第二章――第二次典痘災害『下』
第227話 密約
情報屋―――ラナは取引相手であった徒党の頭であるジリアに襲われ、一時的に住居を無くしていた。その際にレイの助けを借り、自然と、いや強引にレイの家に流れ込む形になったわけだが、次の住居、あるいはセーフハウスを見つけるのに難航し、かなり長い間、レイの家に居候していた。
もうこのままレイの家に住んじゃってもいいんじゃないかと、そう考え始めていた時。ようやくラナの新しい住居が決まった。部屋は広く無く、どちらかというと狭い。しかし家賃が高いのは防犯設備が充実しているためだろう。ラナは職業柄、他の近隣に迷惑をかける可能性があるためビルの管理者とかなり話したが、ラナの人脈を動員し、また家賃を通常より高めにしてもらうことで許しを得た。
正直。ラナはレイの家から出たくはなかった。居心地が良いし、朝になるとレイが作った朝食があるし、家賃もタダだし、レイというテイカーが住んでいることもあって報復の可能性があるために安全性も確保されていた。
これほど良い家は無い、そう思っていたからこそラナはレイの家から離れることが惜しかった。しかしレイに言われた期限もあるし、申し訳なさもある。ラナはしばらくの間、期限一杯にだらだらと過ごしていたが仕方なく、新しい住居へと移動した。
新しい住居になってからは色々と忙しかった。ジリアが支配していたスラムの地域を誰が管理するかというと徒党間の争いも佳境に入り、ラナもその地域での新しい居場所を確保するために奔走した。
それとは他に企業や権力者から渡される秘密裏の依頼をテイカーや傭兵に流していく仕事もそのままに。情報屋として本格的に再開した。情報は鮮度が命。レイの家にいる間にも情報収集は行っていたが、量と質が足らない。それに数十日も経てば細かい権力関係も変わっている。
新しい情報を仕入れる作業や危険地帯の把握。権力者へのけん制。大変すぎる日々だった。
最近では落ち着いてきたものの、それまでは緊張感と疲労に苛まれる日々。そして最近、やっと落ち着いてきたと思ったら特大のネタが来た。いや、どちらかと言うと厄ネタに近い。何しろ、管理方法を間違えば自分の身すらも焼けてしまうような案件だ。事の危険度はレイの見つけた『稼働する工場』よりかは低いものの、有効活用できれば多大な利益を生むことができるのと同時に、誤ってしまえば大損害が生じてしまうような案件。
「で、君にはこの依頼を受けてもらいたいんだけど、どうかな」
ラナと関係のある腕利きのテイカーに一つのタブレットを差し出す。
「詳しい内容は受けてから話す。どうだい?」
「まだ……依頼の全容が掴めていない。もう一度、説明をお願いする」
「そうだね。確かに足らないところがあった。先にも説明したように、この依頼ではある遺跡の中に入ってもらうことになる。遺跡とは言ったけど、恐らく君が想像しているようなものじゃない。詳しい座標は受けてくれたら話すが、私が言う探索してもらいたい場所、というのは地下空間だ。入口は荒野に存在する建物の残骸だ。君もみたことがあるだろう?遺跡とはまた違う、モンスターもテイカーもいない、建物の柱や壁などを残して砂の中に埋もれ朽ちてしまった場所が荒野に点在していることぐらい。今回探索してもらいのはその中の一つだ。詳しくは言えないが、地下へと通じる跳ね上げ扉がある。そこを下って探索を開始だ。地下空間はかなり広く。それこそ一日では探索できないぐらいにはある。私が情報処理機器で調べた限りでは地下は分かっている限りで三階。横幅は4キロほど。ほとんどが何かの研究施設だったかのように綺麗に区画されているが、中には蟻の巣のような場所もある。かなり大変だとは思うが、相応の報酬も用意している。どうだい。やってみるかい?」
「何をすればいいんだ」
