第229話 隔離

 レイが天井を見上げたまま茫然とする。扉の先には外が広がっているはずだった。しかし見えてるのは茶色い土のみ。一瞬、レイは来た道を戻り間違えたのかとも思ったが、すぐにその考えを否定する。

 レイは扉を二つ潜っただけ。その中に別の場所へと通じる扉は無く、あったのは地下へと続く階段ぐらいなものだ。どういったってレイが来た道を間違えるはずが無い。

 だから、今レイがいる部屋は確かに最初に来た部屋のはずだ。壁の剥げた塗装や地面に降り積もる埃。すべてが記憶の中にある。そして記憶の中にあり、この部屋が最初に来た部屋だと分かってしまうからこそ戸惑う。

 絶対に、天井に取り付けられた跳ね上げ扉は地上へと繋がっていたはず。しかし現実は違う。破壊された扉の先には土が見えるだけ。理解できない。というより理解することを本能が拒んでいる。

 

「…………」


 レイは部屋の片隅に立てかけられて置いてあった脚立を持ち上げると跳ね上げ扉の下で展開する。装備同士が当たる音を僅かに響かせながらレイが脚立を上り、跳ね上げ扉に手が触れられる位置まで来る。

 近くで見ると扉の周りには散弾銃の弾丸がめり込んでいた。むき出しの土も同じだ。削れて、その奥に銀色の弾丸が見える。レイは同じく部屋に置いてあった棒を手に取って扉の先に詰まった土を削る。

 もしかしたら荒野で砂嵐でも起こって扉の上に砂が積み重なってしまったのかもしれない。そういう可能性があるからだ。


「……くそ」

 

 だが淡い期待だ。荒野に体積した砂はこんなにも湿っていないし茶色じゃない。というより土ではない。

 いくら掘り進めようとも上に広がる光景は変わらない。茶色い土が永遠に続いているだけだ。


「……はあ」


 なぜ、入って来たはずの扉の先に地上では無く土が見えるのか、その疑問は一旦頭の片隅にしまって別のことを考える。現状、レイはこの謎の地下空間に閉じ込められたことになる。

 食料は無く、あまり悠長に時間を無駄にしてはいられない。幸い、地下空間に入るということで装備は十全に整えている。モンスターへの対処能力はあり、殺すことで打開できる想定外には対応することができる。

 つまり、現状心配なのは食料面の問題だ。この問題を解決するためにはいち早くこの地下空間から逃げることが必要になる。


(まずは知らないとどうにもならないか)


 地下空間から逃げるといっても、現在位置が不明で何故ここに閉じ込められてしまったのかが不明な状態だ。圧倒的に情報が足らない。レイがいくら頭が良くて少ない情報から正確な予測を立てられるとは言っても、ここまで情報が不足していればどうしようもない。

 まずは探索し、情報を集め、現状を把握しなければならない。そうすればここから脱出する算段が立つはずだ。


「……繋がらないか」


 通信端末は起動こそするものの主要な機能が作動していない。現在位置は不明となっており、誰かに連絡することもできない。仕方ない。次は自分の足を使って情報を集めなければならないだろう。

 レイは脚立をそのままに歩き出す。扉を抜けて、映像出力装置があった部屋の前まで来る。少し前に嫌な出来事があった場所だが、気にしても仕方が無いので、レイは扉を蹴り開けて中に入る。

 そして食料や現在位置を表す目印などの役立つものがないか探し始める。ベットをひっくり返し、棚を漁るその姿はまさに強盗といった感じだが、状況が状況なので仕方が無い。

 それに遺跡だ。何をしようと自己責任。

 レイは部屋の隅から隅まで、壁の塗装の裏に至るまで貪欲に探す。しかし、これといった情報は見つからない。部屋をあらかた探した後、レイは一度だけ天井を見上げてため息をく。

