第5話「二度目の食事」
























 初めての食事は無事、彼女の優しさに泣きそうになりながらも泣かずに済んで終えて。


 二度目の食事は、彼女の家の最寄りだという駅で待ち合わせた。

 奇遇なことに渚の家の最寄りでもあったから、親しみある駅で降りて待つこと数分。


「お待たせ、紗倉ちゃん」


 楽しみすぎて三十分前に着いたというのに、椿さんも早い時間に到着した。

 意外にもシンプルかつパンツスタイルでやってきた彼女の私服は黒のカジュアルブラウスにジーンズで、偶然なことに黒ブラウスにデニム地のミニスカを着てきたあたしと服装が似てしまった。


 いわゆる、お揃い的な。


 これもまた運命的な気がして、会って早々にテンションを上げる。


「紗倉ちゃん早いのね?まだ三十分前なのに…」

「今日本当に楽しみで!眠れなくて早く来ちゃいました」

「あらあら。嬉しいこと言ってくれちゃって」


 うふふ、と笑いながら口元に手を置いた椿さんは、行動こそ年相応なものの相変わらず見た目の若さは維持したまんまで。

 その綺麗さをそばで見られることにも気分は上がった。

 一緒にいるだけで楽しい、なんて。渚の時以来だ。


「どこ行きます?食べたいものとか…」

「あ。この近くにね、ファミレスがあるの。そこでもいいかしら?」

「もちろんです!」


 ほんとは事前にお店をいくつか調べてたけど、椿さんの希望に合わせて二回目の食事はファミレスへ向かうことにした。

 お昼時は混むだろうから、早めの時間に待ち合わせていたのが功を奏したようで、お店はまだまだすいていて、すんなりとテーブルまで案内される。

 前回同様、メニューを開いて渡した後は先に選んでもらって、悩んでいるのが何個かありそうだから注意深く観察してさり気なく椿さんが食べたかったであろうものを注文しておいた。


「ふふ、紗倉ちゃんとは好みが似てるかも。私もそれ食べたかったの」

「偶然ですね。じゃあ、届いたらちょっと分け合いっこしましょ」

「いいの?嬉しいわ…!」


 あたしが知ってて頼んだことには気付きもしない椿さんは、純粋無垢な表情で微笑む。

 笑顔を見ていて癒やされるなんて、あたしらしくもないことが平気で起きてる心の内は曝け出さずに、とりあえずこちらも笑顔を返しておいた。


「…紗倉ちゃんって、お顔が綺麗ね?」


 そこで、不意に嬉しい褒め言葉を貰った。


「でしょ〜。よく言われます」

「自分に自信があるところも素敵ね」


 なんかずっと褒めてくれる。

 デフォがそういう人格なんだろう、椿さんは常に前向きなことばかりで、ネガティブなこともポジティブに変えてくれる余裕と明るさを備えていた。

 言葉の端々から感じる強かさと聡明さは、確かに20代や30代のそれではなくて……彼女が無駄に歳を重ねてきただけじゃない大人であることを嫌でも教えてくれる。

 まさに人生の先輩って感じの椿さんを、尊敬しない訳がなくて。


「紗倉ちゃんは、理性的よね」

「……あたしが?」

「ええ。あなたに似てる人を知ってるわ。…確か年齢も同じくらいかも」


 こんなあたしに“理性的”と言ってくれたのは彼女も初めてで、未熟な恋心はさらに加速していった。

 にしても……大学生くらいの知り合いがいるんだ、椿さん。

 思わぬところで得た交友関係の情報に違和感を覚えるものの、その時は会話を優先して思考を放棄してしまった。

 ……今思えば、この時点でいつものあたしらしくない。

 ありとあらゆる可能性を踏まえて恋に挑むのが、超がつくほど打算的なあたしのやり方だってのに。

 どうしてかこの時から、椿さんに対しては思考がうまく働かずに突っ走ってしまう傾向にあった。

 理由は分からない。


 ただ、これが本当の恋ならば……今後のふたりの進展を邪魔しないための、運命にも似た何かだったんだろう。


「その人もね、紗倉ちゃんと似た感じなの。理性的で……お顔も綺麗で、とっても優しい」

「…もしかして、好きなんですか?その人のこと」

「まさか。年も離れてるし……なにより、相手がいる子だもの。そんな目で見ないわ?」


 …なるほどね。

 年下はあまり興味がないことを知っても、そんなことでめげるあたしじゃない。

 これまで、あたしみたいなやつがタイプじゃないであろう男を、幾度となく落としてきた経験から、そこら辺には自信がある。

 こういう時は焦らずじっくり。

 相手から心を開いてくれるのを待つのが、吉だ。正攻法とも言う。


「それより、そうだ…」

「ん、なんですか?」

「やっぱり、今度からうちで会わない?」


 唐突の提案に、面食らって思考が止まる。

 毎回思うけど……この人、距離感のバグがすごすぎない?心開きすぎな気もするんだけど。


「いつもいつも外食だとお金がねぇ……そんなに余裕ないのよ。恥ずかしい話なんだけど」

「あぁ……そういう」


 嬉しいけど心配だなぁと思ってた矢先に納得できる材料を貰えてホッとする。そういうことなら、家に招く理由も分かって、それに話してきた中で誰彼構わずではないんだろうことは察せた。


「奢りますよ?あたし」

「それは嫌なの。…だから、次に会うときはおうちに来てほしいな?」

「椿さんが良いならいいけど……ほんとに大丈夫?まだ会って2回目だけど」

「紗倉ちゃんならいいの。今日お話して、やっぱり良い子だって確信したから」


 屈託のない笑顔を向けられてズキンと良心は痛んだけど……そこまで信頼してもらえてることは素直に喜ぶべきだと気持ちを切り替える。


「じゃあ、お邪魔しようかな」

「ふふ……うれしいな?」


 こうして、三度目の待ち合わせは彼女の家に決定したのであった。









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