第230話 第一村人

 レイが幾つかの作戦を組み立てるために思考を働かせている。しかし思いつくものはそれほど多くなく。また良い案というわけでもない。完璧な作戦など存在はしないが、それでも成功率が高く信頼性の高い作戦というのはある。今、思いついたものすべてがどこかで大きな欠点を抱えている。

 迂回して目の前の地下都市を無視してこの場から逃げる方法を考えてはみたものの、やはり地下都市を無視することができない。明らかに危険なこの場所で情報を集め、どうにかして脱出するための算段を立てるしかないだろう。

 灰色や白が混じった壁がこの広大な地下空間を囲っている。現在、レイのいる場所は壁から突き出るようにして存在する出入口だ。高い場所にいることもあって目の前に広がる街並みが見える。

 レイの目の前には別の建築物へと入る扉がある。少し傾斜になっており、恐らくこの建造物を通って、今見えている巨大な地下都市へと入ることになるだろう。幸い、通路が透明になっているため外からどのようにして道が通じているのかが分かる。

 レイが見える範囲からでは、目の前の扉を入ると縦と長く奥行が広く、横幅は狭いという少し歪な建物に入ることになるのだろう。その建物の傍には幾つかの建築物が立ち並び、幾つかは直接建物の壁にめり込むようにして合体している。

 レイのいるような透明な通路で建築物同士が繋がっているというのはあまりないのかもしれない。ともかく、レイに残された道は目の前の扉を通り抜け、ただ進むことのみ。

 回りを取り囲む透明の建築物を壊して外に出ても良いが、何があるか分からない。外の環境が人体にとって有害な物質に満たされている可能性がある。それとは別に、この地下都市はまだ自動修復機構が活きている。まだ灯る電燈や動き機械類を見れば分かる。

 一定の周期で整備されているはずだ。

 そして自動修復機構が活きている場合、防犯システムまだ稼働している可能性が高い。通路を壊したり、無理に発砲した時に何が起こるか分かったものじゃない。少なくとも、自動修復機構が完全に活きている場所ということは遺跡の中心部と同じであるということだ。

 多少の違いこそあるのかもしれないが、条件だけ見れば同じ。もし少しでも間違えばその時点でレイは死ぬ。いくらレイでも旧時代製の防犯装置に対抗する術を持たない。

 今までレイは多種多様な機械型モンスターと戦ってきたが、それらはほぼすべてが店の防犯設備が不具合を起こして暴れてしまった個体であったり、警備システムの中でも危険度の低い相手に対処するために用意された機械型モンスターが集団でエラーが生じてしまった末の個体たちだ。

 遺跡に残っている本当の警備システムとレイはまだ相対していない。すべてが不具合を起こしていたり、単純に質が低かったりなど。加えて自動修復機構が活きている場所ではないので何百年と点検を無しに稼働し続けた機械型モンスターが相手だった。

 しかし遺跡の中心部で戦うことになる警備システムはそんな生易しいものじゃない。常に整備され、旧時代製の潤沢な装備を有し、量も多い。レイが相手して勝てるような相手じゃないことだけは確かだ。そしてこの地下都市にも遺跡の中心部と同じような警備システムが残っている可能性が高い。

 あまり下手な行動はできない。無駄に発砲したり、建物の中に入ったりといった不用心な行動は無しだ。もとよりレイにはする気など無く、したことも無いが、もしかしたら、ということもある。

 十分に警戒して損はないだろう。

 

「…………」


 もしもの時の、最終手段としてレイが散弾銃を構える。そして目の前にある扉に向かって歩き出す。レイが扉に近づくと、扉が勝手に開く。自動ドアだ。何もおかしなことでは無いのだが、遺跡においてはおかしなことだ。

 

(やっぱりか)


 自動ドアがまだ稼働しているということは都市機能がまだ活きているということだ。つまり警備システムが旧時代のまま残っているということ。予想はできていたが、あまり当たって欲しくはなかった。

 レイは注意深く、何らかのセンサー類に気おつけながら扉を潜った。


「…………」


 立ち止まる。

 扉の先には一本の長い道が続いていた。

 横に狭いその空間の両脇には、夥しいほどの数のロッカーが立ち並んでいた。おかしな光景ではないものの、少し警戒してしまう景色だ。レイは通路を進む際に、横目でロッカーを見る。

