第226話 後の仕事

 アンテラの部隊が休憩室で体を休めていた。部屋には四人おり、人数には見合わないほどに広い休憩室だ。ソファや椅子などが用意され、テーブルの上には軽食が置かれていた。

 部屋の中で、アンテラはソファに座りながら部屋の隅で縮こまっているマルコに声をかける。


「マルコ。別にお前は悪くなかった。よくやったぐらいだ。最後の失敗は今は忘れて、ゆっくりしてもいいんだぞ」


 マルコは最後、敵を道ずれにモンスターの中へと飲み込まれ脱落した。アンテラからしてみれば巨体の敵を弱らせ、足止めをして尚且つ敵の一人を道ずれにした。これまでのマルコの行動や経験、総合的な戦闘能力を加味すると期待以上の結果を残してくれた。 アンテラは感謝し、驚いているぐらいだ。

 しかしマルコはそうではない。最終測定でアンテラに良いところを見せるのだと意気込み、最後まで生き残ると決めていた。しかし結局のところアンテラを守れず、最後は脱落。

 マルコとしては悔いの残る結果となってしまった。マルコが残こした結果は十分に誇れるものだが、本人がそう思っていないのだから仕方が無い。アンテラが声をかけてもまだ暗いままだ。一方でクルスは敵を一人巻き添えに脱落する、というマルコとほぼ同じか、少し下ぐらいの結果ではあるものの、今はテーブルの上に置かれた軽食をニコニコと笑顔を浮かべながら食べている。

 両手に菓子類を持って頬張る。その顔は満足気で、マルコとは全く違う反応だ。

 この切り替えの良さがクルスの良いところでもあり悪いところでもあるのだが、この場合においては追及する気にもなれず、またクルスが大きなミスをしたというわけでもない。

 マルコにはクルスの切り替えの良さを見習ってほしいものだが、その辺はどうしても生まれ持った気質なので、相当に厳しい環境で揉まれない限り変わることはない。また、リアムもクルスと同じく最終測定のことなど忘れて休んでいる。

 ただリアムが残した結果とその過程には特にいうことがない。そして本人自身もあれが最善だったと言っている。マルコとは状況が違っているのもある。しかしそれでも、椅子に座りながら菓子類を片手に携帯型端末を触る姿は気が緩み過ぎているような気がする。

 別に今、気を引き締める必要もないのだが、その辺はアンテラの感覚がソロのテイカーとして常に気を張っていた頃から変わっていないからだろう。


 そして、アンテラが周りを一周した時にちょうどレイが帰って来る。部屋の扉を開けて、よく分からない複雑な表情を浮かべたレイが部屋に足を踏み入れると、アンテラがソファに背中を預ける。


「早かったな」


 アンテラが訊くとレイは頭を軽く触りながら答える。


「話すことも無いしな」

「そうか……よくやってくれた。お前に頼んでよかったぞ」


 僅かに笑いながらアンテラが感謝を述べる。そしてレイはテーブルにおいてある菓子類を摘まみながら笑って返した。


 ◆


 最終測定が終わってから少しして、レイは休憩室から出て通路を歩いていた。最終測定が始まる前と同じようにどこに行くわけも無く、長く、細い通路を歩いていた。足音を響かせて、そして誰かの足音と重なって、近づいていき、やがて止まる。


