第218話 しつこい敵
マルコが残した僅かな猶予のおかげでアンテラは地上に脱出することができた。地下ではモンスターが動いているのか、地震でも起きているかのように揺れている。地上まで来れたは良いものの、すぐに逃げなければまた飲み込まれてしまうだろう。
取り合えずは銃声の鳴る方向――恐らくレイやクルスがいる場所に向けて進むのが良い。敵が何人残っているかは分からないが、少なくとも三人。こちらは分かっている限りでマルコが脱落し、四人となっている。
レイがそう簡単に脱落するとは思えないし、リアムが遅れを取るようには思えない。クルスも同様だ。マルコと同じく訓練を受けてきた。射撃技術こそ劣るものの、総合成績だったのならばマルコを越して訓練生全体で一位だ。
ただ、単純に対人戦闘に慣れていないというのと純粋な戦闘技術、判断で後れを取る可能性があるため心配ではある。クルスはどちらかというと表立って戦うというより後方支援の方が得意だ。
特に機械全般に対しての知見が深い。すでにアンテラを凌駕し、タイタンの技術部門への配属の話も出ているほどだ。しかし、今まで戦闘員として育ててきたクルスをわざわざ技術部門に配属する、対価と成果が見合っていないため上層部には悩みの種。
アンテラとしては、どこかの部隊に所属してその後方支援をする位置に着けば良いと思っているのだが、タイタンの上層部や出資者、提携企業など様々なしがらみのために上手く動くことができないのが現状だ。
(タイタン……ね)
入る前から分かり切っていたことでもあり、入ったあとに経験したことでもあるが、やはり組織の中で動くというのは様々なしがらみに囚われて面白くない。アンテラ自身、頭は使えるのだがあくまでも戦闘方面。わざわざ交渉や細かい数字と向き合うのは性に合わない。
しかしだからといってタイタンを辞めるという選択肢もないので、これはただの愚痴だ。
ただ、今回の最終測定を勝ち抜き、無事にNAK社との提携を勝ち取ることができれば少し良い待遇がさらに良くなるかもしれない。そう思って、アンテラが進んでいると突如、隣から足音がすると共に、対処へと移る前に壁が破壊され敵が現れた。
(―――ッこいつ!まだ生きて――)
建物を直線に向かって破壊し、壁を突き破りアンテラの目前に現れたのは巨体が特徴的な敵だ。
確か、あの地下拠点で仕留めたはず。
(いや)
確かに、アンテラは巨体の敵を弱らせた。しかし完全に殺してはいない。頭部に二発目を撃ちこもうとしたところで敵が装置を起動し、モンスターが現れたため引き金を引くことができなかった。
だが、位置からしてモンスターにはすぐに飲み込まれる場所。散弾銃を破壊された敵が生きていられる場所では無かった。多数のモンスターにすぐに飲み込まれ、何も出来ずに死ぬ―――はずだ。少なくともアンテラはそう思って完全に脱落したものとして扱っていた。
しかし今、現に目の前にいる。にわかには信じがたいことだが、この敵はあの地獄のような中から生き延びたということだ。だが生き延びたと言ってもどこから抜け出したのかが分からない。
あの地獄のような地下空間から逃げられる場所はアンテラが出て来た出口が一番に近く。この敵がその出口を利用しているのならば横から現れるのは辻褄が合わない。だがすぐにアンテラは気が付く。
(――もう一つのか)
敵二人が入って来た出入口があった。アンテラは思い出す。だが同時に愚痴を吐いた。
(こいつの防護服だけ耐久値高いだろ!)
