第224話 最後の戦闘

 キクチとレイがモンスターに囲まれながら互いにナイフの刃を交わしていた。周りを取り囲むモンスターはキクチとレイどちらともを狙いながらも、僅かに隔たりがある。

 実態を持つホログラムで出来たモンスター達はある程度のランダム性を持ち、行動に幅が生まれるようにしている。しかしプログラムは組み込まれており、殲滅すべき優先事項として強い者、より脅威度の高い者から始末するように設定されている。

 本物の生物型モンスターは弱った敵から狙ったり、あるいはホログラムのモンスターと同じようにより脅威度の高い者から始末する種類がいたりとその行動は予測不可能。

 例えば『クルメガ』のハウンドドックならば弱った者から優先的に狙っていく習性を持っているが、他の遺跡にいる個体や荒野を徘徊する個体によってはより脅威度の高い者から排除するように動くものもおり、ハウンドドックの行動パターンというのは場所によって様々だ。

 そして生物型モンスター、機械型モンスターの区別なくこのフィールドで作られたホログラムのモンスター達はそこまでの行動パターンを想定することができない。個体ごとに弱者から狙うやつや強者から狙うやつなど、いちいち設定するのも面倒だ。

 故に、ホログラムのモンスターは優先すべき事項としてより脅威度の高い者から狙うようにプログラムが組み込まれている。ただし、それはきっちりとモンスターの行動を縛るものでは無く、ある程度の緩さを持っており、そのプログラムが組み込まれていない余白から行動にランダム性が生まれている。

 ホログラムでできたモンスターがプログラムの組み込まれていない余白で勝手に考え、弱者から狙うか、それともプログラムに従って強者から狙うかを決める。ほぼ全ては強者からだ。しかし稀に弱者から狙う個体もいる。


 現状、レイとキクチのどちらの方が脅威になり得るかをモンスターは測定し、前者を選んだ。モンスターは周りを取り囲んでいるものの主に狙っているのはレイ。キクチはレイを攻撃しようとした個体の流れ弾を食らったり、稀にプログラムに従わない個体によって狙われる程度だ。

 しかしそうであったとしても肉弾戦を行っているキクチからしてみればレイがどれだけ狙われたところで意味がない。大型のモンスターに襲われればレイだけでなくキクチも巻き込まれる。

 機械型モンスターによって狙われればキクチも被弾する可能性がある。

 両者ともに装備はナイフだけ、そこら辺に落ちている家具や鉄の棒なども使えはできるものの状況を有利に運べるほどの力は無い。あくまでもその場を切り抜けるだけ、相手を仕留めきる道具の一つでしかない。

 幸い、今二人が戦闘を行っているのは大規模な商業施設の中だ。障害物が多く、多くのモンスターが一斉に入って来ることもできないため、袋叩きに合うということはない。

 縦に長い四階建ての商業施設でキクチとレイは互いの首にナイフを突きつける。それを妨げるのはモンスターだ。商業施設の二階分、長い通路が続く場所でレイが前を走るキクチを追う。中央は吹き抜けの空間になっているため通路の右側は一階部分とそのまま通じている。

 レイが背後から来るモンスターを処理しながら、キクチに追いつく―――という瞬間に、キクチが突如として振り向き、踵を返してレイに近づく。互いに一気に距離を詰め、一瞬の攻防が始まる。

 キクチが身を屈め、レイの懐に入り込む。その瞬間にレイは膝を突き出し、キクチの顎を砕こうとするが、いともたやすく避けられる。


キクチこいつ


 レイが歯を食いしばる。キクチの反応速度が明らかに上がっている。それどころか身体の動きが速くなっている。動きは不規則で捉えにくい。それでいて潤沢な経験から繰り出される多様な選択肢。

 キクチがこの戦いの中でさらに感覚が研ぎ澄まされ、成長している。

 前までのキクチであったのならば突き出した膝が当たらずとも掠りはしていたはず。今は避けられるどころか返って勢いをつけられ眼前に迫られた。レイは僅かに後退する。足を一歩退き、身を後ろにそらす。そしてキクチのナイフが首に迫ってくるとの同時に、レイは背後から接近していたモンスターの頭に手をついて体を持ち上げる。

 その際、レイはキクチを蹴り上げた。寸前で躱されるがそれはレイも同じ。キクチが突き出したナイフは首の皮一枚で届かない。そしてモンスターの頭に手をついて背後へと飛び上がったレイは、背後から来る大量のモンスターに目を向けながらナイフを持ち替える。

 モンスターの頭部に置いた左手を離し、代わりに振り返るとモンスターの頭部に向けてナイフを振り下ろす。刺された衝撃や痛みからモンスターは暴れ、口を開いた。レイはモンスターが暴れるのを確認した後、ナイフを抜き取り二階層から一階層へと飛び降りた。

 一方でモンスターはレイを追いかけながら走る。しかしレイがモンスターの右目を潰しているため、右側にある一階部分へと飛び降りたレイを視界に捕らえることができない。

 だがレイが確認できずとも、目の前の敵を排除する。モンスターはキクチに狙いを定め口を開けて突進を開始する。キクチはモンスターと向き合って、少し左側によった。そしてモンスターの突進を余裕を持って躱すとモンスターは柵を飛び越えて一階部分に落下していく。キクチはそのモンスターの上に対、残った左目の眼球にナイフを突き立てた。

 モンスターは落下すると衝撃によって身体から血が飛び散り、皮膚が破裂する。キクチはモンスターをクッション代わりに着地したため負傷は無い。そしてまた商業施設の一階部分でレイとキクチが向き合う。


「……」

「……」


 互いに言葉は交わさず、全くの同時に動き出す。だが同時に、商業施設のホログラムで出来た壁の一部が破壊され、埃が舞う。キクチとレイはその中でも戦闘を続けていたが、視界の中に映る巨体を自然と目で追ってしまった。


(リヤックか……?)


 姿かたちはそう見える。しかし実物よりも遥かに小さく、威圧感が無い。確かダグラス・ボリバボットを含むバルドラ社の精鋭部隊に討伐されたはず。それが何故か今ここにいる。

 ホログラムであるため実際にいるわけではないが、何故リヤックなのか。

 NAK社の上がバルドラ社だから何かの研究でもしているのだろうか。だとしたらこのホログラムも関係しているのか。リヤックの死体は経済連では無くバルドラ社が保有しているだろうから、研究しているという推測もあながち間違っていないのかもしれない。

 ただ、今は無駄な推測で頭を使っている時じゃない。


(あれは実体を持つホログラムじゃない……のか)


 リヤックは恐らく実体を持つホログラムではないだろう。巨体ではないもののあれだけの質量を持ったモンスターが動けばビルは倒壊し、住宅は破壊されるはず。しかしそうなっていない。というより、リヤックがビルに当たらないように動いている。さすがに、この最終測定のためだけにフィールドを跡形も無く破壊する気はないようだ。

 それにレイ達の後にまだ二組タイタンと丸山組合の部隊が戦闘を行うはずだ。さすがにビルを倒壊させるのはあまりにも面倒だし、後の部隊の迷惑になる。だからこそ実態を持つホログラムでは無いのだろう。

 ただそれでも脅威であることには何ら変わりない。どうやって倒すか、どうやって逃げ延びるか―――と、本来ならば考えなければならないだろうが、生憎、今相手しなければならないのはキクチだ。

 たかが弱体化した懸賞首に構っている余裕は無い。それに倒すだけ無駄だ。

 

「…………」

「…………」


 リヤックや他のモンスターが二人の元まで向かってきているのを横目で確認しながら、レイとキクチは互いにナイフを握り締めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る