幼いその寝顔に、椿の鼻からは慈しむような吐息が抜けていった。


 ⸺彼女は、見た目は年齢よりも幼く見えるのに、内面は大人びていて冷静で、ふた周り近くも年の離れた自分とさえ話を合わせられる大人な子だと思ってたけど…


「ふふ…ちゃんと、子供みたいな一面もあるのね」


 年相応そうな部分を垣間見て、それを好ましく思った椿は、そっと…きっと大事にされてきたんだろう綺麗に手入れされた艷やかな黒髪を撫でた。















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