愛を教えて、椿さん
小坂あと
第1話「運命的な出会いの後」
あたしは、男好きだった。
だからこれまで、本当に色んな男と遊んできた。もちろんそれに伴って様々なプレイのセックスもした。避妊だけは欠かさずに。
そんな…身も心も言葉遣いも汚いあたしが、とある出来事を経て男に興味を失くして、失恋もして、頭の中をおっぱいと女の事で満たすようになっていた、ある日。
「お姉さん、起きて」
電車の中で、疲れすぎていたのか無防備にも赤の他人である男の肩にもたれかかって爆睡していた美女⸺
彼女はあたしの友達で巨乳女⸺
だから、つい…出会って数秒だというのに連絡先を聞いてしまった。
そしたらなんと、無警戒なことに椿さんは快く連絡先を交換してくれた。さすがに心配になったから、危ないですよと忠告だけはしておいた。…まぁ結局、連絡先はありがたくゲットしたんだけど。
これはその運命的な出会いの、すぐ後の話。
「あたし、紗倉桃です」
「私は皆月…」
「言わなくても知ってる」
「え?」
「その首のやつ。…危ないから、しまっといた方がいいですよ?」
「あ…わ、忘れてた。ごめんなさい、ありがとう」
まずはお互いに軽く自己紹介して、ついでに重ねて忠告したら、椿さんは少し焦った様子で首にかけていた社員証を鞄の中へしまっていた。
「椿さん、まだ寝ます?」
「え?」
「いや疲れてそうだから…降りる駅まで寝るなら肩貸しますよ」
「い、いいの?」
「うん。枕代わりにしていいよ、ほら」
他のやつの体にもたれ掛かって寝るのはなんとなく許せなかったのとシンプルに危ないと思って自分の肩を軽く叩いて提案したら、椿さんは素直にあたしの肩に頭を置いた。
うわ……この人、体温高い。あったかい。
金木犀みたいに甘い、大人の女の香りもするし…なんか、不思議な気分になってくる。変に、落ち着く感じ。
「ごめんなさいね、初対面なのに」
「いーえ。…おやすみ」
「ん、おやすみ、なさい…」
やっぱり疲れてたのか、すぐにこっくりと寝始めた警戒も何もない姿を見て、少し心配になった。
これあたしじゃなかったら……普通に痴漢とかされてたかも。
危なっかしい人だな。
こんなにも無防備で……美人なのに、大丈夫かな。
ぼんやりと心配しながら、なんだか肩から伝わる体温の影響で心が穏やかになって、なりすぎて、気が付けばあたしの意識も朧げになってきた。
起こさなきゃ、いけないのに…
そういえば降りる駅……聞いて…ない…
椿さんの頭に自分の頭を乗せたまま、あたしは抗いがたい睡魔に負けて目を閉じてしまった。
「起きて」
体が揺れる。
「ね、ねえ、起きて?」
うっすらと目を覚ましたら、電車はすっかり停まっていた。それなのに、揺れている感覚がする。
なんでだろ…?と疑問を抱いて傾いていた体を元に戻したら、
「ご…ごめんなさい、あのね?」
眉を垂らした綺麗な女の顔が、視界に入った。
「電車……乗り過ごしちゃったみたいなの」
「は?」
起きてすぐ説明されて、驚いて周りを見回した。
窓の外はもう夕方から夜へと色を変えていて、見覚えのない駅の景色が続く。人もそんなに残ってないみたいだった。
とりあえず電車が動き出す前に訳も分からないままふたりでホームへ降りて、真っ先に駅名を確認して、ギリギリ市内で留まっていた事にホッとする。
でも、やらかした。
「はぁ、すみません…起こそうと思ってたのに」
「いやいや、私こそごめんなさい。つい甘えて……この後の予定とかは大丈夫?」
「あたしは家に帰るだけなんで。…椿さんは?」
「私もちょうど家に帰るところだったから…」
「それならよかった。じゃあ、せっかくなんで乗る駅のホームまで送っていきますよ」
「え?い、いいわよ?そんなわざわざ」
「きっと慣れない駅で不安でしょ?」
「そ…れは、そうだけど」
「ほら、行くよ」
失態を取り返したかった気持ちと、純粋な心配から、戸惑う椿さんに声をかけて一旦はホームから出るため階段を登っていった。
「さ、紗倉ちゃん…」
「ん?なに」
「パンツ……見えてるわよ?」
「あー…それ見せパン。見ていいよ」
あたしの後に続いてきた椿さんに言われた事も気にせず、歩みを進める。……本当は全然普通の下着だったけど、このあたしが今さらそんくらいで動じるわけがない。
そんな貞操観念とかがとち狂ってるあたしと違って正常な意識を持ってるらしい椿さんは、階段にいる間ずっと持っていた鞄でお尻の辺りを隠してくれていた。
…別にいいのに、パンツくらい。
なんならその中身を見られたって、どうだっていい。
恥じらうほど、純情じゃないから。
まぁ、あたしのなんて見ても汚いだけだから、そういう意味では隠したいけど。
「椿さん、何線?」
「あ、えっと…」
階段から拓けた場所に出て、電子掲示板の前で互いの目的の駅を確認していく。思いのほか、椿さんはあたしの住む駅からそう遠くない駅の近所に住んでるらしかった。
たまたま乗る電車も一緒だったから、そのままふたりで移動して、時間まで待つ。…あと10分くらいか、長いな。
「……この距離ならタクシーで帰ってもいいですけど、一緒に乗っていきます?」
「え、えぇ?けっこう距離あるわよ?料金もけっこうしちゃうんじゃ…」
「どうせ数千円…いって1万とかでしょ?安いですよ意外と」
「お金、そんなに持ってきてないから……あと数千円は高くないかしら…?」
「あたし出しますよ」
「いや、大丈夫。もう色々してもらったもの。私は電車で帰るわね」
「そっか……じゃあ、あたしも電車で帰ろ」
謙虚な椿さんを見習って、おとなしく待つことにした。
駅のホームで、ふたり。
初対面で沈黙も続いてけど、お互い黙っていても気まずくはない雰囲気の中、あっという間に時間は過ぎた。椿さんは途中で一生懸命慣れない手つきで誰かにメッセージを送っていた。…彼氏とかかな。
数分して目の前で止まった扉が開いて乗り込んで、時間も時間だからか車内は空いてたから、ラッキーとそばの席へ座る。一番端は、椿さんのために空けておいた。
察しの良い椿さんはそのスペースに腰を下ろして、にっこり微笑みながらあたしの方を向く。
「何から何まで…ありがとう。気遣い屋さんなのね」
「そうなんです、気が遣えるでしょ?」
「ふふ。とってもね」
あたしもにこにこ笑顔を返したら、相手は面白いと思ってくれたのか僅かに砕けた笑顔を見せてくれた。
「…今度は、紗倉ちゃんが寝てていいわよ?」
「ん?」
「さっきのお返し。ほら」
何を思ったのか、電車が走り出したタイミングで頭を抱き寄せられて、骨ばってるのに柔らかな肩にこめかみが当たった。
いいよ、そんなこと…
そう、言おうとしたのに。
「あ…れ……」
カクン、と。
眠くもなかったはずの頭が落ちて、意識も一緒に暗闇へと落ちていった。
「おやすみ」
眠る直前、大人で優しい声色が鼓膜を触った。
…お母さん、みたい。
自分のじゃなくて、世間一般で言われる、母親みたいだと。
どうしてかそんな事を過ぎらせながら眠りについたあたしはその後、最寄りの駅に着いて起こされるまで、目覚めることはなかった。
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