第222話 油断大敵

「や――っば」


 クルスとフィリアが戦っていた。クルスは大量のモンスターが溢れ出した時に意識をそこに奪われ、フィリアに割いていた注意が緩んだ。その瞬間を突かれ、フィリアはクルスとの距離を詰める。

 位置関係からフィリアのいる場所はすぐにモンスターに飲み込まれる。それでいて、障害物の無いこの通路でフィリアがクルスと距離を詰められる機会はそう多くない。

 留まればモンスターによって殺され、普通に戦っていてもすでに頭部に一発の弾丸を貰っているフィリアが不利。しかしモンスターの大群が壁を突き破って建物の中に入って来たことでクルスの意識が僅かに逸れる。フィリアがその機械を見逃すわけも無く。クルスが異常に気が付いた時にはすでにフィリアは突撃銃を構えて立っていた。

 クルスはフィリアの方へと視線を向けること無く大体のことは予測できていたのですでに回避行動を取っていた。後ろに向かって地を蹴って移動するとそのまま背後の店の中に突っ込む。

 棚がクルスに向かって倒れるが、それすらも盾として銃弾から身を防ぐ。しかし棚で銃弾が防げるわけも無く、少し威力が落ちる程度でしかない。クルスを追って突撃銃の銃口が移動し、棚に向かって弾丸が撃ち出される。

 一直線に飛んだ弾丸は棚を貫通した。しかしすでに棚の背後にクルスの姿は無く、店の中の別の場所へと移動していた。そしてフィリアが棚を撃ち始めてすぐに脇のカウンターの中から頭を出したクルスが突撃銃を構える。

 照準器を覗き込む。するとちょうどフィリアもクルスに突撃銃を向けていた。二人とも全く同じ瞬間に銃口を向け、引き金を引く。互いに回避行動を取りながらであったため撃ち出された弾丸は二発ほど、それでいて狙いも定まっておらず標的に当たることは無かった。

 そしてクルスがカウンターから頭を出そうとした時。クルスの頭上が暗くなった。カウンターに手をついてクルスの頭上を覆いつくしたのはフィリアだ。その手には突撃銃が握られ、クルスに向けられている。

 頭上を舞うフィリアが眼前のクルスに突撃銃の引き金を引く――と同時に、クルスは突撃銃の銃口を掴みとり、上へと向ける。撃ち出された弾丸はクルスの頭上からそれて地面にめり込む。そして力任せに銃口を上へと向けて突撃銃を無力化するのと同時に、クルスが突撃銃を構える――よりも早く、すでにクルスが突撃銃の銃口を掴んだ時にフィリアは拳銃を引き抜いていた。

 クルスが対処するよりも早く、フィリアは引き金を押し込み弾丸を撃ち出す。クルスは頭部に一発と胴体に二発被弾してやっと、拳銃を弾き飛ばす。

 これでフィリアも頭部に一発、クルスも頭部に一発。条件はほぼ同じ。しかし持っている装備が異なる。

 突撃銃から手を離したことで今は床の上、弾き飛ばされた拳銃は宙を舞っている。フィリアの装備はナイフのみ。対してクルスは突撃銃と拳銃に加えナイフを持っており、フィリアが不利。

 ただ、これほどの近距離で突撃銃を扱うのは難しく拳銃を扱うことになる――が。クルスが拳銃を構えた瞬間、銃口にフィリアのナイフの先端が突き刺さる。このまま拳銃の引き金を引いたところで暴発するだけ、クルスはすぐに拳銃から手を離すが、同時にフィリアもナイフを引き抜いてクルスに向けて振り下ろす。

 クルスはナイフを持つフィリアの両手を抑え、眼前で刃を止める。しかしこのままでは力負けする。眼前に突きつけられた刃が徐々に近づいて来る。ガタガタと小刻みに震えるナイフの先端。このままでは顔面にホログラムの刃が突き刺さり脱落。

 ナイフを止めたクルスは現状分析し、悔しながらも対処する。

 両手で掴んだフィリアの腕を僅かにずらし、そして手を離す。するとナイフはクルスの肩に突き刺さった。しかしあくまでもホログラムの刃が突き刺さっただけ。痛みはある、衝撃もある。だが実際には負傷はしていない。肩にナイフが刺さりでもすれば大量出血は避けられないだろう。

 しかしホログラムで出来た刃が刺さったところで負傷は無い。故に、クルスはすぐに動き出せる。それでいて怪我で今後の動きが制限されることは無い。この最終測定のシステムの穴を突いているようで悔しいが、この場合は仕方ない。

 クルスはそう思い、僅かに硬直してしまったフィリアの顔面を殴り、そして立ち上がると同時に腹を蹴って奥まで飛ばす。フィリアの体はカウンターに突き刺さり、かなりの負傷に見えるがすぐに立ち上がった。


「綺麗な顔に傷が残りますよ」


 立ち上がったフィリアを見て、クルスが突撃銃を広い上げながら笑いかける。するとフィリアは苛立ちを隠しながら返答した。


「それはあなたもね」

「はは。そうですか」


 次の瞬間、再び戦闘が始まろうとしたが、押し寄せた多量のモンスターが妨害する。

 フィリアとクルスどちらかに偏るわけでもなく、平等に災害のように足元にひびが入ると同時に、モンスターが三階部分にまで侵入する。機械型モンスターが背中に背負った機関銃が乱射し、それによって二人は一時撤退を余技無くされる。

 だが戦闘は続いたままだ。

 モンスターが押し寄せるのと同時に二人は一旦、目の前の敵から目を離した。しかし常に頭の中には入れている。モンスターの対処へと移りながら、いつでも攻撃できる機会を伺い続けた。 

 すでに戦闘の場はモンスターに追われるようにして外へと移動している。クルスには突撃銃があり、フィリアには無くナイフのみ。二人の装備の差は顕著だ。モンスターから追われ、対処するにいても困難。

 クルスはモンスターの対処を行いながらも僅かな隙を使って突撃銃で横やりを入れることができる。一方でフィリアはそれに対する対抗策を持たず、モンスターに対してナイフ一本で戦いながらクルスの横やりも警戒しなければならない。

 外に逃げたからとてフィリアが不利な状況は変わらない。

 一瞬の隙。クルスが突撃銃を発砲するとフィリアの肩に着弾する。続けて弾丸が放たれ、フィリアは建物の影を障害物に、モンスターを肉壁として利用しながら身を画す。

 しかしモンスターに追われている状況でいつまでも身を隠すことはできず、すぐに出て来るとまた走り出す。一方のクルスは残りの弾倉を確認しながらモンスターの処理へと移る。

 銃口はモンスターに向けられているものの、意識は常にフィリアへと向けられている。

 絶好の機会を求め。探し、確実に仕留める。

 ナイフだけで戦うフィリアが隙を見せるのは案外早かった。その瞬間、クルスが突撃銃を向ける。そして引き金を引こうとした時、突如として前方にあったホログラムの建物が吹き飛んだ。

 引き金が押し込まれる寸前、クルスの視界の隅には吹き飛んだ建物の影から現れる一体のモンスターが映っていた。


(……うっそ。懸賞首のホログラムって性格悪すぎでしょ)

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