第219話 執念と根性

 アンテラが横を見た時、モンスターがすでに口を開いて飛び掛かっていた。実体を持つホログラム。近くから見てもその様相は本物に近い。咥内に見える歯や舌。食べ残した肉の破片まで作られている。体躯は大きく、皮膚は柔軟且つ頑丈。目の前に相対した時に思わず緊張し恐怖で震えてしまうだろう。

 だがあくまでもそれはテイカーを除いて、という話だ。どれだけ近づかれようとアンテラは恐怖を感じたりはしない。というより、ほぼ実物にしか見えないモンスターだが、やはり現実のものと違って圧迫感が無い。

 しゃがみ込んだままのアンテラは飛び掛かってくるモンスターの懐に入り混むと、そのまま腹部に数発の弾丸を撃ちこむ。モンスターはそれでは死なないが、少し弱らせることができれば十分。 

 モンスターが着地すると共に負傷によって僅かに体勢が崩れる。その瞬間、アンテラはモンスターの後ろ脚を蹴ってさらに体勢を崩すと、すでに拳を振りかぶっていた巨体の敵に向けて、さらに蹴とばした。

 突き出された拳はモンスターにめり込む。しかしそれだけだ。幾ら力があると言ってもモンスターを殺しきれるわけじゃない。ナノマシンや強化薬で身体を強化しているわけでも機械化手術を受けているわけでもないのだ。あくまでも人間の範疇にある力だ。それはモンスターを殺しきることなど出来るはずも無く、拳はめり込んだまま僅かに負傷を与えられたものの意味はなさなかった。

 モンスターはすぐにアンテラから巨体の者へと対象を移し、噛みつく―――瞬間に、敵は大きく開いたモンスターの上顎と下あごにそれぞれ手を入れて、そのまま力づくに引き裂いた。


(人間か?こいつ)


 たとえホログラムであろうと本物と同じ重さ、咬合力をしている。防護服は確かにそうなるように設定されているはずだ。しかしそれらすべてを介さず、引き裂いた。もし防護服に異状ないのだとしたら単純に馬鹿げた力だ。

 まったく、嫌になる。

 だが、それだけだ。やることは変わらない。少し面倒なだけ。


 モンスターが襲ってきたということ、付近から鳴る足音、物音、声、それらすべてから分かる。地下で装置を起動させてしまったがために現れたモンスターが地上にまで溢れていることが。

 先に襲ってきたモンスターは先を走っていた一体に過ぎない。狭い出入口であったためまずは小さい個体から出て来たのだろう。この後に大きな個体が溢れだす。時間稼ぎをしている時間はない。今ここで仕留めきる。

 敵が千切ったモンスターの死体をアンテラに投げつける。回避すればその少しの猶予を狙われる。防御すればモンスターごと拳を叩きつけられる。すでに選択は残っていない。

 アンテラは拳銃を発砲しながらあえて前に向けて走り出す。撃ち出された弾丸はモンスターの上顎を貫通し、背後にいた敵の元にまで届き得る。巨体の者は弾丸の防御をしなくてはいけなくなり僅かに遅れる。一方でアンテラは拳銃を発砲し続け、弾丸が切れると飛んできたモンスターの上顎を掴み、今度は敵に向かって叩きつける。

 しかし飛んできたモンスターをつかみ取るのは勢いなどもあり疲れる。そして何よりも隙ができる。

 敵も飛んできた叩きつけられたモンスターの処理をしなければいけないが、そんなもの腕を振りかぶれば跳ねのけることができる―――と考えているからアンテラの罠に嵌る。

 敵がモンスターの上顎を拳で払いのけようとする。その瞬間にアンテラは一瞬で敵との距離を詰めると、身を屈め、死角となった場所からナイフを突き出した。敵も当然、アンテラの動きは伺っていた。

 しかしモンスターの死体が目前にあったこと、アンテラが屈み死角に入ったこと、そして何よりもアンテラが警戒していた場所から攻撃してこなかった。

  

 アンテラは引き抜いたナイフをモンスターの頭部に向けて突き刺す。弾丸による負傷と敵が引き裂いた時の穴など頭部、特に上顎の部分が脆くなっておりナイフはいとも容易く貫通する。

 敵がモンスターの頭部を殴りつけ払いのけた後に見えたのは、すでに喉元まで迫ったナイフの先端だった。当然、避けようと動く。しかしどう回避行動を取ろうにも間に合わない。