 もとよりこの程度探しただけで有効な手立てが得られるとは思っていない。ただ無意識の内に期待はしてしまう。この先行きが不透明な状況ならば尚更だ。勝手に期待して、勝手に裏切られただけ。レイは一度だけため息をいてすぐに意識を切り替える。

 踵を返し、部屋の外に出る。こうなると残っている選択肢は一つしかない。右側には扉があるものの、その先は分かり切っている。左には長く下まで続いている階段がある。

 探索しておらず可能性があるのは当然、階段の方だ。レイは注意深く警戒しながら階段を見る。長い階段だ。途中で折れ曲がって先が見えない。天井部分に埋め込まれた間接照明が僅かに床を照らす、そんな地下階段。

 行くしかないだろう。

 万が一に備えて散弾銃『MAD4C』や拳銃、強化服『エニグマ』の動作確認を済ませる。すべてが終わり、準備が完了するとレイは地下への階段へと足を踏み入れた。静かな階段。レイは足音を立てないからさらに静かだ。

 ゆっくりと長い階段を下り、降りていく。突き当りに差し掛かると十分に警戒しながら曲がる。見えて来たのは少し下った場所にある縦に長い扉だ。レイは慎重に扉の元まで足を運ばせると、取っ手を握り締めて横に引っ張る。すると扉は横にスライドして開かれる。

 その瞬間、視界が開けた。そして光が目に入って来る。


(これは……地下都市か)


 扉の先に広がっていたのは大規模な都市空間。天井は高く、ドーム状になっている。中には幾つかのビル群と商業施設のような建物。そして住宅のようなものがあり、それらすべてがところ狭しと並べられ。また、それらすべての建物は一つの建造物として繋がっているような作りをしていた。ある場所では透明の通路が建物と建物同士をつなぎ、ある場所では、建物と建物をまた一つの壁が取り囲み一つの建物のようになっている。現在、レイがいる場所も建築物と建築物を繋ぐ透明な通路だ。

 先ほどまでいた幾つかの部屋があった場所から別の建造物へと移る透明の通路。高い場所にあり、都市を上から見渡すことができた。

 今レイがいる場所を含めて地下都市全体が一つの建築物。

 レイはその実態を知らないが、そう思えた。


「どこに隠れてたんだこんなの」


 あまりにも広大な空間だ。何かの拍子に気が付いてもおかしくはない。体感ではあまり深い場所にないような気もするし、僅かばかりに建築物の方から音が鳴っている。

 高性能な音波探知や熱源探知で場所が割れてしまう可能性があったのに、レイの目の前に見える都市は人の侵入が無いように感じられる。何らかの妨害機能があるのか、それともただ単純に探知する機会が無かったのかは分からない。

 ただ。レイにとってみればそれらすべてはどうでも良い。

 初めてこの都市を見た時、レイは全身の毛が逆立つのを感じた。瞳孔が広くなり、無意識の内に手先に力が入る。恐怖ではない。だとすると未知への興奮か。いや違う。

 それらすべてがレイの心情を表すのに足りていない。


(……やばいかもしれない、か)


 これは畏怖に近い。

 見たら分かる。この地下都市の自動修復機構が完全に活きていて、旧時代の時の状態を保っていることぐらい。塗装され直したばかりの壁面。動く小型の運搬ロボット。

 すべが円滑に都市の中で機能し動いている。

 美しさすら感じるほどに整っている。


「…………」


 初めて見たと、そう思えた。旧時代の頃を保ったままの遺跡はそう多くない。というより無いと言ってもよいだろう。故にレイがそうした遺跡を見たことが無く、完全ではないものの旧時代の頃を色濃く残した目の前の都市は新鮮に映るものだった。

 

(時間が無いな)


 だがレイはそれらの光景に長く目を奪われることは無く、すぐに思考を切り替える。残された時間はそう多くない。しかし目の前にはいくらでも憶測や予測を立てることができる情報の塊がある。

 まずはこれからどう行動していくか、レイは思考を巡らせた。

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