第228話 新しい世界

 荒野で偶然に見つけた地下空間への入口へとレイが飛び込む。何らかの防衛装置が仕掛けられているということは無く、レイは地上から見えていた部分に音も無く着地する。

 すぐに周りを見渡して危険は無いか確かめる。部屋の壁に塗られた塗装は長い時間の中で劣化したのか、灰色の建築素材が見えている。床はしっかりとしていて、底が抜ける心配は無いように思える。壁には一つの脚立が立て掛けてあった。何度か足を踏み出して、足場の確認を行うとレイは、部屋に存在するたった一つの扉へと近づく。

 だがその前に天井を見上げ、床に落ちていた長い棒を器用に使って自分が降りて来た吹き上げ扉を閉じる。開けたまま他のテイカーにこの場所が露呈してしまっては、せっかく発見した意味がない。とは言いつつ、閉じただけで完璧に隠すことができたわけではないが、もうこれは仕方が無いだろう。閉じた時に砂がかかるよう細工はしたし、最大限努力はした。これで突き止められてしまったら運が悪いだけだ。レイがこの地下へと続く扉を見つけた時と同じように隠しても仕方が無い見つけ方だ。この短時間、限られた物資の中では対策の仕様が無い。

 レイは扉がしっかりと閉まったのを確認すると前を向いて歩き出す。部屋にある扉は一つだけ、少し錆びた銀色のものだ。扉には窪みがあり、そこに指をかけられるようになっている。

 レイは取っ手のような場所を握り締めて扉を前に押したり、引いたり、しかし開かない。ガタガタよ揺れ動くものの重厚感のある扉は開かない。だがすぐに、レイは気が付く。そして取っ手を右側に押し込み、あるいは引っ張り扉をスライドさせて開く。

 

(珍しいな)


 遺跡にある扉のほとんどが引き戸か押戸だ。横にスライドさせて開く扉は自動扉を除いて無い。そしてスライドさせる扉ならば見ただけで分かる。壁に取り囲まれたこの部屋でわざわざスライド式の扉が用意されているとは思ってもいなかった。

 施設全体がスライド式の扉なのか、それともこの扉だけがそうなのかは進んでみれば分かる。レイは扉を開けて先へと進む。レイが次に足を踏み入れたのは最初の部屋と同じような、塗装が剥げた壁に取り囲まれた狭い部屋だ。家具は無く、床には建築素材が転がっている。

 音はしない。とても静かな空間だ。部屋には同じように扉がついている。レイは扉へと近づき、窪んだ場所にある取っ手を握り締める。引き戸でも押戸でもない。レイは扉を横に引っ張ってスライドさせた。

 扉は開き。先の光景が見えてくる。今回は先ほどと違って、少し光景が異なる。人が四人は入れるぐらいのとても狭い空間が広がっており、一つの扉とさらに下層へと続く階段がある。

 

(…………)


 どちらから先に行けば良いか。考える間でもなく扉の先を見た方が良いのだと分かる。何があるか分からない。遺物があるかもしれないし、モンスターがいるかもしれない。もしこのまま下層に行ってしまったらこの扉の先を探索する時間が無くなるかもしれない。モンスターがいれば、背後から攻撃される可能性がある。

 未探索場所は潰してく。テイカーとして養った基本的な思考回路だ。レイは扉に手をかけて、スライドさせて開ける。扉の先に広がっていたのは無機質な空間では無く、どこか生活感の溢れる部屋だった。

 部屋の中心には大きめのベットが一つ。その脇には衣服類をかける棚がある。そしてベットからちょうど見やすい部分にホログラムを出力するであろう映像出力装置が置いてある。生活感溢れる部屋だ。少し前まで人が住んでいたかのような。厳密には二人の男女が住んでいた痕跡。

 微かにその光景が浮かび上がるほど色濃く人がいた痕跡が残っている。

 しかし、床やベットの上に降り積もった埃や朽ちた小物類。少し荒れた後。人がこの部屋にいたのはもう何十、何百も前のものだと分かる痕跡も同時に残っていた。レイは部屋の中を一周見渡して一つのものに目を向ける。

 それはホログラムを映し出すであろう映像出力装置。レイの生きている時代にも同じような設備が量産されて、中には旧時代製のものと同じ性能を持つものもある。しかし旧時代製のものは単なる映像出力装置としての価値だけでは無く、旧時代の映像を出力することができ、また保存している可能性がある、という付加価値がある。というより、そちらが映像出力装置の価値のほぼすべてを占めている。

 旧時代の映像を映し出すことができれば当時の生活状況や装置の運用方法。技術の仕組み。物の動きなどを確認することができる。技術的な面でも学術的な面でも大きな素材となり得る。

 故に、映像出力装置は高値が付く。まだ動くものならば尚更だ。

 レイが部屋の中に注意深く足を踏み入れ細長い映像出力装置に手を振れる。埃が被っていてボタンが良く見えない。レイはゆっくりと埃を払って確認する。しかし埃を払うことができない。というより、映像出力装置の全体に降り積もっているように見えるこれは埃じゃない。