 モンスターによる乱入を期待するか、いや、それは時間が足らない。避けることは不可能。防御も同様に。ではどうする、このままでは首を切られる。

 と、そう考えている内に刃の部分がホログラムで出来たナイフが防護服を貫通し、敵の喉に突き刺さる。アンテラはそのまま勢いよく横に首を掻っ切った。

 

「…………はあ」


 ため息とも喜びとも感じ取れる息をアンテラが吐く。

 そしてアンテラは首を掻っ切られ、地面に倒れ伏した敵を見る。防護服の許容耐久値を越え、敵は完全に脱落した。防護服は急速に重くなりホログラムを感知するなどといったあらゆる機能が停止する。

 加えて、脱落と同時に電気ショックに似た方法の気絶措置が取られ、その時点で意識を失う。さすがの巨体でも防護服による強制気絶装置から逃れられなかった。ここから急に敵が復活して来ることは無い。

 実際の戦闘では何らかの救命措置によって敵が生き返り、目前に立ちふさがる障害物になる可能性もあるが、今回ばかりはそうはいかない。まずは命の取り合いではないということ。そしてすでに脱落が決定してしまったのだから何をしたところで意味がないこと。もし脱落したのに仲間に援助する、敵の妨害をするなどの行為をしてしまったらその時点でその部隊ごと失格になる。

 故に敵は動かない。

 この時点で長かった戦いは終わった。


「マルコには礼を言っておかないとな」


 アンテラはそう呟き、ひとまずモンスターから逃れるために歩き出した。


 ◆ 


 最終測定が行われているフィールドを管理する制御棟では慌ただしく起こるエラーに追われていた。

 追われていた、と言いつつエラーはそこまで多くは無く、全員が全員、仕事のために奔走しているというわけではない。主に、今回忙しいのは主任だとか、管理責任者だとか上の立場のものだ。 

 現場の技術者は最終測定が行われる前に予行演習をしていたし、フィールドを管理する統括AIも性能が良い。確かに、実体を持つホログラムは想定外でかなり戸惑いはしたものの、すでに対応できることが分かり心配はしなくてもよくなっている。

 ただ、実体を持つホログラムは統括AIによる処理や技術者たちのプログラムによって問題なく作動し、特に異常の無い行動をしているものの、やはりその存在は想定外。開発者であるルースカーターが無事に動くよう細工をしているからよかったものの、突然動きだされたこちら側としてはかなり心労が溜まる。

 加えて、今作動した実体を持つホログラムで出来たモンスターを大量に放出するという装置。ルースカーターがいつこの地下空間に置いたのか分からないが、モニターに映る映像を見ればどれだけのことをしでかしたのか理解できる。

 地下から溢れ出したモンスターが地上を動き回り建物を壊している。あくまでも信仰経路にあるものだけで、道があるならばそこを通っているため被害は想定以下ではある。しかし、建物が壊れているのも事実で、特に地下空間は地盤が怪しい。今すぐに崩れることはないだろうが、もう何回か装置を起動したら壊れてしまうだろう。

 ただ問題は実体を持つホログラムが大量に放出されたことだけでは無く、単純な演算処理の問題もある。一体ならば問題なく動かせていた実体を持つホログラムが今度は何百体といる。今は統括AIの思考領域を二倍に広げ、他の演算処理機器と並列化することで対処できているが、幾つかの異常事態が同時に発生すれば何が起こるか分からない。

 だがもしも対処が遅れたところで装置が起動せず、実体を持つホログラムが作動しないだけだ。最終測定のことを考えるのならばあまりにも予想外の出来事であり、不公平でもある。しかし遺跡では常に予想外の状況が起こるため予想外の状況にも対応する必要があると、また有力なテスト結果が得られるために上層部が作動を止めないように許可を出した。

 あとは技術班の威厳にかけて十分に稼働できるよう一瞬で調整しただけだ。尚、ルースカーターが事前に作業領域を広げ、処理機能を上昇させていたので何もしなくても動いただろうが。


 ともかく。何も起きなければ後は最終測定が無事に終わるのを確認するだけだ。今のところ死人は無し、重傷者が無し、軽症者がほとんどという具合。幸い、実体を持つホログラムは防護服に弾丸を受けて脱落した人間や普通の人間にはただのホログラムとして扱われるという特性があるため、地下で機動したと同時にモンスターの波に飲み込まれた二人はほぼ無傷だ。

 制御室に貼り付けられた大きなモニターに視線を預け、職員たちは疲れから出たため息と共にてものに用意していた水を一口含んだ。

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