第6話「三度目の待ち合わせ」





















 


 今日は、約束の休日。

 大学も休みだからゆっくりめに起きて、昼間の時間に合わせて支度をして、今日は気分的に地雷系で行きたかったから自慢の黒髪をハーフツインにして家を出た。

 椿さんの自宅らしいマンションまではそんなに遠くなくて……住所的に、渚の家の近くでもあったから、案外すんなり迷わずに来れた。

 あんまり新しそうではない……むしろ古くて、無駄に大きな建物のエレベーターに乗り込んで、伝えられた部屋番号の階のボタンを押す。…ん?反応わる。なにこのボロマンション、建て直せよ。

 仕事人間そうなわりに貧乏なのかな?と、もうすでに設備の時点で不審に思いながら、到着した階で降りて部屋の前まで向かった。


「はーい」


 普段あんまり見ないような…カメラすら付いてないっぽいこれまた古そうなインターホンを押したら、すぐに反応があって、ガチャリと扉が開いた。


「あ。やっぱり紗倉ちゃんだった、よかった」

「……確認してから出てくださいよ」


 あまりにも不用心な椿さんに心配を通り越して呆れつつ、招かれるがまま玄関に入る。


「お邪魔しま…す」


 部屋の中は改装でも入ってるのか思ったよりはきれいで…それでも、所々に古さが目立つような、なんというか……なんとも庶民的な内装だった。

 狭いけど、ひとり暮らしにしては広いのかな?ってくらいの…多分2DKな間取りの、リビングなんだろう場所へ案内される。


「座って?」


 そう促されて、二人がけのソファの上に腰を落ち着けた。

 椿さんはキッチンへと戻っていって、あたしは緊張を隠しきれずソワソワしながら初めて来た他人の家を、何も気にせず無遠慮に見回す。

 なんだろ…ひとり暮らしにしては、物多くない?

 大人の女って、こんなもんなのかな。それにしても……やたら生活感が溢れすぎてるというか、なんか…


「ん?」


 ふと、壁に掛けられた絵に気が付いた。


 明らかに子供が書いたようなタッチのそれに、驚いて立ち上がる。

 絵…だけじゃない。

 棚にしまわれた本や、テレビ台の上にある置き物、そのどれもが……ひとり暮らしの女の部屋には絶対にないはずの、子供の雰囲気のあるものばかりだった。

 …でも、待って。

 指輪はしてなかったから、結婚はしてないはず。

 今は離婚済み、だとしても……年齢的にも、もしかして…


 子持ち?


 訳ありの理由を察して、ひとり絶句した。


 だとしたら、恋愛なんて到底むりじゃん。と、絶望にも似た感情が心を覆い尽くす。てか、なんでこんな簡単なこと気付なかったんだろ。

 だから何十年も……彼氏がいないって言ってたんだ。子供もいて、離婚もしてて、作る余裕がなかったのかな。椿さん真面目そうだし、子供が大きくなるまでは恋愛しないとか決めてそう。

 ましてやあたしは女だから……余計、振り向いてなんかもらえないかも。

 大抵の相手なら、男女関係なく振り向かせられる自信があったけど、椿さん相手には無理そうなことを察して、どうしようか悩んだ。


 諦める?


 いや……でも。


「どうしたの?」


 お茶を用意してくれたらしい椿さんが、お盆をテーブルに置きながら、声を掛けてきた。


「ううん、なんでもないです」


 一旦、この事は保留。

 とりあえず今は、貴重な椿さんとの時間を楽しまなきゃ損だよね。

 切り替えて、テーブルのそばに座った。そしたらすぐに座布団を持ってきてくれて、それを下敷きにして座り直す。


「ごめんね、狭い家で」

「全然。こうして会えるだけで嬉しいから……部屋の狭さとかどうでもいいかな」

「やだ、もう…紗倉ちゃんってば、そんなに私に会いたかったの?」

「え?めっちゃ会いたかったに決まってるけど」


 からかうつもりで、本人は言ったんだろう。

 それをわかった上でこちらは正直に、あっけらかんと伝えたら、分かりやすく頬を赤らめて動揺していた。


「そ、そんな正直に言われると恥ずかしいな…?」


 言葉通り恥じらった仕草でまつげが伏せられる。

 …女のあたしに言われてそんな反応するってことは、やっぱりワンチャンあるかな。

 あまりにもかわいくて、ついついバカみたいに期待する。相手はドが付くほどのノンケで、さらに子持ちかもしれないっていうのに。

 にしても、子供がいるなら余計に……出会ってすぐのあたし家に招くのはまずかったんじゃないかな。そこら辺の危機管理ちゃんとしてそうなのに、椿さん謎にあたしに対して警戒心なさすぎて心配になるんだけど。


 そんな期待や懸念は置いといて。


「…そういえば、今日は何します?」

「そうねぇ、決めてなかったわね」

「なんでもいいですよ。…あ!恋バナとか」

「………こんなおばさんに、そんな浮いた話あると思う?」


 なんでもいいから話題を…と軽率に提案したら、ものすごく怪訝な声が返ってきた。

 あ、まずい。地雷だった?

 ちょっと焦って、フォローの言葉を探しているうちに、諦めたように椿さんはため息をついた。


「恋なんて……この年になったらきっともう出来ないもの。恋バナなんて縁遠い話よ、まったく…紗倉ちゃんひどいわ?こんなおばさんいじめるなんて」


 拗ねた顔で呟いたのを見て、心臓をやられた。かわいすぎ。


「…気にしてるんですか?恋できないの」

「き、気にしてない。別に恋なんてできなくていいの、おばさんはこのまま一生独り身って決めてるの」


 一生…ねぇ。

 それが単に諦めからくる感情なら、まだチャンスはあるかな。本心では、恋したいと思ってるなら。

 だとしたらどうやって…アピールしてこうかな。

 いやでも子供のことを考えると……どうしよ。悩む…けど、付き合うとかなると話は別だけど、せめて友達として関わるくらいなら、今んとこ大丈夫なはず。

 とにかくそばに置いてもらうために何が効果的かを、男相手に考えるの時と同じように思案していく。椿さんは意外と寂しがりっぽいから、そこを突いていくのがいいかも。

 …あくまでも、最初は下心を見せずに。


「あたしも一生独り身の予定だから……彼氏なんて作らないで、あたしといっぱい遊んでくださいよ、これから」

「あら、若いのに……彼氏欲しくなったりしないの?」

「そういうの、散々やってきたんで。もういいかなって」

「やっぱり、紗倉ちゃんはモテるのね?」

「はい、めっちゃモテます。あたしかわいいから」

「ふふ…自分でそう思えるなんて、愛されてきたのね」


 優しい顔で、そんな事を言われて。

 笑顔のまま、内心傷ついた。

 愛されてきた…なんて。

 あたしには、無縁の言葉だったから。


「…まぁ、そんな感じです」


 自分でも怖いくらいにどす黒い、恨みのような感情の欠片も見せずに、平気で嘘を口にする。

 

 あぁ……ほんと。


 愛なんて、クソ食らえだ。




















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