アンテラから何発と弾丸を受け、それでいてあれだけのモンスターに囲まれたのだから数回は負傷し、防護服がその回数をカウントしているだろう。脱落していない方がおかしい。どれだけ運が良かったとしても納得できたものじゃない。
「――クソが」
鬱憤を吐き捨て、アンテラが突撃銃を構える。その瞬間、敵が振りかぶった腕がアンテラの横から叩きつけられる。アンテラの体は折れ曲がり、突撃銃が宙を舞う。そのままアンテラは壁に叩きつけられ、視界が揺らぐ。
だがすぐに体勢を整えようと頭を上げた、その瞬間には拳が目前にあった。
「っ―――!」
アンテラが頭だけでなく体全体を逸らし、拳を避ける。顔の横では壁に拳が深々とめり込んでいる。もし当たればどうなっていたか、想像もしたくない。
一発目を避けることはできた。しかし二発目、三発目と続けて撃ちこまれる。体勢の崩れたアンテラでは避けるのが難しいだろう。ただ、それはあくまでもいつものアンテラならばの話。
今回はさすがのアンテラも苛ついている。一回目は仕留められると思ったら横やりがあり、今度はマルコが殺せるというところでの妨害。挙句の果てにはクソみたいな装備を起動させ、周りを巻き込んで自分が生還。
そしてまた、アンテラに牙を向いた。さすがにそう何度も来られては苛立ちが溜まる。冷静沈着、すべての情報を客観視し、最適解を導き出す。だがそんなことしていたって結論、面倒なだけだ。
今回の敵に関してはそれもあまり役に立たない。そしてこれだけ近づかれてしまったら意味もないだろう。
なので。今回は作戦だとか罠だとか、そういったものを一切合切捨てて、感情の赴くままに戦うと決めた。
「――っいい加減うぜぇんだよ!」
怒りのままに吐き捨て、続けて放たれた拳を避ける。先ほど撃ち込まれ、壁にめり込んだままの腕を掴み、体を移動させてそのまま右腕を支点にして体を持ち上げると、避けた勢いのまま顔面を蹴り上げる。
そして続けて振り上げた足を叩き落とし、敵の脳天から破壊する。
(こいつ)
だがそのすべてが無いかのように敵は動きだす。アンテラが捕まったままの右腕をそのまま壁へと叩きつけると、その際に腕から離れて地上へと降りたアンテラを下から蹴り上げる。
しかしアンテラには当たらない。
相手の一挙手一投足を見て、考えを割り出し、次の行動を予測する。テイカーとして幾度も経験してきたことが積み重なり、そんなことは意識しなくても行えるようになっている。故に思考を回すことすらなく、敵が壁に腕をぶつけることも、その後に蹴り上げることも分かっていた。
そのため回避行動を取るのも早く、僅かに隙ができる。
拳銃を引き抜き、そのまま引き金を絞った。撃ち出された弾丸は防護服に配置された金属片に当たり、跳弾する。防護服に仕込まれた金属片、そこの部分はいくら当てても負傷としてカウントされないことになっている。
本当に僅かな金属片。狙って当てる必要もないが、動いている敵に当てるのはほぼ不可能に近い。レイもクルスもマルコも、わざわざ狙う必要もないため金属片に弾丸が当たることは無かったが、アンテラは今当ててしまった。いや、当てられた。
敵が狙って、負傷のカウントを稼がないように金属片にわざと当てた。
不可能ではない。しかし不可能に近い技だ。距離感覚、空間把握能力、いずれも高水準で揃えているのは必要最低限として、その上で勘がセンス、運といった不確かなものも必要になる。
相手が狙ってやったのは確実だ。確実に、アンテラの銃口に合わせ金属片のある部分を向けた。
それが本能的な部分によるものなのか、それともテイカーとしての経験から来るものなのか、それともそのどちらともか。少なくとも、アンテラの行動は潰された。そして次は敵が拳を握り締め、アンテラを仕留めにかかる―――はずだったが、アンテラはこの事態すらも予測していた。
プランA、プランBのように、いつも作戦を立ててアンテラは行動していた。何百回と行う訓練でも、一回しか行わないような仕事でも、遺跡探索でも、どんな状況に置いても、たとえそれが日常生活の一場面であったとしても脳内で幾つかの作戦を作り、練り上げていた。
その経験、その習慣が知らず知らずの内に体へとしみ込んでいた。本来、アンテラは拳銃を防がれた次など考えてはなかった。当然だ、すべてをかなぐり捨てて感情の赴くままに戦っているのだ。冷静に策を練る時間も必要も無い。
しかしアンテラの体にしみ込んだ習慣が、無意識の内に弾丸を防御された時のことも考え、作戦を組み立てていた。脊髄反射に近い動き。プランAが無理だと分かった瞬間にアンテラは、相手の動きに集中し未来を予測する。
腕を振りあげた。叩きつける。
簡単でしやすい予測。浮かび上がる敵の行動。アンテラはそこにノイズを加える。
敵の足元でしゃがみ込み、無防備な様子を出す。
「…………」
アンテラのいる場所ならばわざわざ拳を叩きつけるよりも、踏みつぶしたり蹴った方が早い。そちらの方が簡単だし、確実だ―――と相手は考える。考える。考えた。思考してしまったがためにコンマ数秒だけ硬直した。
予想通り。
アンテラは拳銃を向ける。
だがアンテラはここで一つ見逃していた。アンテラが予測できる未来はあくまでも相手のみ。相手の動きに注目し、次の動きを予測する。相手だけ、それ以外は見ていない。それこそ、乱入してくる相手のことなど考慮していない。
「―――っかッッ」
視界から入る情報のみ、それもずっと相手ただ一人だけを見ていた。深い集中の中、アンテラは近づいてくるモンスターの大群に気が付くができなかった。次の瞬間、アンテラが横を見た時、実体を持つホログラムのモンスターは大きく口を開いていた。
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