第231話 遭遇
背後からの声にレイが飛び起きるように振り向いた。開けた視界。人工太陽に照らされた地面に一人の男が立っていた。質のよいコートのようなものを着ていて、どことなく金持ちに見える風体の男だ。
強化服は着ていない。自動修復機構が活きている遺跡内だというのに。あるいは、レイには見えないだけでコートの下に簡易型強化服を着ているかもしれない。それか身体拡張者か。
体に入れた機械や液体によっては強化服が上手く作動しなくなる場合もある。そうした場合は強化服を着ずに生身で戦うことになる。目の前の男がそうである可能性は十分にある。
レイがこれまで背後に立たれながら気がつけなかったのはこれで二度目。一度目はNAK社の施設で会った女性で、いた事や消えたことすらも気が付くことができなかった。そして今回、レイは通常よりも警戒していた。場所が場所だ。何が起こるかは分からない。前や横だけでは無く背後にも注意を払い進んでいた。それにここは広場。視界を遮るものは何もない。
レイはこの空間に来た時に最初、周りを見渡したはずだ。しかしその時はいなかった。気配や痕跡すらも残っていなかった。いつどこで背後に立ったのか、レイが思考を巡らせるよりも早く、男は口を開く。
「君はテイカーかな。どうやってこんな場所まで入って来たんだい?」
「…………」
「じゃあ別の質問。君は……そうだね。ハヤサカ技術研究所って知ってるかな。今絶賛、人を募集中なんだ。君なんて特に、そう、あれだな、特殊だから協力してくれたら力になると思うんだ。どうだい?」
「…………」
質問には答えない。ただMAD4Cを男に向けるだけだ。
「おっと撃たないでくれよ。君も気が付いているとは思うけど、この都市はただの都市じゃないだろ。
男の話がどこまで信用できるのかは不明だが、言っていることは正しい。自動修復機構が活きている遺跡で発砲などすれば何が起こるかは分からない。レイもすでに気が付いていたことだ。
そして可能性の高い予測であることも理解している。故に引き金を引くことができない。だがあくまでもそれは『できるだけ使わない』というだけだ。警備システムを起動してでも、銃を使わなければレイが死ぬ、相手を殺せない状況人になれば後先考えずに引き金を引くことだって視野に入れている。
男の言葉はレイの行動をある程度縛ることができるかもしれないが、拘束できる限界というのは明確に決まっている。その気になれば引き金を引くという覚悟。相手にもそれが伝わったのか両手の手のひらをレイに向けて止まるように言う。
「ああ!当然。僕の話が嘘だと断じて、引き金を引いてくれても構わない。どうするかは君次第。……だけど。頭の良さそうな君ならばそんなことはしないと祈ってるよ。それに今君がここで引き金を引く理由が無いだろ?僕はまだ君に危害を加えてはいないし、敵だとは限らない。まずは一旦落ち着こう。こんなところに突然来て焦っているのか知らないけど、僕なら君の助けになれるかもしれないよ」
レイは男の散弾銃を向けたまま男の話について少しばかり思考を巡らせる。そしてレイが結論を出すと、男に向けていた散弾銃の銃口を降ろす。
「お。やはり君はかしこ―――」
男が喋り始めた瞬間にレイが走り出して距離を詰める。レイが銃口を降ろすのと同時に、また男はレイが考えている時わずかに体の位置をずらしていた。それに何の意味があるのかは分からない。男は動くと共に手に持っていた通信端末を触る素振りを見せた。
その瞬間にレイは敵を仕留めると決めた。最優先は敵の無力化。しかし上手くいかなければ最悪殺すことになるだろう。
ただ警備システムのことも考えてレイは散弾銃は使わずに己が肉体だけで敵を無力化することにした。銃は使えなくとも拳は使える。乱闘程度であったら警備システムも見逃してくれるだろう。
男の距離を一瞬で詰めたレイが拳を握る。それと同時に男は僅かに身を後ろに傾け、そしてレイに懐から抜いた拳銃を向けた。レイが銃を使わないからといって、男も使わないとは限らない。
