第221話 妨害

 モンスターが壁を突き破ったことでレイはクルスに加勢することはできず、モンスターから逃げることしか選択肢が残されていなかった

 レイはすぐに建物から飛び出すと同じく逃げていたキクチを発見する。ビルの酸か言う分から飛び降りると共にキクチの真上に落下し、ナイフを脳天に突き刺す。しかしキクチもレイの存在に気が付いており、避けた上に空中にいるレイに向かってナイフを突き出した。

 頭部ではない。腹部の辺りに置くように上向きに突き出した。このままでは自由落下でレイにナイフが突き刺さる。レイはキクチの右腕を掴みとり、僅かに体の角度を変えてナイフを避ける。そして着地すると同時に、握ったキクチの腕を引っ張る。しかしキクチも右手に持っていたナイフを手首を振って飛ばし、左手に持ち替えており、レイが引っ張ろうとした時にはキクチの右腕を握り締めたレイの腕に向けて左手で握り締めたナイフを振り下ろしていた。

 レイは咄嗟にキクチの腕から手を離し、ナイフを避ける。 

 ナイフを勢いよく突き下ろしたことによってキクチの体が僅かに前のめりになる。腕を伸ばしてナイフを突き刺そうにも届かないため、レイは僅かに姿勢を低くすると片足を真っすぐに伸ばし、キクチの鳩尾みぞおちの辺りにつま先をめり込ませる。

 防護服によって有効な負傷は与えられないものの、キクチの体は僅かに後方へと傾き、両腕が浮く。その瞬間に距離を詰めようとレイが動くが、背後から来ている大量のモンスターに意識を割かなければいけなくなる。 

 前に一歩足を踏み出したレイが背後から来るモンスターの対処へと移る。時間経過と共にモンスターの質が高くなっている。機械型モンスターならばより硬い装甲と装備を有し、生物型モンスターならば分厚く柔軟な皮膚を持つ。すぐには殺せないだろう。

 だが、レイは振り向きざまにモンスターの眼球からナイフを突き刺し、そのまま片目までナイフで貫いた。一瞬の出来事。レイは瞬きをする間にモンスターの両目を潰し、脳を破壊した。

 敵を殺し終えたレイがナイフを引き抜き、前を見る。すでにキクチが体勢を整えておりレイを待ち構えていた。レイは誘いに乗ってすぐに距離を詰めるが、同時に背後から多くのモンスターが押し寄せる。

 キクチはその状況に僅かに笑顔になりながら走り出す。レイから一定の距離を取りながら、もし近づけば応戦する。位置関係からレイはモンスターに追われる場所にあり、またキクチからも挟まれている。レイはキクチの相手をしながら常に背後のモンスターに注意を向けている必要があり、状況はレイが不利だ。

 

 背後から現れるモンスターの処理。加えてキクチを仕留めるために距離を詰めなければならない。近づけば時間稼ぎのような対処をされる。確実に後ろから来るモンスターによってレイが弱るのを待っている。

 ここで逃げるのもまた選択の一つ。しかし今更、キクチとの戦いを長引かせる気は無い。ここで仕留めきる。レイは意思を顕わにしてキクチの懐まで入り込む。全くその予兆が無く、キクチは近づかれてから自らが危機的状況に立たされている現状に気が付く。

 レイが突き出そうとするナイフを目で追う。右手に持たれたナイフがゆっくりとキクチの腹へと向かって進んでいく。集中したことで限界まで引き延ばされた体感時間がレイの一挙手一投足を視界に捕らえる。しかし今はナイフを防御するためその集中を最大限活用する。

 ゆっくりと進んでいくナイフに対し、キクチは防御しようと両手を動かす。

 間に合う。キクチがそう思った瞬間、頭部に衝撃が走った。


「っ――ッッ」


 蹴られた。ナイフに意識が集中しすぎてレイの行動が読めていなかった。

 レイは不安定な体勢で、それも下がりながらのキクチにとという条件であったためそこまでの負傷を与えることはできなかったが、与えた負傷は目に見えるものよりも大きい。

 レイは続けて追い打ちをかけようとするも背後から飛んでくる弾丸によって断念する。

 すでにすぐそこにモンスターが来ている。キクチを相手にしながらも背後から、背中から感じるヒリヒリとした緊張感はしっかりと感じ取っている。キクチから少し離れると共にレイは壁に突き刺さった鉄の棒を引き抜く。