 取っ手の辺りにホログラムが浮かび上がっており、恐らく暗証番号を記入するであろう文字盤が表示されていた。その隣には文字化けした名前のようなものが記載されている。

 そして、そのようなロッカーは両脇に立ち並ぶものすべてに同じようあった。

 少し異質だ。しかし異質なだけでおかしなわけではない。レイはゆっくりと進み通路の奥を目指す。長い通路の奥に目を向けてみるとあるのは先に通って来た扉と同じような扉だ。

 左右のロッカーを横目で確認しながら扉に近づけ、目の前まで来る。すると扉は勝手に開き、すぐ先の光景が見えるようになる。


(しょ……いやこれは違うか)


 レイが最初にいた通路から扉を二個通り抜けてここまで来た。とすると、外から確認できる限りで建造物から建造物へとまた移動したことになる。実際、扉の先に広がる光景は今までと違う。 

 天井も奥行きも横幅もすべて。内装も大きく変わっている。

 縦に長い三階建ての空間だ。階層ごとに区切られている訳では無く、中央に吹き抜けの空間があり、建物の端を取り囲むように通路が設置されている。それが三階分。そして通路に脇には壁をくり抜いて作ったような部屋がある。とても小さな部屋で体を横にしたら頭と足が着くほどに奥行が狭く、横幅も机などが置いてあるために狭くなっている。部屋の内部は透明の建築素材で外から見えるようになっており、レイはそれらの部屋の中を見ながら歩く。

 部屋の中にはトイレが無いもの、机が無いもの、ベットがないもの、内装は様々だ。しかし部屋の大きさ自体は一律に揃えられている。この部屋が通路に接するように等間隔で並べられている。

 一階部分から三階部分まで、恐らく300個ほどの部屋がこの建物にある。ロッカーが幾つも続く前の部屋と同じく、異質な建物だ。レイは一つずつ、部屋を確かめていく。

 何もないかもしれないが、何かがあるかもしれない。その可能性に賭けてくまなく探す。すると、レイはある部屋に一つに異常を発見した。


(骨……人間のか?)


 二階の148号と書かれた札が貼り付けられた部屋に骨が残っている。ベットが壁に立てかけられるようにして置いてあり、机は無くトイレは無い部屋の中心に骨が転がっている。

 レイのいる場所からでは人間の骨だと断定することはできない。部屋に落ちているのは脚のどこかの骨だ。それととは別に細長いのが一つと細かいのが幾つか。どれもが朽ちかけていて保存状態は悪い。

 完全な状態だったのならばレイでも分かったかもしれないが、これでは無理だ。哺乳類のだとは分かるが、それ以上は断定することができない。だが恐らく人間のだろう。確信は無いが。


「…………」


 レイが骨からベットへと視線を移す。

 部屋の中にある以上は骨だけではない。壁に立てかけられたベットの足に義手と義足がかかっている。恐らく、右足と右手だ。こちらは旧時代製の装備ということもあって朽ちている様子は無く、旧時代の時のままの輝くを有している。

 それでも、よく見れば細かい傷が多くついており、長年愛用されたか戦場を共にしたのだと分かる。できれば手に取ってみて確認したいものばかりだ。しかし透明の壁を越えて行けるはずも無く、また何らかの警報装置が鳴ってしまうかもしれない。

 レイは部屋の中を見て、異常がそれだけだと分かると次の場所へと歩き出す。しかし、それ以降、この部屋に特筆して重要な物はなくレイは一階部分まで来る。そしてまた、一つだけ残っている扉まで近づく。この扉は今までのもとは違って、両開きの広い扉で、自動ドアでは無かった。

 レイは罠や警報装置に注意しながら扉の片方を開けていく。

 するとレイの視界に光が差し込んだ。


(人工太陽か……)


 扉を開けた先は広場だった。砂と土が混ざったような地面が広がる殺風景な場所で、空には人工太陽が輝いている。

 一体何のための施設なのか、レイの中でその疑問が浮かび上がる。

 跳ね上げ扉から地下へと降りて、映像出力装置を見た。残されていた不可解な映像。そして地上へと帰る道は無くなっていた。仕方なく進んでみればロッカーが立ち並ぶ部屋であったり同じような部屋が存在する空間であったりと疑問が残る。

 しかしこれだけ情報があればある程度の予測は導けそうである。

 まず第一に、部屋に残っていた骨―――。


「ここに人がいるなんて初めてだよ」


 突然、レイの背後から男の声がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る