「ッチ。今はお前に会いたくはなかったよ」

「だったらなんでここに来たんだよ」


 レイとキクチは軽口を叩く。


「……ったく」


 キクチが呟きながら壁に背を預ける。


「最後……やっとりにきたな」

「……は?。俺は最初から本気だったぞ」

「そういうことが言いたいんじゃねえんだ。別にお前が手を抜いてたとは思ってねぇよ。だがモンスターと対峙する時と俺らとの時では少し行動が違う」

「…………」

「情けってわけじゃねえんだ。確かに本気なんだがなあ。やっぱり殺す気じゃねえってか。まあそういうもんだ。だからお前に最後遅れを取った」

「…………」

「楽しかったとは言わねえ。実際、俺たちは負けて最悪の気分だ。だがまあ……俺個人としてはケジメがついたような気がするんだよな……」

「それは、よかったな」

「っは。随分他人事だがまあいいか。俺らはこれから丸山組合の訓練施設に戻る。どうせここに残っても仕方ないしな。お前はクルガオカ都市に帰るんだろ」

「ああ。測定は明日までだが、残っててもやることないしな。あとは上の結果次第だ」

「そうか、まあそうだよな。残り二部隊残ってるから結果は分からねえか」

「キクチが負けたからキツくなったけどな」

「お前ひどいな。もっと謙虚であれよ」

「気にしないだろ、お前は」

「っくっは。まあ、それもそうか」


 キクチが壁から背を離す。


「お前らはもう離れるのか、それとも少し休憩してからか」

「少し休憩してからってことになってる」

「そうか。だがまあ、レイおまえとはしばらく会えそうにないな」

「クルガオカ都市とミミズカ都市とでは遠すぎるからな」


 それに職業柄いつ死んでもおかしくは無いと、二人は心の内で思う。


「じゃ。俺はそろそろ行かせてもらうわ。ウチの隊長が怒って待ってるんでな」

「隊長?隊長はキクチじゃないのか?」

「いや、俺じゃないんだよ。ほら、俺って丸山組合から逃げてしばらく暮してただろ。さすがに罰則とか、腕が訛ってるとかで一番下からやり直し。今は中級戦闘員ってところだな」

「大変そうだな」

「まあ俺が悪いだけなんだけどな。今回は色々と我儘ってフィリアに隊長を変わってもらったよ。当然、書類上はフィリアが隊長のままだけどな」

「え、あいつが隊長だったのか」

「まあな。俺が逃避行してる間に成長したってわけだ。全く頭が上がらねえ」

「じゃあこき使われてるのか」

「まあ、そうだがしょうがねえよな。俺が全部が悪いわけだし、こうして何かできてること自体ありがてぇよ」

「……そうか」


 僅かに言葉が詰まったレイを見て、キクチが眉を顰める。


「そういえばよ。お前は色々と経歴が不明だが、昔はなにやってたんだ。前は立山建設に勤めてるって言われたが、それだけじゃないんだろ」

「……」

「別に話す必要はねぇよ。見れば分かる。スラムの出だろ、俺も似たようなもんだから分かる。多分、俺とお前とじゃあ結構違うとは思うがな」

「……どうだかな」

 

 レイが僅かに中部にいた時のことを思い出す。そしてすぐに捨て去って意識を切り替える。


「俺もそろそろ戻るよ」

「ああ。じゃあなレイ。またどこかで会えたらな」

「そうだな。じゃあなキクチ」


 二人は半身を向けて手を挙げて、呟くとそれぞれ逆側へと向かって歩いて行った。


 ◆


 あまり広く無い部屋でスーツ姿の男二人が、ホログラムに映し出された映像を見ていた。

 ホログラムにはリヤックの首を叩き切るレイの映像が何度も繰り返した映し出されている。


「測定結果に不具合はありませんでしたか?」

「いえ。技術班こちらでは何ら異常は見られませんでした」

「そうですか。ナノマシンや強化薬などの生態的手術。又は皮下装甲、人口関節など、機械化手術を行った痕跡はありましたか」

「こちらでは発見できませんでした。ナノマシン、強化薬の残留も見つかりませんでした」

「そうですか。では旧時代の人類。その先祖返り、のようなものですかね」

「ありえますね。過去人類の超人的な生態能力が現在の人類に突然に発現することもあります。身体検査では強化薬やナノマシンなどの身体能力向上に関する物質が筋肉や脂肪に残っていませんでしたから、その可能性はありえますね」

「ただ、超人的な力とは言いつつも、そこまでではありませんね」

「まあ……そうですね。まだ完全に発現しているというわけでは無いのかもしれませんし、あれで全力という線もありえます。ただどちらにしても、限度がありますから、強化服を着用した者には敵わない程度の身体能力向上です」

「でしょうね。珍しいですが、懸賞首を生身で倒せるわけではありませんし」

「どうしますか」

「どうもするか、ですか。面倒ごとになるだけですから手出しは止めておきましょう。貴重なサンプルになり得るかもしれませんが、タイタンと仲が悪くなるかもしれませんし」

「彼は一時的な外部契約らしいですが」

「関係ないですよ。相手がなんであろうと、テイカーに手を出すのはやめおきましょう。こっちが何かするのは相手をどうにかできると完全に分かった時だけです。前はそれでハップラー社が痛い目みました。特に上に指示されてるわけでもないし、測定結果も処分しても構いません」

「分かりました。して、今思い出したのですが。ダグラス・ボリバボットも彼と同じ身体的特性を持っていましたね」

「ああ。彼ですか。そうですね、超人的な身体能力に加えてあらゆる機械部品に対する親和性があります。ぜひとも調べ上げたいですが、バルドラ社との関係を考えると難しいでしょうね」

「そうですね。ダグラスのことについては最重要機密事項ですから、この辺で止めておきますか?」

「そうですね。それにそろそろ第二部隊が始まる頃です。現場に戻りましょう」

「もうそんな時間ですか……分かりました。準備してきます」

「はい。よろしくお願いしますね」

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