第220話 狙撃手
ビルが立ち並ぶ一帯。狙撃手はただひたすらに一言も発さず、動かず、敵を狙っていた。
敵は一人。自身と同じく狙撃銃を扱う者だ。実力は不明瞭。だが恐らく同程度だ。いや、少しこちらが下か。相手が完全に油断しているところで一発目を外してしまった。
狙撃手としてありえないことだ。普段使っている武器と違うからか、最終測定で緊張していたのか、それとも相手が何かしらの細工をしたのか、計算を間違ったのか、様々な理由が思い浮かぶが、これといって特定することはできない。
しかし、恐らくこれらすべての原因が少しずつ作用して外してしまったのだろう。当然、それが失敗して良い理由にはならないが、今思い返して反省したところでまた隙が生まれるだけ、今はただ自らの失敗に報いるべきだ。
(このままではまずいわね……)
平穏を保っていた狙撃手の心に僅かな揺れが生じる。視線を左斜め下に。見えてくるのは何百という数のモンスター。どこから現れたのかは分からないが、明らかに異常な状態。
それでいて地下は先ほど仲間が入って行った場所。何かしら起きたと考えて良い。加えて、モンスターが発生した場所と相手がいる場所。恐らくだがこっちの方が近い。モンスターに先にやられるのは自分であり、相手が待ってるだけで勝てるかも、だけど動くと場所が露呈する。
そういった妄想が焦りを強固なものへと変えていく。敵は依然として姿を現さない。どちらが根気強いか。それはどちらか正確に測ることはできないが、少なくとも自分が時間に追われている立場であるということには変わりない。
モンスターが溢れ出し、ただでさえ多かったビル付近のモンスターが増えた。いずれこのビルの上層階にも入って来るだろう。それまでに仕留めておきたい。それまでの辛抱だ。
狙撃手はそう考え、照準器を覗き込んだ。
瞬間。背後から声が聞こえた。
「かなり疲れましたよ」
狙撃手が声に気が付き身を動かす前に一発の弾丸が頭部に向けて放たれる。狙撃手は命中と共に響いた衝撃に沿って体を動かし背後を向いた。すると見えたのは拳銃を構える負傷したリアムの姿。
「なn―――」
狙撃手は言葉を言い切ることも、反撃することもできる二発目の弾丸を頭部に撃ち込まれたことで、防護服の耐久値を越え、気絶装置が起動した。一瞬で意識は遠くへと消えて行き、最終測定から脱落する。
「本当に……疲れましたよ」
リアムが傍らの柱に背中を預け、天井を見ながら息を吐く。
(面倒でしたね……今回は)
相手の狙撃手から姿を隠し、まだ建物の中にいると匂わせて狙撃手の視点を固定させながら、自分は狙撃手のいる場所を割り出し、移動する。正直に言って、そのまま狙撃戦をしてもよかった。
しかし。経済連所属の企業傭兵として数多の仕事をこなしてきたが、そのほぼすべてがモンスター関連のもの。対人戦闘は数えられるほどしかない。経験は、恐らく相手が上だと踏んだ。
加えて、相手の狙撃手が隠れていたビル群の地上はモンスターで溢れている。また実体を持つホログラムが出て来たことで完全に地上から来るという線を相手は消していた。今回はその勘違いを逆手に取ったことになる。
ただ、それなりに難しい作戦だった。
地上にはモンスターが溢れているし銃声も響かせてはならない。幸い、狙撃銃には消音機能が内蔵されていたため少し離れていれば使用できた。しかし相手とすぐ近くまで近づくと、消音機能が機能しなくなり地上からの銃声が聞こえてしまう。そうしたら今までの頑張りがすべて無駄。
モンスターから逃げ隠れしながらナイフと拳銃を使って切り抜け、ビルの中へと入り作戦を成功させた。
確実な手段ではない。しかしリスクに見合った成果が得られる作戦だ。
敵がいる場所はほぼ賭けだったし、実体を持つホログラムが出て来た時はさすがに焦った。しかし耐えてここまでこれたのは一重に企業傭兵自体の経験が積み重ねっていたのと、タイタンに入ってから部隊で得た知識故だろう。