 そして振り向きざまに鉄の棒で背後にいた機械型モンスター、生物型モンスターの区別なく一気に破壊する。相手が実体を持つホログラムということは、質量を持っているということは、レイの手に握られたホログラムではないパイプが当たる。

 今まではモンスターの対処をする際にホログラムでできたものしか扱えなかったが、今回は違う。例外なく、すべての物体を使用可能。瓦礫を掴みとり投げつけ、パイプを突き刺し、あるいは支柱代わりに使って飛び上がる。

 前を走るキクチはそんなレイを執拗に狙う。

 キクチがレイに近づけば鉄の棒が眼前に飛ぶ。避けると鉄の棒は勢いのままに背後にいた敵の脳天を撃ち砕き、機械型モンスターの装甲をへこませる。そしてモンスターに鉄の棒をぶち当てた時の衝撃すらも使い、レイは飛び上がる。

 横の壁に鉄の棒を突き立て方向転換を行うとキクチの頭上から鉄の棒を振り落とす。キクチは間一髪で避けるが、先ほどまでキクチのいた場所の地面は鉄の棒で抉れていた。


(こいつ――なんでもできるな)


 使えない武器は無く、環境を利用した戦闘も一流。逆に何ができないのか。キクチは頭を悩ませる。

 そしてすぐに解答を捻り出した。

 レイが背後から来るモンスターに気を遣いながらキクチに鉄の棒を振り下ろす。肩から腰のあたりを斜めに走る鉄の棒だが、キクチが握りしめた鉄パイプによって防がれる。

 金属音同士が衝突し甲高い音が響く。

 

「――っはっは!」

「―――っキクチ……」


 レイが鉄の棒を使うというのならば自分も同じものを使う。たとえ劣っていても、レイは不利な状況に立たされている。モンスターの相手をしながら、というのはキクチが上手く扱えなくとも骨が折れるだろう。

 だがレイの判断も早かった。鉄の棒同士が衝突し甲高い音を響かせ、僅かに表情が歪んだ後、すぐに鉄の棒から手を離しナイフに持ち替えた。そして一気に懐まで距離を詰め、喉元を狙う。

 

(こいつ……!)


 鉄の棒は懐に入られると攻撃することができなくなる。つまり、レイが懐に入り込んだ時点ですでに鉄の棒は無用の長物となり、レイはキクチが鉄の棒を持った時点から瞬時にそのことを判断し、ナイフへと持ち替えた。

 裏を突いてやったぞ、少し気が緩んだキクチをレイが容赦なく襲う。

 だがキクチも瞬時に対応する。懐にまで入ったレイの背後に鉄の棒を突き立て、反動で体を起こす。飛び上がったキクチの体にレイのナイフは届かず、しかしすぐに地面についた鉄の棒を蹴り壊し、キクチを地上へと落とす。一方のキクチもすでに鉄の棒から手を離しており、離れた場所に着地していた。

 だが、キクチがレイの背後に立ったという事実が示すのは、つまりモンスターに追われるのがレイでは無くキクチになったということだ。キクチは咄嗟の防御で上手く言ったつもりかもしれないが、その実、圧倒的に有利な環境を失った。

 レイが笑う。だがすぐにその考えが間違いであったと分かる。

 すでにレイの背後にはモンスターが回り込んでいる。つまり、レイとキクチは全方向をモンスターに囲まれているということだ。

 

(……チッ。これも分かってか)


 前方にモンスターの姿が見え、この時点で環境の有利を失ったと判断したキクチは敢えてレイの頭の中にないであろう、背後への移動、という選択を取った。嵌められた、わけではないが、それに近い。

 キクチは笑う。レイは僅かに嫌そうな顔をして吐き捨てる。

 

「……はっはっは」

「っは。何笑ってんだ」


 モンスターが来るまでの僅かな時間の中で互いに言葉を交わし、次の瞬間、また戦闘が始まった。

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