「私からは情報処理端末を渡すから、それを使って地下の地図をマッピングして欲しい。私が事前に作ったマッピング情報も入っているから、そちらも活用してくれたまえ。そして地図マッピング以外にも、まずは遺物の収集だね。具体的には旧時代製の情報処理端末、映像出力装置、通信機器などの電子端末。他には医療品、軍事兵器などがあればそちらも頼みたい。それといちいち、遺物の持ち運びも面倒だから、こちらからは自動操縦型の運搬ロボットを貸し出そう。それを使ってより効率的に進めてくれると助かるかな」
「……理解した」
「そう、それはよかった。あと大事なことだが、この地下空間には当然のようにモンスターがいる。機械型が主だ。だけど前述したように蟻の巣状に入り組んでいる場所では地面に露出し、洞窟のようになっている場所もある。そういった場所には生物型モンスターも存在する。私が確認できた限りでは蜘蛛型モンスターがいた。かなり手強いから注意してくれたまえ」
「分かった。では……」
「まあ、待ってくれよ。まだ大事なことが残ってる。今から述べることは絶対に遵守してもらいたい。この遺跡に立ち入った人間は秘密保守の観点から全員、例外なく殺してもらう、これは絶対に守ってくれ。この情報を得るために大変だったんだ。まあほぼ偶然みたいなものだけどね。取り合えず、これは守って欲しい。例外は……考えなくてもいい。私は入らないから、もし地下空間内に私が出てもそれは偽物だと思って殺してもらって構わない。分かったかい?」
「理解した」
「うん。それは良かった。じゃあ本題、というよりこれがダメだったら今まで説明した意味がないけど」
「……」
「リー・リエン。依頼内容を《《必ず》守り、遂行する君に頼みたい。この依頼、引き受けてくれるかな?」
「承る」
「そう。それは良かった」
◆
「……まじか」
どこまでも広がる地平線に存在する僅かな凹凸。遺跡ではない。元は遺跡であったであろう場所だが自動修復機能が無いために削れ、朽ちて今は建物の柱や壁などの残骸しか残っていない場所だ。
こうした場所は荒野のいたるところに存在し、ある時にはモンスターの一時的な住処として、テイカーの休憩場所として扱われる。今日も、建物の残骸が散乱するこの場所に一人のテイカーが休憩しに来ていた。近くに車両を止めて、壁に背を預けながら昼食を食べる。
本当に何もない空間。柱が二つほど立っていて、膝のあたりに荒野に埋まった壁の残骸が存在するだけ。見晴らしはよく、モンスターの接近も分かりやすい。少し休憩するには良い場所。
たまたま休憩に来ていたテイカーは日差しを遮れる良い場所だと思いながら昼食を頬張る。そして昼食を半分ほど食べきった時、ふと気が付く。足元から僅かに右にずれた場所。
感触が荒野を踏みしめた時とは僅かに違って硬い。片手に食べ物を持ちながらテイカーはしゃがみ込み、足元を見る。手で砂を払ってその下に隠れていたものを顕わにする。
それは銀色の扉。隠されていたかのように、砂を払った下に砂の模様が印刷された布が引かれていた。何のためにあるのか、なぜあるのか。誰が隠したのか。色々と頭の中を駆け巡り、テイカーは頭を上げて周りを見た。他に人はいない。
ゆっくりと四角い扉の窪みに手を入れて、引き上げる。重く、どこか施錠されている風な扉。ギギギ、という軋む音が響き、扉が徐々に開いていく。開口部と扉との間に砂が流れ込んでいき、光が差し込んでいく。
そして完全に扉が開いた時、跳ね上げ扉の奥に隠されていた光景が露になる。それは一室の部屋のようなもの。地面には砂が降り積もっている。確認できる限りであまり広くはない。
テイカーは近くにあった石ころを持ち、部屋の中に落とす。
響く。とても広い。扉の先にある地下空間はかなり広い。
(どうする……行くか)
扉を開けたまま悩む。今日は『クルメガ』に行く予定だった。しかしこれほどに興味がそそられる場所はない。危険性はある。モンスターは当然のこと、この場所を他に知っているテイカーや人に狙われる可能性がある。
しかしそれらを差し引いても探索する価値がある。そう判断した。
「行くか」
そう決断すると、レイは地上に置いていく車両の光学迷彩を起動して隠してから地下空間の中へと飛び込んだ。
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