警備システムを起動させることは嫌がるのは当然だが、男もレイと同じように危機的状況に陥れば容赦なく使う。しかしレイは心のどこかで敵が銃を使わないものだと考えて思考を組み立てていた。
咄嗟に向けられた拳銃。レイは強化服を着ているため負傷する可能性は低いが、男の手に握られている拳銃は今までに見たことが無い種類のもの。何があるか分からない。
そしてレイが相手との距離を完全に詰めるよりも早く、男は拳銃の引き金を引く。
(空砲―――)
弾丸は撃ち出されない。代わりに空気が漏れるような音が響いた。不発という言葉が脳裏に過る、しかし次の瞬間に巨大なハンマーに体全体を叩かれたかのような衝撃が走ると、すぐに違うと分かる。
空中を吹き飛ばされながらレイは男の持つ拳銃を見た。あれは空砲。文字通り空気を圧縮して撃ち出す拳銃だ。これほどの威力があるものは初めてみたが、確かにああいった拳銃はある。
敵を殺すのではなく、あくまでも距離を離すためのもの。あるいは指定の場所まで飛ばすためのもの。護身用。使用する用途は限られる。そしてレイは吹き飛ばされて空中にいる時、男の持つ拳銃から逆の手で握り締めた通信端末へと目を向けた。
よく見ると通信端末ではない。何か細長い機会。
そう、スイッチのようなものに見えた。
「いい判断だ。だけど少し、僕の方が物知りだ」
男はそう言って笑うと手に持ったスイッチを押し込む。それと同時にレイも着地して男との距離を詰めようとするが、突如として目の前に現れた障害物によって立ち止まることしかできなくなる。
レイのいる場所の地面を割って全体的に丸い一体の機械型モンスターが姿を現す。まるで子供が遊ぶロボットのような見た目の人型の機械型モンスターであり、レイの方を向いていた。
機械型モンスターの股下を見るとその奥に男の姿が見え、今まさに奥の部屋へと繋がる扉へと歩き出していた。レイが追いかけようとしても目の前には障害物がある。そして機械型モンスターはレイを見て、恐らく標的にしている。
男の元まで行くにはこのモンスターを処理しなければならない。
レイが散弾銃を広い上げる。それと同時に広場ではアナウンスが流れた。
『ラウンドA。重火器の使用を許可。参加者は広場の中央に、3秒後に開始いたします』
アナウンスが流れた三秒後。男が奥の部屋へと移動してしまった後。機械型モンスターがレイに向けて動き出した。
レイは一瞬、後ろにある扉まで逃げて一旦退避することも考えた。しかしロックが掛かっている可能性を考慮し、また移動するために結局のところこの部屋を経由しなければならない。
そうすれば必ずこの機械型モンスターと戦うことになる。
どうせ戦う敵だ。処理するのならば今。男が逃げる前に仕留めきる。
機械型モンスターがゆっくりと歩いてレイとの距離を詰める。そしてレイも同じく、機械型モンスターの元まで駆け抜ける。図体の大きさから敵の方が先にレイの元まで攻撃が届く。
怠慢な動きで腕を振りあげる。そしてレイのいる場所に向かって振り下ろすがレイにとっては容易に避けられるものだった。反って、振りかぶった腕が地面にめり込むのと同時にレイは腕の上に登って頭部の方まで駆け上がる。
機械型モンスターは抵抗する素振りを見せたもののレイは一瞬で眼前まで移動した。
そして機械型モンスターの肩に乗ったレイは至近距離からMAD4Cを連続で射撃した。モンスターの装甲は分厚く無く、そして硬くも無い。MAD4Cに込められていたすべての弾丸を使い切った時、機械型モンスターの頭部ははじけ飛び、降りるついでにレイは胸に残った一発の弾丸を撃ちこんで完全に破壊した。
『ラウンドA終了。次、ラウンドBは3分後です』
機械型モンスターの討伐と共にアナウンスが流れる。しかしレイは気にせずに奥に向かって走り込み、扉をこじ開けた。
「遅かったか」
扉の先に男の姿は無かった。
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