第2話「運命的な出会いの後②」
先日、運命の人と運命的な出会いを果たした。
電車の中で、あまりにも無防備に寝てるから叩き起こした女⸺皆月椿さんは、あたしが女だからっていう安心感もあったのか、出会って早々に連絡先を交換してくれた。
ただ、仕事で忙しいのか返信速度や連絡頻度はそこまで高くなくて、1日に二往復あるかないかの、他愛もないメッセージのやり取りが…かれこれ1週間。
会う約束も取り付けられないまま、続いていた。
普段なら猛アタックでガンガン誘いに誘いまくれるあたしなのに…どうしてか、彼女に対してはどう誘えばいいのか分からなくて、言葉が出てこなくて。
とりあえず「お疲れさまです」とか、そんな事ばかり送りつけては「ありがとう」と返ってくるだけの日々を送っている。
会えないならせめて……電話くらいしようと何度か誘ったものの、日中は仕事で、夜は何やら時間が取れないみたいで、それすら叶わなかった。
「はぁ……会いたすぎる…」
まだたったの1週間なのに、会えなくてこんなに悶々とするなんて、人生で初めて。
無造作だけど整えられた長い黒髪や顎の辺りまである前髪が揺れて、こちらへ振り向く椿さんを頭の中に思い浮かべて、ひとり勝手に胸を高鳴らせる。
あの人は、なんか……ザ・お姉さんって感じ。いやもはや、お母さんみを感じたかも。
年齢は多分…30代前半くらいで、年齢以上に雰囲気も話し方も大人っぽかったけど、どこか抜けてそうな感じがあって、色白で、儚げで、いやらしくない大人の色気を多分に含んでいて………顔の造形は、楓にそっくり。明確に違うのはクールな目元くらいで。目のすぐ下のほくろは楓と違って片方だけあった。あれもまた良い。
名字も同じだから、家族……いや母親にしては若すぎるし、楓は長女らしいから姉も違う。それなら親族か何かかな?と勝手に推測してるものの、聞いていいのか分からなくて聞けてない。
「あー……もう、会いに行っちゃう?悩んでんのだるいし」
誰に言うわけでもなく、ひとり呟く。
ずっとぐるぐる考えてたら、どうしようもなく会いたくなってきた。
ひとり暮らしの部屋から出かけるため、その辺に散らばった、一応洗濯はされてる服のひとつを手にとってお風呂場へ向かう。…今日は清楚系でいこう。
軽くシャワーを浴びて、着替えて、服装に合わせて化粧もして髪も整えて、完璧に準備を整えて家を出た後で、
「そういえば…家の場所も職場も知らないじゃん」
めっちゃ初歩的なことに気が付いた。
「どうしよ…」
とりあえずマンションも出ちゃったから「今、仕事中ですか?」とだけメッセージを送って駅前へ向かった。
その道の途中で、思ってたよりすぐ通知が入る。
『ちょうどお仕事終わりました!』
「…ふは、かわい」
いつもよりテンションの高い返信に愛らしさを抱きつつ、「あたしもちょうど出先で、今〇〇駅の近くにいます」と返した。
そしたら嬉しいことに、
『今日ね、時間あるの。よかったら、これからご飯でもどう?この間のお礼も兼ねて』
相手の方から、お誘いのメッセージが来た。
飛びつくように「もちろん!」と即返信して、待ち合わせの場所も決める。思いのほか近かった駅名を聞いて、さっそく電車へ乗り込んだ。
会ったらどんな風に声をかけようかな?会うのはまだ二回目で、会ってすぐの印象は大事だから…なんて、打算的な考えを巡らせて、ものの十分足らずで到着した駅で降りる。
とりあえず、明るく元気に。口が悪くならないようにだけ気を付けて……
なんて、あたしの考えは失敗に終わる。
「お姉さん仕事終わり〜?俺らさ、ちょうど今から飲み行くんだけど…一緒にどう?」
「あ…はは。これから待ち合わせなの。だからごめんなさい、若い子だけで楽しんで?」
「来るの男?デートとか?」
改札を出て、スーツ姿の椿さんらしき女性が分かりやすいナンパ男達に声を掛けられてるのを見て、
「まじ空気読めよ、だるすぎ」
予定していた明るく元気な声じゃなくて、どこまでも不機嫌で低い声が出た。
驚いてあたしの方を真っ先に見たのは椿さんで、歩み寄りながら内心「やば」と焦って、慌ててにこやかな笑顔を貼り付ける。
「お待たせしました!すみません遅れて」
「あ……だいじょう」
「え。もしかして待ち合わせてたやつってこの子?めっちゃ可愛いじゃん!」
男のひとりがあたしを見てテンション上がった様子で声を出す。それだけでもう不快で、口角がピクリと動いた。
まぁ…だけど、男の扱いには慣れてる。