 元の柄だ。映像出力装置に塗装された姿だ。埃が降り積もってこの模様、形、凹凸があったわけじゃない。映像出力装置はもともと埃が被ったかのように塗装されていた。


(なんだこれ)


 塗装のせいでどこにボタンがあるのか、どこに起動する凹凸があるのか分からない。

 強化服用の手袋をしているため感触が曖昧だ。少し危険だがレイは手袋を外して確かめてみる。右手の手袋を外し、ゆっくりと映像出力装置に触れた。その瞬間、映像出力装置の全体に塗装されていた埃の模様が消える。

 レイが塗装されていると思っていた埃の模様はどうやら、映像出力装置が映し出していただったようだ。レイが右手で触れると同時に、映像出力装置を包み込んでいた埃の模様は消え失せ、ボタンの配置が見えるようになる。 

 何が起こるか分からないが、レイは取り合えず映像出力装置を起動する。 

 ボタンを触る。すると映像出力装置の角が淡く青色に光った。そして直後、暗い部屋にホログラムが映し出される。白い画面。だが中心に一つだけ文字列が映し出されてる。

 左から。日付、名前らしきもの、題名。と続いている。文字化けして正確には判断できないが、恐らく何かの映像を保存したもの。そして日付だけは文字化けしておらず、正確に見えた。

 

(84……?)


 日付が新しい。百年ほど前だが、遺跡の存在を考えるとさらに昔であるのが普通だ。たまたまこの映像出力装置が百年前に起動して、映像を保存したのか。それとも別の要因によるものなのか分からない。しかし単純な好奇心にかられ、レイはそのファイルを開く。

 すると映像が勝手に再生された。


「…………」


 言葉を失った。

 音が無いというのに鮮明に聞こえる。悲鳴、叫び声、子供の無く声。逃げ惑う群衆。崩れ去る建物。天を突く火の柱。まるで自分もそこに存在しているのではないかと、そう思えてしまう臨場感。

 

「……これ、は」


 映像は定点カメラが記録したものだ。建物の一角に取り付けられた外を映し出すカメラ。そこには逃げ惑う群衆や崩れ去る建物。銃を乱射する人。墜ちて来る飛行型運輸ユニット。すべてが鮮明に映し出されている。飛び散る内臓や脳漿。はじけ飛ぶ四肢。

 すべを包み隠さず、ありのままにカメラは捉えていた。

 

「何の映像だ」


 いつの映像なのか、どこの映像なのか。映画のワンシーンのようには見えない。作られたもののようには見えない。実際に起きている、起きた出来事だと感じてしまう。

 

「何のために……これを。なんでだ」


 分からない。何故、この部屋に置いてある映像出力端末がこんな映像を記録しているのか。理解が及ばない。だが何か、危機感を感じる映像だ。得体の知れない恐怖に内から食い破られるような焦燥感がある。

 大きく目を見開き。映像に取り込まれるようにして見入る。しかし映像は、突然に終わった。

 建物の倒壊と共にカメラが地面へと叩きつけられ壊れる。何秒かノイズが走り、映像は終わる。だが終わったのはあくまでも逃げ惑う群衆の映像だけ。映像出力装置はまだ起動している。

 次にホログラムに映し出されたのは


「…………」


 定点カメラのように暗い部屋の隅からレイを捕らえている。そして、カメラがとらえているレイの背後には一体の無機質な機械人形が立っていた。レイはホログラムを見て、その状況に気が付いた瞬間、全身の毛が逆立つような感覚を覚え、心拍数が急激に上昇した。

 気が付くとレイは散弾銃を背後に向けて撃っていた。撃ち出された散弾によって背後にあったベットは粉々に砕け散り、同時に部屋の隅でレイを撮っていたカメラも破壊される。

 そして、レイの背後に機械人形などいなかった。


「……はぁ……はぁ。なんだこれ」


 前を見る。すでにホログラムは無くなり、映像出力装置は煙を上げて壊れていた。レイは周りを一度だけ見渡してから、逃げるように部屋の外に出る。


(……ここまマズイか……いや、どうだ)


 明らかな異常。偶々見つけてしまった地下空間の異常性をレイはすでに気が付いてしまった。

 悪く言えば機会を逃した。よく言えば運が良い。

 さすがのレイもこの状態での遺跡探索は危険だと判断し、すぐに来た道を戻って跳ね上げ扉のところまで来る。そして棒を使って扉を開こうとするが、中々開かない。上から押さえつけられているかのように、びくともしない。


「――っクソ」


 少しの焦燥感に駆られたレイはおもむろに散弾銃を構えると扉に向かって引き金を押し込んだ。撃ち出された散弾はいともたやすく扉を破壊し、その先の光景を明らかにする。

 差し込む光、明るい太陽。扉を破壊した時に見えてきたのはそんな安心できるものじゃなかった。


「……どうなってんだ、おい」


 扉を破壊した先に見えたのは、茶色い粘度質の土だった。

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