第223話 リヤック

 クルスが見たのは一体のモンスター。怪獣の如き、二足歩行をする一体の生物だ。鱗で覆われた尻尾が地面を打ち鳴らし、巨体を揺らしてホログラムで出来た建物を破壊する。

 

(……でも小さい)


 突如として現れたモンスターは懸賞首『リヤック』だ。少し前に討伐されたばかりの懸賞首で、高額懸賞金がかけられていた個体になる。懸賞金は142憶9800万スタテル。

 討伐者は『イース・マーダ』、『スカーフェイス』に並ぶ西部最高のテイカーの一人である『ダグラス・ボリバボット』。厳密には『ダグラス・ボリバボット』がバルドラ社と人材的、装備的な面で協力した上で討伐を成功させた個体だ。

 『リヤック』はその巨体から動く城とも形容されるほどであり、硬い皮膚や厚い脂肪は当然のこと、体内には反重力機関を有し身体の周囲には強力な磁気圏を展開している。

 生半可の攻撃では掠り傷の一つも与えることができず、与えられたとしても一瞬で回復されてしまう。懸賞金142憶9800万スタテルは伊達ではない。当然、クルスやフィリアでは絶対に倒すことができず、フィールドにいる全員が協力したところで負傷の一つも与えられないだろう。

 しかしあくまでもそれは、本物の『リヤック』であったのならばという話だ。

 今、クルスたちの視界に映っている『リヤック』は本物のものと比べてはるかに小さく、それでいて体内に有していたあらゆる機関が無いように見える。つまり、大幅に弱体化されている。少なくともフィールドの全員が協力すれば倒せるか、倒せないかぐらいには弱くなっている。

 しかし、結局のところクルスとフィリアでは倒せず、また敵同士であるため共闘もできない。『リヤック』という想定外の対処をしながらフィリアを仕留めるしかなさそうだ。

 『リヤック』は照準をクルスへとすでに向けている。地面を揺らしながら巨体が近づく。慎重は5メートルほど。モンスターの中ではあまり大きくはないサイズだが、それでも今も装備では驚異的。

 時間はそう多くない。『リヤック』が本格的に関わって来ればクルスが持つ有利が消えるかもしれない。何せ狙われているのだ。最悪の場合は『リヤック』に自分は殺されてフィリアが生き残っていること。突撃銃を持っているという有利がありながら『リヤック』にすべてを無駄にされて死ぬのではあまりにも惨めだ。最悪でもクルスが倒れる代わりにフィリアを脱落させなければならない。

 フィリアは現在、建物を一つ挟んだ隣の通りにいる。近づけばクルスが不利になるが『リヤック』にクルスが狙われている現状では仕方が無い。すぐ次の横道で逸れて隣の通りへと進路を変える。

 横道に入った際、突き当りにモンスターに追われながら走るフィリアの姿が見えた。クルスはその姿を見た瞬間に突撃銃を構えて発砲するが、僅かな時間だけしか姿を現していなかっため、弾丸は当たらない。

 クルスは地を駆けて、フィリアを追うモンスターを銃撃しながら隣の通路まで入るとフィリアの後を追いかける。前方にはモンスターがいる。しかし関係ない。足を撃ち抜き、折って砕いて、前方のモンスターを転ばせる。

 クルスは転がるモンスターを軽く飛び越えて前に出る。これで今転ばしたモンスターが障害物となり背後から来るモンスターを妨害する。これでこの一直線、フィリアとの勝負に集中することができる―――という考えは間違い。 

 クルスが前方のモンスターを飛び越えた時、目前にはフィリアがいた。

 

(――逆に走って……!)


 フィリアは横道からクルスが自分を追って自分の通路まで入って来ると分かった時から作戦を組み立てていた。クルスはきっとこの逃げ場のない一直線で逃げるフィリアを後ろから撃つ自分、という構図を予想していただろう。

 そうなってしまえばフィリアは確実に負ける。

 障害物の無い一直線の道で弾丸から逃げられるはずも無く蜂の巣にされるだろう。だが幸い、クルスの行動はそれが最善であるために分かりやすかった。フィリアを後ろから撃つためには前方にいるモンスターを殺さなければならない。自分の背丈ほどもある通路を塞ぐモンスターだ。

 前方は見えず、フィリアの姿は当然に確認することができない。

 故に、クルスがこの通路に入って来た時にはすでにフィリアが踵を返して走って来ていたことに気が付くことができなかった。普通に考えれば自作行為だ。ナイフ一本でモンスターの大群に向けて走ることなど、常識的に考えてありえない。

 しかしモンスターはホログラムで出来ており別に死ぬわけではないこと、そして何よりも自分が脱落し、クルスが生き残っていることは許せないことだった。最悪でも道ずれにしてキクチや他の仲間には迷惑をかけない。

 加えて、クルスにはフィリアがまさか自分の方へと走ってきているとは思ってもいなかった。クルスの作戦が最善であるからこそ疑うことができなかった。相手はフィリア。モンスターではないのだ。クルスの裏も呼んでくる。

 今回は遅れを取ってしまった。完全にフィリアがモンスターから逃げているものだと、その背中に向かって引き金を引くのだと、決めつけてしまっていた。だからこそ、裏を掻かれ、目前に現れたフィリアに対して対応が遅れてしまった。 

 クルスはすぐに突撃銃を向けようとするが、フィリアがナイフを突き刺す方が早かった。衝撃が走る。喉にホログラムで出来たナイフの刃が刺さった。フィリアはそのままナイフを横に引き抜き、クルスの首を裂く。

 この時点でクルスの脱落は決定した。防護服が首を切られたと感知し、気絶装置を起動するまでの僅かな時間。クルスは勝ちを確信したようなフィリアを睨む。


「舐めないでもらえますか」


 ホログラム出来たナイフで無くとも、実際に喉を刺されていたとしてもクルスが取っていた行動は変わらない。せめて一人でも、自分にできる最大限を行う。そして私は、レイかれの眼中にすら入ってない、と。迷惑はかけられないとクルスが執念で食いしばり、眼前でナイフを持って笑うフィリアの腕を掴み、引き寄せる。


「離s――」


 そして絡み合うように地面へと落下した瞬間、クルスの腕を振りほどこうとしたフィリアの背中に突撃銃の弾丸がめり込む。たった数発の弾丸。それだけ撃つとクルスは気絶装置によって脱落する。しかし同時に、弾丸による衝撃によって出た硬直と、クルスに掴まれたことで生まれた僅かな時間で、背後から追ってきたモンスターに追い疲れる。

 

「クソッ―――が」


 キクチ、と最後に叫ぶと共にフィリアはモンスターの大群に飲み込まれ、脱落した。

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