部隊を率いるアンテラはソロで活動していたテイカーとして、すべての能力が高水準に整っている。判断能力は高く、常に最善を見極めることができる。マルコとクルスの訓練生は判断能力で経験不足から至らぬ部分を見せるものの、時より光るものが見える。
そしてレイはここ数日しか行動を共にしなかったが、それでも得ることはあった。それは危険の冒し方であったり、一見無謀とも思える思考回路であったり、リアムには無かったものであったからこそ、得られたものが多く有った。
正直なところ、準懸賞首を倒した際にレイがバイクを使って敵に突っ込んでいったことに関してが最も印象的な事件だ。そもそも、リアムはレイと同じく本体の可能性に気が付いていたものの、その後の行動に関しては大きく違っていた。
まさか、レイがバイクで突っ込んで、モンスターの胴体に穴を開けて抜けるだとかいう頭のおかしな作戦を取るとは思ってもいなかった。しかしよくよく考えれば、レイが取った作戦以外で本体を殺しきることは難しく、逃げられていただろう。実際、リアムは本体は討伐できたなかったものとして処理するつもりだった。
レイが準懸賞首を倒した時のリスクの取り方はあまりにも大げさだったが、今回、リアムが地上を通って狙撃手の元まで行くという作戦を取れたのはその経験によるものが大きい。
「さて、どうしましょうか」
今いる場所から仲間を援護しようにも周りに立ち並ぶビルのせいで視界が防がれている。
だが、味方が見える場所まで移動しようにも、地上に溢れるモンスターが邪魔だ。地面を覆いつくすほどの数がいればビルからビルへと移動する短距離であったとしてもいる場所を勘づかれる。そうなればビルの中に入り仲間の援護できる場所についたところで、そこでモンスターの相手をしなくてはいけなくなる。
数体ではない。銃声によって多くのモンスターが一気に引き寄せられいずれ飲み込まれるだろう。とても対処しきれない数だ。音を立てないようナイフや消音機能がある狙撃銃を使ったところでそう上手くはいかない。狙撃銃の消音機能は完全ではなく音源探知や音波探知を持つ機械型モンスターに気付かれる。
またリアムはレイではないのでナイフだけで数体のモンスターを相手にすることはできない。加えて、時間経過と共にモンスターの数が増えるのと同時に質も上がっていく。これまで主に存在していたのはハウンドドックのような小型の生物型モンスターだが、時間経過と共に出現するモンスターがより巨大に、より硬く、より速くなっている。
このビルに入る前までは殺せていたモンスターも殺せなくなっているだろう。恐らく、実体を持つホログラムも時間経過と共に多く、強くなる。故に、リアムはビルからビルへと移動することはできない。
「……ふう」
状況からどう判断しても、自分のするべき仕事は終わった。狙撃手として最低限の仕事はできたのではないかと、リアム自身で納得する。
そうして壁に背中を預けているとふと、遠くに動く点が見えた。
モンスターではないように見える。リアムはすぐに狙撃銃を構え、照準器を覗き込んだ。
「……そうですか」
照準器に映っていたのはモンスターから離れるために走っているアンテラ。確か、アンテラにはマルコが着いていたはず。少なくとも、リアムがビルから降りるまではそうであったはずだ。
その後に何が起きたのか推測することしかできない。しかし何が起きたのか予測はできる。地下から溢れ出したモンスター。敵二人が、狙撃手から狙われていると思っていて、それでいてリアムが援護できなくなったのを知らなかったら、恐らくあの二人は地下空間の中に入るだろう。
レイのこともありアンテラも続いて地下空間へと足を踏み入れ――戦闘となるはずだ。そして地下から溢れ出したきたモンスター。何らかの因果関係があったと考えてしかるべき。
マルコが共におらず、敵二人の姿も見えない。
つまり。
「……もうすぐで終わりですね」
最終測定の終わりまであと少しだと、リアムは呟いた。
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