「せっかくだからふたりとも俺らと」
「ははっ!行くわけないじゃん」
誘い文句は遮って、イラつく内心はひた隠しにして、作り笑顔をさらに深めて、明るく元気に男のひとりを見上げた。
「お兄さん達には悪いけど、今日はこの人とふたりで楽しみたい気分なんだよね。察してくんない?」
「え……あ、あぁ。でも…」
「またどこかで会えたら、その時は運命ってことで……付き合ってあげる。だから今日はごめんだけど、もう行くね。ばいばーい」
男達には軽やかに手を振って、さり気なく椿さんの腰に手を回して、抱き寄せるようにして歩き出す。
呆気にとられたのか男達はそれ以上しつこく追ってくることもなくて、ホッと一安心しつつ、会って早々にやらかした失態を取り返すため全力で微笑んで椿さんを見上げた。
「さ、椿さん!なに食べに…」
だけど、せっかく浮かべた笑顔は、すぐに消えた。
「紗倉ちゃん」
あたしの方を見下ろして、照れたみたいに目を細めたその顔が、あまりにも綺麗で。
表情を意識する余裕を、失くしてしまったから。
「助けてくれて、ありがとね?」
コテン、と首を傾けながら言われた感謝の言葉にも、向けられた笑顔にも、揺れた黒髪にも、椿さんの挙動ひとつで、心臓が怖いくらいに跳ねる。
「顔面……強すぎでしょ…」
思わず、口に出してしまった。
楓に似てると思ってたけど、これは……楓以上かもしれない。
どこか流し目でクールな印象の瞳が、大人びた雰囲気に合いすぎてて、透き通った黒目が揺れ動くだけで心臓に悪い。
年上の女って……えっろい…
人生で初めて、それもただ笑いかけられただけなのに、女に対して欲情みたいな下心を抱きながら…バレたらやばいと思ってごまかすために足を動かしてなんとか歩いた。
「あ。今日お酒とか飲みますか?」
「あ……お、お酒は…ちょっと。だめなの」
「?…分かりました!じゃあ、イタリアンでも食べに行きます?」
禁酒でもしてるのかな。疲れMAXの限界OLみたいな感じなのに酒に頼ってなさそうなの意外。
「イタリアンいいわね!私、大好きよ!」
好みに刺さってくれたのか、ぐっと拳を握って無邪気に喜んだ椿さんを見て、大人びた中に幼さみたいなものも感じて…その不思議な魅力に、さらに心は魅了されていった。
なんかもう……見てるだけで楽しいかも。
クールそうな見た目なのに、感情豊かなのがギャップ萌えで、コロコロ変わる表情がかわいい。
「あたし奢りますよ」
「いいよいいよ、年上だもの。ここは私が…」
「金なら腐るほどあるんで」
あたしの親はふたりとも金持ちの生まれだから、当然のようにあたしもその恩恵を受けてる。…気分はだいぶ複雑だけど、どうせ金しか与えられないから、それならありがたく使わないともったいない。
椿さんはあたしの発言に驚いた顔をして、空を仰いで何かを悩んだ後で、またこちらを向いた。
「せめて…割り勘にしない?」
「いいってば。あたし出します」
「やだ。私が出す」
しばらく、そんな感じでお互い譲らない攻防が続く。
「……はいはい、分かりました。じゃあ今日は割り勘で、次からはあたしが全部出しますね」
「え。い、嫌よ、そんなの。年下の子に奢ってもらうなんて」
「意外と頑固なんですね?」
「こう見えても、年上としてのプライドがあるもの」
そう言って胸を張って、鎖骨の辺りに手を乗せた椿さんの………でかいおっぱいをつい見つめる。
前は巨乳なんて見たら負けた気になって悔しかっただけだけど…今はむしろ、でかければでかい方がいいとさえ思うようになった。おっぱいって怖い。魅力的すぎて。
「な…なに?何か付いてる?」
「でかい脂肪がついてる」
「っや、やだ。そ…そんなに、太ってるかしら」
そういうつもりで言ったんじゃないのに、心配になったのか自分のお腹や胸の辺りをペタペタ触りだす姿を見て、面白くて吹き出すように笑った。
「椿さんって、まじかわいい」
「な……お、大人をからかうものじゃないわよ?」
ムッとした顔でさえかわいい。
「ま、とにかく。はやく食べに行きません?」
「ええ、そうね。行きましょ!お腹すいちゃった」
「ちょうどここら辺にいいとこあるんですよ。まじオススメだから、そこ案内しますね?」
「ありがとう〜!たのしみ」
あたしも、たのしみ。
ふたりしてワクワクした歩調で、オススメのイタリアンレストランへと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます